30 お祭り4
町には何度も出ているし、体調ももう平気だ。
コレットが面倒を見てくれなくても、お祭りくらい一人で回れるわ。
そんな自立心と、もう一つ。
先ほどから視界の隅でちらちらとまたたく、緑色の光が気になっていたのだ。
わたしは誰にも見とがめられないように人気のないほうへ足を向けながら、それに向かって呼びかけた。
「オルトゥス、もう出てきていいわよ」
『リオーナ、元気だった?』
わたしのすぐ近くに飛んできたのはオルトゥスだった。
ジャックもコレットもわたしが妖精と話せることを知っているが、半信半疑のふしがある。それにオルトゥスと話していたら、口を滑らせてしまって本当は人間じゃなくて妖精だってことがバレてしまいそうだから、あまり人のいるところでは話したくないのだ。
わたしたちは大通りから一本離れた、打って変わって人気のない細い通りで足を止めた。
『人間のお祭りか。楽しそうだね』
「ええ、楽しいわ」
わたしは満足げにうなずいた。
それに、コレットの目を盗んで一人になったのも、わくわくする要因の一つだった。
自分の部屋にいるとき以外は、いつもジャックかコレットが付いてくるのだ。最近はジャックと絶好状態にあるから、もっぱらコレットと一緒にいるけれど。
彼女のことが嫌いなわけではないけど、過保護にされたってうれしくはない。一人で何もできないわけじゃないんだから。
わたしは近くで羽ばたくオルトゥスに違和感を感じ、彼に焦点を合わせるように目を細めて訊ねた。
「それにしても、オルトゥス、どうしたの?」
『なにが?』
オルトゥスにはなんの自覚もないらしい。
「風邪でも引いたのかなって……」
『ううん? 全然。元気だよ』
わたしは首をかしげてオルトゥスの全身を眺めた。さっきから気になっていたことを口にする。
「オルトゥスの体が、なんだかもやがかかったみたいに、ぼんやりして見えるんだけど……目でも悪くなったのかな」
前ははっきり見えていたオルトゥスの姿が、ぼやけているのだ。人型をしていた彼の姿が、今では淡い緑光を放った人型のなにかにしか見えない。
うーんとうなりながら目を凝らすと、なんとか前と同じように、彼の顔をはっきり見ることができた。
『僕はなにも変わってないよ』
「そう……」
本当かしらとまだ腑に落ちないでいると、オルトゥスが突然叫んだ。
『……って、そうじゃないよ! そんな話をしに来たんじゃない!』
「え?」
彼の口ぶりからすると、なにか大事な要件があって来たらしい。
彼はいつもどこかしら抜けていて、大事なことを後回しにしがちだ。
オルトゥスが身を乗り出した。
『何か悪いことが起こっているんだ!』
「えっ?」
彼の剣幕に押され、一瞬わたしは虚を突かれた。が、その言葉を理解すると今度は戸惑わざるをえなかった。
「何の話か分からないんだけど」
いきなり悪いことと言われても、見当もつかない。
『僕にもまだ分からない……』
「はぁ?」
ふざけているのか、とぼんやりしたオルトゥスをにらんでやった。
しかし、いつもびくびくしている彼にしては珍しく、わたしの反応を無視して己の考えを述べる。
『でも、なにか嫌な感じがする。僕らが知らないところで、この町で誰か人間が悪さしてるよ』
その口調は真剣そのものだったが、そんなあやふやなことを言われても、わたしにはさっぱり分からない。
その時、風が強く吹いた。わたしの髪をさらっていく。
わたしは風が吹いていった方向に目をやってつぶやいた。
「なるほど、確かに嫌な風ね」
風の声はもう聞こえない。でも、なんとなくだが、それがいいものではないのが分かった。
「でも、今日はお祭りよ。みんなが外で騒いでいる中、悪だくみしている人間がいてもおかしくないわ」
残念なことだけど、とため息をつく。
人に限らずなんでも、数が多くなれば多くなるほど、その中に悪いものが混ざる確率は高くなる。
でも、オルトゥスはわたしの言葉に納得していない様子だった。
激しくかぶりを振って、懸命に自分の感覚を伝えようとしてくれる。
『そうじゃないんだ。もっとまがまがしい、ドロドロした感じ……本当にリオーナは感じないの?』
何度言われても、感じるのは少し離れた場所から漏れてくる人々の陽気なざわめきだけだ。
分かるわけないでしょ、と思った時、わたしははっとひらめいた。
「悪いこと?」
うん、とオルトゥスがうなずいた。
わたしは自分の気持ちを確かめるようにまた聞いた。
「悪いひと?」
わたしはあの日、妖精のいたずらに手こずらされている家を訪れ、そこで妖精のブリュメールに会ったことを思い出していた。
温厚な彼がわざわざ町まで来て、それも妖精避けのひどい臭いに我慢してまで、わたしが説得しに来るまで何度も人間の家を荒らしていた。
彼は――彼はなんと言っていた?
そう、いわく、悪いことが起こる。その部屋の主が事件を起こす――
「分かったわ!」
ブリュメールの言葉を思い出したわたしは、その家に向かって走り出した。
『リオーナ!?』
しかし、驚愕の声を上げたのはオルトゥスだけじゃなかった。
「どこに行くんだ、リオーナ!」




