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just angle  作者: 柚希 ハル
8/9

夢を追いかける君はズルい

 

 それを切り出されたのは、二人だけの秘密の打ち上げが終わろうとしていた時だった。

「……俺さ、カナと寄り戻したいんだ」

 透がより一層声を潜めて言った。

 静かな夜のレストランの個室で、目の前にあるのは空になった皿達。聞こえてくるのは店内の落ち着いた雰囲気の音楽と個室外の人の気配が少し。

 カナは辺りの音が遠くなっていくのを感じながらその言葉を反芻する。

 俺、カナとヨリ戻したいんだ。

 ……素直に嬉しかった。

 高校時代の彼氏と、一緒に仕事をして食事も行ったりするうちに、遠く感じていた距離がまた近づいてきて、忘れていた感覚も戻ってきた。

 夢を持った彼の輝きと、その彼と一緒にいられる喜び。そして一瞬一瞬をカメラに収めたくなる空間。

 この空気をもう手放したくはない。ずっと隣にいて彼と同じ方向を向いていたい。

 だからカナは、うんと一言頷こうとした。昔の、まだ高校生の透が、同じように告白してきた時のように。

「……ごめん」

 でも、口から出てきたのは真逆の言葉だった。

 何でだろうと、自分でも不思議に思った。さらにもっと不思議なことは、その返事に透が「そう言うと思った」と笑ったことだった。

「……どうして?」

  そう聞くと透はうーんと一瞬考え、茶目っ気混じりに返してきた。

「カナのことなら大体分かるよ、なんつって」

 ……自分でも自分の気持ちが分からないのに。先に透に見透かされるのが面白くない。

 カナの顔にその不満が現れたのを透は違う捉え方をしたらしく、両手を顔の前で振り、笑いながら弁解した。

「俺たちにはお互い、『今』があるでしょ?俺はこの前言ったようにハリウッド行く夢があるし、カナにだってまだ聞けてないけどあるんだろうし。さっきのコンテストだってそのためでしょ?」

 ほらまた。カナに叶えたい夢があることを、自覚する前に先回り。

「だから『今』は、夢を追いかける時なのかなって」

 透は切なそうに、そう締めくくった。


 それなら、再開したのが『今』でなかったら、カナは頷けていたのだろうか。透が夢を叶えてハリウッドに行ってからだったら?――違う。そうじゃない。

 透だけ夢を叶えたって、またカナが一方的においてけぼりをくらって悔しい思いをするだけだ。

 きっとカナも夢を叶えられたら、堂々と頷けるのだろう。


 でも、自分に夢なんて――チラリと、脳裏に先輩から貰ったコンテストのチラシのことが過ぎった。

 本当は、この間透に夢の話をされた時から、徐々にカナの中に湧き上がってきているモノがある。それはまだ夢と言えるほどハッキリしたものではなくて、モヤモヤとした『理想像』のようなモノだ。でもきっと、目指す方向は間違ってない。そんな気がした。


「先輩」

 透が視線をテーブル上の空の皿に落としている様子を見つめながら、カナは呼び掛けた。その心の中では透、と呼ぶ。

「私、フリーになるよ。フリーカメラマンになって、私にしか撮れない世界を撮っていくよ」

  ――これだ。

 カナは抱えていた『理想像』を一息で吐き出し、それを『夢』とした。

「……いい夢だね」

 透は視線を上げ、カナを見て微笑んだ。

 透だって優しいよ。カナは心の中で呟いた。こんな突拍子もない、真似事みたいな夢を笑わないで聞いてくれるんだから。

 透の温かな反応にカナの胸の内が少し熱くなり、カナは思わず視線を落とす。

 でもすぐに「カナ」と小さく呼ばれて、顔を上げる。

「最初に戻るけど、俺、カナと寄り戻したいんだ。でも、それは今じゃなくて」

 そこで透は座椅子に座り直し、一呼吸置いてからカナを真正面から見つめた。真剣な顔つきの透の口が、ゆっくり大きく動くのをカナはただ見つめる。


「もう少しして、お互い落ち着いたらさ……俺がカナを迎えに行くよ」


 そのストレートなセリフと、強い眼差しに射抜かれた。

 そういう選択肢があったとは。

 カナは返す言葉がすぐに出てこなかった。今がダメだから、もう諦めようとしてたのに。そんな提案はズルすぎる。

 一枚上手なのは、いつだって透だ。

「……ハリウッド行ってて、私の居場所分かる?私だって独立して成功して、世界中飛び回ってるかもしれないよ?」

 せめてもの強がりを言えば、透は笑みを浮かべて断言した。

「大丈夫、絶対に見つける。今回だってこうやって奇跡的に会えたんだから、次も会えるよ」

 それからカナを覗き込むように首を傾げる。その表情はとても優しくて、頭越しの暖色のライトと合わさってとても綺麗だった。

「……それまで待ってて?」

 今度ばかりは、自分の意思通りに頷けた。

「……私、頑張るよ」

「俺も」

 そして二人して、目を細めて笑い合う。カナはその瞬間に、心の中でシャッターを切った。




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