27 お祭り1
皮肉なことに、ソーセージを無理やり食べさせられた翌日は、見るからに体調がよくなっていた。
ジャックに監視されながら、観念したわたしは肉のかけらを食べるようになった。
その甲斐あってか、以前のように立って歩けるようになった。
あれからジャックは何度も謝ってくれたが、彼を許す気にはなれなかった。彼には一言も言葉を返していない。
体調が安定してコレットと共に町に買いものに出かけると、色んな人に声をかけられた。
「病気だったんだってね?」
「よくなってよかったね」
肉を食べるくらいなら死んだほうがいいと思っていたが、こんな風に元気になった姿によかったねと言われると、複雑な気持ちになる。
そして、久しぶりに歩く町の様子が違うことに気が付いたわたしは、コレットの服のそでを引っ張った。
「なにかあるの?」
町全体が熱気を持っているような感じがするのだ。いつもより人通りが多い気がしたし、しかもその道行く人々は何かを楽しみにしているような陽気な雰囲気を醸し出していた。
ああ、とコレットは顔をほころばせ、質問に答えてくれた。
「お祭りですよ、お嬢様」
「お祭り……」
つぶやいたわたしは思い出す。
そういえば、ジャックがそんなことを言っていたような気がする。満月の日のお祭り。
「ご主人様と一緒に行かれますか?」
「嫌よ」
なんて質問をするのかしらとぷいとそっぽを向くと、コレットは寂しそうに笑った。わたしというより、わたしに無視されて最近塞ぎがちなジャックのことを案じているのだ。
「なら、わたしと参りませんか。それともお祭りにも興味がございませんか?」
「コレットとなら行くわ」
間髪入れずに、彼女の誘いを受ける。
ジャックにお祭りのことを話してもらった時、浮かんだ情景。本物はどんな感じなのだろう。ジャックがいなくても、お祭りには興味があった。
「で、お祭りっていうのはいつなの?」
「今日ですよ」
「今日!?」
予想していなかった返答を聞いたわたしは声を上げた。
それはまた随分と急な話だ。でも、今晩がお祭りだというのなら、この町全体が熱を帯びているのもうなずける。
まあ、わたしがずっと臥せっていたからついていけてないだけなんだけど……。
実際、自分が何日ベッドで過ごしていたのか、記憶があいまいで分かっていない。
「じゃあ、屋敷に戻ったら支度をしないとね」
「ええ。お祭りですから、少しおめかしいたしましょう」
コレットらしくない発言に吹き出してしまう。
「どうかされましたか?」
「いえ、コレットがそういうこと言うの、あまり想像できなかったから」
コレットは目つきが悪く表情も豊かなほうではないので、冷淡な印象を持ってしまう。
常に黒のドレスを着ていて、髪から何まで全身黒で固めているのも近寄りがたいオーラのもとになっている。
しかし本当のコレットは、案外心配性で抜けているところがある。これは主人のジャックの影響に違いない。
「それって褒めていませんよね?」
「うふふ、ごめんなさい」
素直に謝ると、コレットは諦めたようにため息をつきながらも許してくれた。自分の態度が、冷たい人間だと人に誤解させるようなものだということを自覚しているようだった。
「特別にドレスもご用意しております」
「あんまり派手なのは嫌よ。浮いちゃうから」
ただでさえ、領主の家に住まわせてもらっている謎の少女として注目を浴びているのに。
「心配ありません。流行のデザインですよ」
流行のドレス?
体調のせいで屋敷を出ていなかったこともあるけど、そもそもわたしは人間界歴が短い。そんなわたしが人間界の流行なるものを知っているわけがなかった。
しかし、流行という言葉はどの世界でもあって、人を引き付けるものらしい。
コレットの言葉を聞いたわたしは、お祭りががぜん楽しみになってきた。
「そうなの? はやく買い物を終えて帰りましょ」
歩みを速めて気合を入れたわたしを、コレットがたしなめる。
「お祭りは日が暮れてからですよ、お嬢様」
日が暮れ、代わりに銀色に輝く月が出た。満月だ。
夕食はコレットが外で食べましょうと言うのでなしだった。
ジャックに無理やり肉を食べさせられないのはよかったけれど、お腹がぺこぺこで倒れてしまいそうだった。
というのも、わたしが寝込んでいる間に花の季節はあっという間に満ち、日が長くなっていたからだ。
お祭りは日が暮れてから。しかしその日暮れはいつまで経っても訪れない。いつもならとっくに夕食を済ませている時間を過ぎても、外は明るいままだった。おかげで祭りは始まらず、結果的にわたしは夕食を食べられないままだった。
出かける用意は空腹に耐えながらだった。
わたしはコレットが用意してくれた流行りのドレスを着る。
コレットはいつもと同じ黒いドレス。
出かける段階になって、闇夜に紛れて見失いそうだと不安になった。
「ねえ、もっと明るい服はないの?」
「ありません」
取り付く島もない返事にわたしは肩を落とす。
部屋を出た瞬間、同じタイミングで自室から出てきたジャックと鉢合わせした。
「ご主人様」
声を発したのはコレットだけだった。
わたしは「まずい!」という顔で、ジャックは愕然としたような顔で、黙ったまま見つめ合ってしまった。
気まずい。
先に口を開いたのはジャックだった。
「その……リオーナ、刺激的な格好だね」
ジャックの言葉に、わたしはカッと顔が熱くなった。
やっぱり、やめておけばよかった。
コレットが「流行」だと言った新しいドレスは、いつものくるぶしまで隠れるようなドレスに対し、膝の下までの短いスカートだったのだ。
不安げに「本当にこれ……?」と言ったわたしに、コレットは大丈夫ですと太鼓判を押してくれたのだが。
やっぱり着替えよう。
一歩引いてきびすを返そうとしたわたしを、ジャックが慌てて引き留める。
「大丈夫、似合ってるよ、リオーナ」
本当にそうかしらとわたしは気分が晴れない。
「でも……」
「楽しんでおいで」
有無を言わさない微笑みでわたしを送り出すジャックを見つめてから、はっと彼と会話してしまったことに気が付く。もう話さないって決めてたのに。
「気を付けるんだよ」
ふん、言われなくてもそうするわ。
気のゆるみからジャックのと口をきいてしまったわたしは、腹いせのように背中から怒りのオーラをにじませながら、ジャックに背を向けた。
それなのに「お金は持ったかい?」「あまり大通りから外れてはいけないよ」などとジャックが言葉を浴びせてくる。
聞こえないふりをして、わたしは階段を降りた。
「ご主人様は行かれないのですか?」
とコレットが聞いている。
ついてこられても困るからそんなこと聞かないでよ、とわたしはいらだったが、ジャックはそれを断った。
仕事が溜まっていてね。階段の上から聞こえるジャックの言葉に、心がざわりと揺らめいた。
何かしら、この気持ち。
わたしの胸を、異様な不快感が襲っていた。
おかしいわね。ジャックがお祭りに行こうが行かまいが、わたしには関係ないのに。
それどころか、一緒に来なくてほっとするくらいなのに。




