5 助けが来た。人間だ。
「何?」
土煙を上げて、馬が駆けてきた。
手綱を、人間が握っていた。
ああ、人間だわ。でも、人間でもいい。人間でもいいから、助けて……。
わたしの思いが通じたのか、わたしの前で馬が止まった。
「どうした?」
「女が倒れておりまして」
「何?」
馬の後ろに取り付けられた箱の一部が開いた。扉だった。移動式の部屋かしら?
部屋の中から、人間の男がひょいと顔だけ出した。
その瞬間、わたしは体の痛みも忘れて、その人間に見入った。
夕日を吸い込む、深い黒髪。すっと通った鼻筋に、ほんの少しだけ薄い唇。全身から存在感を放っている。
エメラルドグリーンの瞳がわたしを射抜いて、わたしたちは見つめ合った。
この人、本当に人間なのかしら?
人間離れした、妖精に引けを取らない容姿をしていた。
お互いに五秒くらい見つめ合って、彼が思い出したように口を開いた。
「君、大丈夫か?」
わたしは首を振った。
「君、名前は?」
「リオーナ」
男は怪訝な顔をした。
「それだけかい?」
「え? ええ」
ほかに何を言えばよかったのだろう。
「家は? どこに住んでいる?」
「森の中」
わたしが森の方に顔を向けると、男は眉間にしわを寄せた。
わたし、なにか変なこと言った?
「この森は妖精の森だぞ」
「ええ」
「入った人間は、気が付けば入ってきた場所に戻っているとか」
さっきわたしが身をもって体験したとおりだ。
「ええ」
わたしがそう返事すると、男は「そうか」と言って、一瞬だけ考えるそぶりを見せた。
部屋から降りてきて、馬主に何か話しかけた。
「しかし、ご主人様……!」
馬主が声を荒げた。
「助けてくれないの?」
そう言ったわたしを見て、二人の男は顔を見合わせた。
「見ただろう? あの姿、どこかのご令嬢に違いない。保護してやらねば」
そう言ったのは、「ご主人様」と呼ばれた、妖精のような人間だった。
いい調子よ。わたしを助けて頂戴。放っておかれたら、死んでしまうわ。
いかにも人間といった顔の馬主は、わたしを助けることに反対していたようだったけど、結局は「ご主人様」に説得されてくれた。
「乗りたまえ」
さっきまで顔しか出していなかった「ご主人様」が、わざわざ部屋から出てきてくれた。
地面に這いつくばるわたしに、手を差し出してくれた。
わたしはその手を取って、部屋に入った。