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31 お祭り5


「ジャック!?」


 ここにいるはずのない彼の声を聞いて、わたしははっと振り向き足を止めた。

 家と家の間の、わたしがいる道よりもさらに細いところからジャックが姿を現した。


 どうして彼がここに?

「まさか、つけてたの?」

 さっきの会話も聞かれていたのだろうか。

 どうしてここに。

 ただでさえあんなひどいことをしておいて、今度は尾行?

 あの家に何かあるはずだ。早く行かなくちゃ。

 わたしは色んな思いでいら立ち、ジャックをにらんだ。


「コレットに待っていると言った場所を離れただろう?」


 もしかして、最初から?

「どこに行こうがわたしの勝手でしょ。急いでるの」

 わたしを邪魔するジャックのことなんて無視して、またブリュメールの荒らしていた家に向かおうと走り出し、すぐに後ろから腕を掴まれた。

『リオーナ!』

 オルトゥスが一歩離れたところで、はらはらしながらわたしたちを見守っていた。


「何をするの、ジャック。離してちょうだい」

 自分でもびっくりするような地獄の底から出てきたような低い声だった。それを聞いても彼は、掴む手をゆるめるどころかさらにきつく締めた。

 わたしはおのずと知れず顔をゆがめていた。

 前と同じだ。やめてって言ってるのに、ジャックは離してくれない。


「だめだ」


 心がいら立ちと諦め、そして憎しみ、絶望で支配された。

 ほら、やっぱり。


 どうせまた力づくでわたしを屈服させるんだわ。

 でも、今回はわたしのわがままなんかじゃなくて、妖精にもこの町にも関係することだから引き下がるわけにはいかなかった。

 わたしは口を開いた。感情がたかぶっていて、声は震えていた。


「ジャック、前に妖精避けを置いても毎日いたずらしに来る妖精のことで、二人でその家まで行って解決したこと、覚えてる?」

 ジャックが暗がりの中でけげんな顔をした。

「え? ああ、覚えているが……」


「じゃあ、ブリュメールが言った言葉は覚えてる? あの部屋の持ち主は悪い心の持ち主だって話」

 覚えているよ、と彼は返事するが、手首は油断なくきつく掴まれたままだ。

 彼にわかってもらえるだろうか。

「今、別の妖精がわたしに伝えに来てくれたの。今この町で、なにか悪いことが起こっているって」

「それで……あの家に行くつもりか?」

 半信半疑といった風にジャックが聞いた。

 そうよ、と首肯すると、即答でだめだと言われる。


「どうして」

 恨みを込めてジャックを見る。

 彼は妖精に恨みでもあるのかしら。どうしてわたしの邪魔をするの?


「君のことが心配だからだ」

 今の問題はそれじゃないでしょう?

 そんなことどうだっていいじゃない。

 そう言いかけた言葉を、ジャックがさえぎった。

「そんなこと……」

「そんなことじゃない!」


 突然のジャックの剣幕に、わたしは肩を震わせた。

 わたしの手首は解放され、かわりにがっと両手でその肩を掴まれた。


「今日は祭りとはいえ、見てみろ、大通りを一歩中に入れば人っ子一人いやしない。君みたいな美しい女性がこんなところにいれば、それこそ襲ってくれと言うようなものだ」

 ジャックが家々にこだましないように押し殺した声で言いつのる。それでいてこちらが震えてしまいそうなほどの真剣な怒りが込められていた。

「もっと自分の置かれた状況を考えろ。それに、あの時の部屋の持ち主だと決まったわけじゃないだろう」

「それは……」

 わたしは目を泳がせる。

 確かに、オルトゥスは嫌な感じがすると言っただけで、どことは言っていない。あの部屋の主の仕業だと思ったのは、わたしの思い込みでしかない。


「仮にあの家が関係ないとしよう。今起こっている悪いこととはなんだ? どうして標的が自分だとは考えないんだ? こんな人気のないところにいる君が、次の瞬間、襲われていてもおかしくはないんだぞ!」

 わたしは完全に不意を打たれた。

 確かにそれは考えていなかった。だって、自分がそんな事件に巻き込まれるなんて思っていなかったし、わたしは一人じゃなかったからだ。オルトゥスがいる。

 でも、オルトゥスは妖精だ――人間には見えない。

 はたから見れば、わたしは暗い夜道に一人佇んだ、さらいやすそうないいターゲットなのかもしれない。


 事実を突きつけられ半ば呆然としながらも、必死に言葉をつむぐ。

「でも……もしあの家の人が……」

「それは私が責任を持つ」

 わたしの声色が揺れるのとは逆に、ジャックはしっかりとうなずいてみせた。

 そんな風に断言されると、わたしも寄る瀬がなくなってしまう。

 わたしはついに力を抜いて、うつむいて靴のつま先を見た。


「でも……」

「いいから君は帰るんだ」

 ジャックがじっと見つめていた。

 てっきり怒っていると思っていたのに、彼の顔は痛みに耐えるように歪んでいた。


「どうしてそんな苦しそうな顔をするのよ、ジャック」

 気遣いを見せたわたしの言葉に彼ははっとした表情を浮かべ、次の瞬間にはいつもの冷静な大人の男の顔になっていた。


 ジャックがわたしの手を握った。

「帰ろう、リオーナ」

「でも、オルトゥスが……」

 わたしを連れて帰ろうとするジャックに抵抗する。後ろ髪を引かれる思いで、わたしは小さく足を動かした。

『確かめに行かないの!?』

 引き留めようとするオルトゥス。

 どうしよう。問題は何も解決していない。大人しく帰るわけにもいかないのに。


 助けを求める顔をしたオルトゥスを見て、その場にとどまりかけると、ジャックもオルトゥスのいる方向に目を向けた。

 オルトゥスが見えているのではないかというほど、その目線はオルトゥスを正しく射抜いていた。

「君の友達がなんと言っているのかは分からないが、リオーナも同じく狙われる立場にある者だということを分かってもらいたい」


 結局わたしはどうすればよいのか分からず、ジャックに引きずられるがまま帰途についていた。

 オルトゥスはジャックに視られたのが衝撃だったのか、その場でふよふよと浮いたまま静止していた。


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