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just angle  作者: 柚希 ハル
2/9

彼は今も変わらず輝いている

 

「えっ」

 視界の隅で、透が驚き身を仰け反るのが見えた。小さい会議室でイスに座っていたカナは、クライアントの到着で腰を浮かせた。時間ピッタリのご到着である。

 透に続いて入ってきたマネージャーも、声には出さずに驚いた顔をした。こちらはきっと、事前に顔合わせをしていた担当と違っていたからだろう。

「担当の予定でした森下はただいま入院しておりまして、代わりに担当させていただきます戸村と申します」

 そう言いながら名刺を二人に渡す。マネージャーは納得した様子だが、本人は半分棒立ちで名刺とカナとを交互に見比べている。

「……やっぱり、カナだよね?!」

 良かった覚えてくれていた――安堵を心の隅で感じて、カナは正面から透を見た。

「お久しぶりです、先輩」

 硬い笑顔は取り除けたかな。

 透は先輩呼びに気を止めるわけでもなく、隣のマネージャーに説明した。

「彼女ね、高校の後輩なんだ」

 元カノなんて、口が裂けても言えないことだ。でも、それを除くと自分の説明はこれだけになるのか――なんか悔しい。

「どうぞ、座って下さい」

 席を勧めて自分も腰掛ける。横に置いた書類を相手側に向けて、撮影スケジュールや細かい内容の確認などを行った。仕事の運びはすこぶる速かった。

「本日は早速ですが、写真集のこちらのページの撮影ということでよろしいでしょうか?」

「はい!張り切っちゃうなーッ」

 透が大袈裟に腕をまくる。……何に舞い上がってんのさ。

 カナはそっと悪態をついて広げた書類をまとめた。

 それから会議室を出て、透とマネージャーは控え室へ、カナはスタジオへ直行した。カナは先輩にもらった構図のメモを頭に叩き込みながら機材の準備を進め、その間透には着替えやメイクをしてもらう。

 スタジオの準備が終わり、アシスタントの人に呼びに行ってもらって、ついに撮影開始。

「松谷さん入りまーす」

「お願いしまーす!」

 撮影スタジオに満面の笑みで入ってきた透。髪はラフな感じでセットされ、衣装もシンプルな白シャツにジーンズで爽やかに決めている。何も飾っていないのに透が入ってきた瞬間、スタジオの雰囲気が明るくなった。スター気質だろうか。

「よろしくね」

 カメラの前に立つ前に、透が笑ってカナの肩を叩いた。少し驚いたが、カナも笑顔で頷いた。


 ――そうして撮影が始まったわけだが。

 何が原因か、納得いくショットが撮れない。

 事前に先輩から渡された構図メモをもとに撮影するわけだが、いくらやっても良いショットがない。というか、物足りない?

 透相手ならもっといい絵ができるはずだ。そのことを、カナは高校時代から知っている。

 カメラを動かす手を一度止め、目をつぶって深呼吸する。思い出せ。彼が誰よりもカッコ良くなる角度。一番近くで、たくさん見ていたはずだ。

「どしたの?」

 透が聞いてくる。斜め上から降ってくるような声に、カナは顔を上げ――

 手の中の先輩のメモを握り潰した。

「カメラ覗き込んでみましょうか。ちょっと遠くから」

「こう?」

「うん」

 頭に浮かんだ角度を指示して、次々と撮っていく。普段の透を知っている人にしか決して撮れない、そんな角度・表情。

 シャッターを切る度に透の輝きが増していって、スタジオは彼の色に染まっていく。昔、カナが魅了された透と同じ色だ。それをカナはカメラに収める。

 そこにはもう二人だけの世界が広がっていて、高校時代の思い出が浮かんでは弾けていた。毎朝同じだったバス。告白された屋上。初めてキスした時の横顔。そして、別れを告げられた時の真剣な表情――

 とびきり甘くて苦味が残る、忘れられない思い出ばかりだ。後味が悪いのは、きっと自分の中でケリがついてないからだろう。

「チェック入りまーす」

 その声がかかって、透とカナの世界は終わり、現実に戻る。透と一緒に画面を見て確認する。

「やっぱり撮るの上手いね、カナは」

 そう言われて嬉しかったし、誇らしかった。

「たくさん見てきたからね」

 透はそっかと言って笑った。そしてあのさ、とゆっくり口を開く。

「元の担当だった人、次の撮影では復活するの?カナに撮って貰えるのって今日だけ?」

「多分、そう」

「……俺、カナに撮ってもらいたい」

 画面から目を離したら、透にジッと見つめられていた。その目はあまりにも真っ直ぐ過ぎて、カナは目を逸らしてしまう。

「仕事だからね。何とも言えない」

 もちろん、今日の撮影は楽しかった。また撮りたいとも思った。それに先輩が戻っても、今日のより良いショットは撮れないだろう。それだけの自信もある。

 でも所詮は代理の仕事。若手一人の意見が通用するわけもないのだ。

 言い切ったら、透はそっかと寂しそうに呟いた。


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