34 事件2
わたしとジャックはすぐに悟った。
被害者は家の前に放り出されていたあの男じゃない。
この女の人だわ。
「しっかりしろ!」
ジャックの呼びかけに、彼女は答えない。目線がちらりと動いただけだった。
「家の者はいないのか!? 起こしてこい!」
ジャックが警備隊の男たちに声を張り上げた。
月の光を頼りにすると、わたしは彼女に見覚えがあることに気が付いた。
顔立ちは無表情ながらも美しかった。そして、乱れた髪は売れた小麦の色をしていた。
始めてジャックと町を歩いたとき。そう、あの日は色々なことがあった。わたしを連れ去ろうとした男。広場で楽器を弾く女。焼きたてのパンの匂いに惹かれて、パン屋に入った。そこでわたしの目を引いた不思議な男。
そう、パン屋。
その不思議な雰囲気をまとった男と、話していた。
あの時の……パン屋の娘……。
「なんだ、お前らは! 勝手に家に入ってきやがって!」
「こんな夜中に一体何事です――きゃぁああああああ!」
一足先に屋敷に戻されたわたしは、頭から布団をかぶって泣いた。
わたしがあの女の人を、ああしたんだ。
わたしなら、止められたかもしれないのに。
翌朝を迎えたわたしは、目の下にくまを作ってジャックの部屋を訪ねた。ジャックも目元が黒かった。あれから眠っていないに違いない。
「やっぱり、あの部屋の人だったのね」
「まさか本当にこんなことになるなんて――警戒はするように言っておいたのに」
疲れ切った顔を、さらに苦渋に染める。
わたしは、らしくなく椅子に体をゆだねるようにして座るジャックのそばに寄った。
「仕方ないわよ……わたしも、ああなるだなんて思ってなかった。あんなの、誰も想像できなかった。だから……どうしようもなかったのよ」
わたしが一晩かけて出した結論だった。
単に「悪いこと」と言われても、人が死ぬようなことは考えもしなかった。ジャックもそこまで深刻に考えていなかったから、オルトゥスの言葉を受けて走り出そうとしたわたしを引き留めたのだ。
「ああ。私も頭では分かっているんだ。しかし、こんな……こんな……」
わたしは目を伏せ、うつむくジャックの頭をなでる。
「やっぱり、犯人はあの部屋の男よね?」
「おそらくは」
ジャックが弱々しくうなずいた。
被害者は二人。
家の外で死んでいた男と、地下室で震えていた娘だ。
しかし、わたしたちは男を被害者だとはみなしていなかった。
死んでいた彼こそが、ブリュメールが部屋を荒らして警鐘を鳴らしていた、その部屋の主だったのだ。
普通に考えれば、全く別の誰かが女性を襲ったあと、家を後にする時に鉢合った男を殺した、という可能性も出てくるだろう。
しかし、わたしたちは妖精たちの感じた嫌な予感を知っていた。だから、彼女をあんな風にしたのは例の部屋の持ち主にほぼ決定できる。
ブリュメールに加え、オルトゥスもその気配を感じ取っていた。
昨日はそれ以外に事件はなかったようだし、これが起こったのがあの家だったというのは偶然ではないはずだ。
では、なぜその男が殺されていた? 娘を手にかけて、それで事件が明るみに出るかどうかはともかく、男はのうのうと生き続けたはずだ。
誰が男を殺したのか?
男を死に至らしめた首の傷は、獣による噛み傷だったらしい。とても人がやったとは思えない外傷だった。
でもわたしは、心当たりではないが、一つのあたりをつけていた。
「ねえ、ジャック。あの殺されていた男、誰が殺したと思う? 獣の噛み傷なんて……町には市壁があるし、どうやって入ってきて、どうやって出て行ったのかしら」
ジャックはわたしの言葉に耳を傾けている。彼に言い聞かせるように頭をなでながら、できるだけ穏やかな口調で語りかける。
「わたしね、あの死体を見て感じたの。妖精のオーラを。妖精がやったとは思わないわ。彼らはあんなことしない。でもね、きっと妖精に準ずる何か――神様がやったことだと思うの。天罰よ」
自分でも滑稽なことを言っているような気がしたが、妖精のオーラを感じたのは本当だった。鉄の匂いがするあの場所で、場違いな神聖な気を感じたのだ。
「慰めてくれて嬉しいよ、リオーナ」
ジャックが力なく笑った。それを見て、心が痛くなる。ジャックにはもっと元気でいてほしいのに。
わたしの思いとは裏腹に、彼は落ち込んだ様子のまま、彼は衝撃の事実を口にする。
「被害者の女性は、今までの記憶と、言葉を全て失った」
「な……っ」
驚愕するわたしに、自分の名前も分からないらしいとジャックが言った。
ジャックは心を痛めていた。自分の町でこんな悲惨な事件が起こるなんて。それも、町の人の手によるもので、この町と領主であるジャックに大きく傷跡を残す事件だ。
下を向いて表情は分からなかったが、肩を小刻みに震わせていた。
「ジャック……」
「わたしを抱いてくれないか、リオーナ」
その声はあまりにも弱々しく、可哀想になって彼が望むとおりにした。
両腕で彼の頭をすっぽりと抱きすくめる。座っている彼は、わたしよりもうんと背が低かった。
「大丈夫よ、ジャック」
そっと彼の耳にささやく。
こんなわたしでも、彼を癒してあげたい。
彼が落ち着くまで、こうしてあげようと思った。




