33 事件1
夜着に着替え、祭りが終わっていく様子を窓越しに眺めていると、なにやら階下が騒がしいことに気が付いた。
なにかしら?
部屋を出、階段を中ほどまで降りたところで、ジャックがわたしに気がつく。
「そんな格好で外に出てはいけない」
コレットが飛んできて、上に羽織るものを持ってきてくれた。
「何があったの?」
ジャックともう二人、町の人が話し合っていたようだった。中年の夫婦らしい二人組だ。彼らは不安そうに目線を行ったり来たりさせていた。
「君には関係ないことだ」
彼らの目を無視して邪険にするような言い方に、再びジャックに対する怒りが湧き上がってくる。さすがにコレットも険悪な何かを感じたのか、彼に一言挟んだ。
すると、ジャックが何か言うより前に中年夫婦がすすんで話してくれた。
「うちの娘がどこにもいないんです」
要約すると、門限になっても娘が帰ってきていない。大通りを何往復かしたが、娘らしき姿が確認できない。この祭りに乗じて入ってきた部外者によって、何か事件に巻き込まれたのかもしれない。
親ばかかと思ったが、どうやらその娘は客観的にも美しいらしかった。
ジャックは、「まだ祭りも終わりきっていませんし」「きっと誰かの家にいるのですよ」「なんせ年頃の娘さんでしょう」などと言って、夫婦を安心させようと試みている。
しかし、その娘は普段から素行が良かったらしく、夫婦は頑として譲ろうとしなかった。
常識的に考えて、こんなに明かりがついていて人もいる中で何かが起こったとは考えにくい。しかし、ジャックとの帰途が暗く静まり返っていたように、祭りだからといってどこかしこに人の目があるわけではない。最悪の場合のことも考えなければいけない。
それに。
わたしはジャックの袖を引っ張った。
「わかっているよ」
目つきだけで伝わったらしい。
オルトゥスとブリュメールの言っていたこと。
彼らの言葉が本当で、それがこの件のことだったら……。
「あの家のこと……」
夫婦には聞こえないように小声でささやく。ジャックも小さくうなずき、中年夫婦に向き直った。
「警備隊を組んで巡回させましょう」
娘は見つかりますかという質問には答えることができなかったけれど、ジャックは微笑んで、きっと大丈夫だと彼らを安心させた。
部屋に引き返したわたしはベッドに横になる。
わたしの残った妖精の部分だろうか、嫌な予感に胸がざわざわした。何度も寝返りを打って、とても眠れないと思っていたが、気がついたら眠りに落ちていた。
そして、わたしが寝ていたことに気がついたのは、また屋敷が騒がしくなったからだった。
わたしはぱちりと目を覚ました。
今度は何かしら?
しかも、さっきよりもざわめきが大きい。
今度はちゃんと上に羽織って部屋を出ると、玄関ホールからジャックの声が響いてきた。
「すぐに見に行く」
何かあったんだわ!
「待って!」
急いで階段を駆け下り、屋敷を出ようとしていたジャックを引き留める。
「何があったの?」
「君はここで待っていなさい」
「わたしも行くわ!」
ジャックがやれやれと首を振る。次に何を言われるのか、想像できるというものだ。
「ねえ、連れて行ってよ。明後日出発なんでしょう?」
暗にこれが最後のお願いだから、と思いを込めると、彼は諦めたような顔で同じように首を振った。でもそれは了承の合図だった。
「好きにすればいい。どのみち君にも関係のあることだからな」
「わたしにも?」
ブリュメールの言葉が頭の中で響いた。
『こいつは近いうちに、絶対何か事件を起こす!』
やっぱりあの家が?
目で尋ねても、ジャックの目は何を語っているのかよくわからなかった。
「ひどい状況だそうだ」
そう言って、用意させた馬に手をかけた。
置いていかれないように、彼のあとを駆け足で追いかけた。
夜はとっくに更け、祭りはその余韻しか残していなかった。
目を見張るような人ももういない。
しかし夜中にもかかわらず、町には何人か人がいた。どれも男だった。
これが警備隊とやらか。
馬を降りるとき、ジャックが手を貸してくれた。道中もわたしを後ろから支えてくれていたし、こんな上手く行っていない関係の相手にもジャックは紳士だ。
わたしたちはその場所に着いた。
ブリュメールが忠告してくれたあの家だった。
家の前に何かあった。
何かしらと思った時には、前にジャックが立ちはだかっていた。
「ジャック?」
「リオーナは見ないほうがいい」
その硬い声色で、事態はわたしが想像していたものよりもひどいことを察した。
「まさか……」
雲が月を隠し、あたりがまた暗くなった。
吹き荒れる風がその匂いを運んでくる。
喉に詰まる、鉄の匂い。
「そんな……誰が……」
ジャックがわたしの視界から隠した「それ」が一体何だったのか、それだけでわかった。
まさか、殺されるなんて思っていなかった。こんなことが起こるなんて。
わたしは言葉を失って後ずさったけれど、対照的にジャックは一歩踏み出した。
「ジャック?」
「扉が開いている」
その家の扉がギィとかすかな音を立て、風に吹かれて不気味に揺れていた。
鍵がかかっていない。
「リオーナはここに」
「わたしも行くわ」
決意を固めるようにこぶしを握り締め、一歩前に出た時、地面に転がったそれが目に入った。
首元から血を流す若い男。
あふれだす死の香りに、ひっと喉から悲鳴が漏れた。
暗がりに紛れていて、その男の特徴はうまくとれない。
そして恐怖と同時に違和感を覚える。
この感じは――?
「中に入るぞ」
わたしたちを誘うかのように、開いた扉は怪しく揺れる。
その先には、闇。
入ってすぐのところで行く手は二手にわかれていた。居間へ続くまっすぐ伸びる廊下。そして、すぐ左に小さめの扉があった。地下へ続く扉――だったもの。壊れていて、扉の先に暗がりへと下りる階段が見えた。外側から力ずくで開けたようだった。接合部からはがれた木の板は、もはや扉と呼べない。
息を詰め、ジャックの後ろについて階段を下りる。心なしか、ジャックの呼吸が荒い気がした。彼も緊張しているのだろう。
一歩、二歩と足を踏み外さないようにゆっくり進んだ。
そこは闇だった。
地下室にたいまつの火を入れるわけにもいかない。わたしたちは目を凝らしていると、突如として雲が月を覆うのをやめ、わたしたちの背後から月光が地下室内を照らした。
そこにあったのは――――
「君、大丈夫か!?」
ぼろ布にくるまった、一人の女だった。
様子がおかしいのは一目見ただけでわかった。
こんな地下室に一人でいること。
入ってきたわたしたちを捉えた瞳があまりにも虚ろだったこと。
そして、彼女は全裸だった。




