やっと追いつけるところまで来たのに
テレビを見ながらため息をつく。止まった思考を戻すかのように頭を振って、机の上のチョコレートに手を伸ばす。
そのチョコの大袋の下には数冊の雑誌が、ページを開いたまま散乱していた。全てのページには同じ人が、様々な表情・サイズで居て、みんながみんなこちらを見つめている。テレビに映っているのもその人だ。
「はあーあ」
カナはもう一度頭を振った。さっきから同じ動作の繰り返しである。
カナを悩ませているこの人は、松谷透という。近年ブレイクしている若手俳優で、年齢はカナの一つ上の二十五歳だ。
出版社に社員カメラマンとして勤めるカナの仕事相手である。
普段ならばもっとベテランのカメラマンが担当するはずだが、今回に限って先輩カメラマンが急病で入院してしまい、代わりにカナが抜擢された。
ピンチヒッターで指名されるほど仕事を認めてもらっていると思えば嬉しいが、そこではない。
「なーんで、よりによってアンタなのかなぁ」
松谷透は、カナの高校時代の先輩でありそして――元カレだった。
付き合い始めは高一の時で、別れたのは高二の終わり頃。二年も付き合っていない仲だが印象は強く残っている。有名人になるくらいだから、それもそうだろう。
告白してきたのは向こうの方で、別れを切り出したのも向こうだった。
理由は"夢に専念したいから。"透が俳優を目指しているのは知っていた。
だから未練なしに了承して応援するつもりだった。だが後で何度思い返しても、自分が一方的に振られたような気がしてならなかった。それが悔しくて、ただ応援するだけじゃ収まらなくて、気がついたらカメラマンを目指していた。そして出版社に入社しアイドル誌のページを撮る仕事を始めて、ついに同じ仕事ができるようになった。
「……だからさ、いきなり過ぎるんだってば」
突然すぎるということもある。いざ同じ仕事が決まると、色々と不安要素が出てきた。会って何がしたかったのかや、そもそも自分を覚えているのか。
「どうしよう」
もう一度頭を振って、雑誌山積みのテーブルに突っ伏した。付けっ放しのテレビでは、透が表情をころころ変えながら演技している。
テレビから透の笑い声が聞こえた。昔と変わらない、無邪気な声だ。
「……ちくしょう」
意味も無く悪態をつき、一冊雑誌を持ち上げて、もう片方の手でその顔を弾いた。