25 ベッドの中、夢うつつ
朝起きたとき、いつもより体が重い、と思った。
まるで、人間になって初めて経験した朝のようだ。あの時は一歩歩くことさえ困難で、着替えもできないほど全身が痛かったものだ。
しかし、それとは少し様子が違った。体はそこまで痛くない。でも、起き上がるのがとても億劫だった。頭がぼーっとして、視界が揺れた。
起こしにきたコレットが、わたしの額に手を当てて、熱だと言った。
「リオーナ、大丈夫かい!?!?」
それを聞いたジャックがすっ飛んでくる。彼の慌てる様子がおかしくて、つい笑うと、笑い声はそのまま咳になった。
「大丈夫よ」
「そんなわけがないだろう」
咳がおさまって大丈夫だと言い張ったわたしを、ジャックがベッドに寝かせる。
「とりあえず寝ていなさい」
「でも……」
ベッドの中で一日過ごすなんて、退屈だ。
「あまり心配をかけてくれるな」
子どもに言い聞かせるような言い方をされたので、ぷぅっと頬を膨らませると、ジャックが柔らかく微笑んだ。
「やっと生活に慣れたからかな? すぐ治してあげるから、待ってあげなさい」
「うん……」
「君がまた寝るまで、ここにいるよ」
ジャックがベッドの上のわたしの手を握る。
「わたし、今起きたばかりよ。それまでいてくれるの?」
「ああ」
一体どれだけ待つつもりなのかしら。
そうは思ったものの、風邪っぴきの重たい体はまたすぐに、わたしを夢の世界へといざなった。
ジャックの気配が遠のいていく――。
「リオーナ」
そこには、瞳と同じエメラルドグリーンの羽を生やしたジャックがいた。
緑色。オルトゥスの羽も緑色だ。でも、それとは全然違う。格が違うのだ。
オルトゥスは葉っぱの色。ジャックの色は、複雑に光を反射するまぎれもない宝石の色をしていた。
「ジャック」
わたしの背中にも金色の羽があった。
そして、あることに気が付いてあっと驚く。
「体が軽いわ」
「それが君の本来の姿なんだね」
ジャックがまぶしいものを見るかのように目をすがめた。
本来の姿。そうだ。これがわたしの本当の姿だ。
ひらりと飛ぶと、それに合わせて長い金の髪がふわりと揺れる。
「ふふふ」
軽い。軽い。体が軽い。
髪が重くない。風にすかれて、髪が一本一本輝きを放つ。
「綺麗だよ、リオーナ」
「ありがとう、ジャック。ジャックも飛びましょうよ」
羽を使わず、地面に足をつけたままのジャックの手を取る。
「飛べないよ」
彼が眉尻を下げた。
「飛べるわよ」
それを証明するために、ぐいっと彼を持ち上げた。
「おっと……」
おっかなびっくり、ジャックは不器用に二枚の羽を羽ばたかせる。わたしが手をはなしたら、墜落してしまうに違いない。
わたしがしっかり捕まえておいてあげないと。
ジャックの手をしっかりと握って、どんどん高くに連れていく。
「リオーナ、待ってくれよ」
「イヤよ。一緒に世界を見に行きましょう。わたしが案内してあげる」
不安そうな顔をしてジャックが表情を曇らせる。
「落ちそうで怖いんだ」
ジャックでもそんなことを言うのね。
わたしはころころと笑って、彼の手を一層強く握った。
「大丈夫、はなしはしないわ」
それでもなお彼は一緒に来たがらなかった。
「どうして? わたしと一緒がイヤなの?」
「まさか。ただ、羽の生えた君は、すぐにどこかに飛んで行ってしまいそうで……」
「まさかはこっちの台詞よ!」
驚いて声を上げる。
「わたしはどこにも行かないわ。ずっとジャックと一緒よ」
それを聞いたジャックは、頬を緩めた。
「なら安心だ。私も君のように飛べるようになりたいな。君に見せたい場所がたくさんあるんだ」
「わたしが連れて行ってあげるところよりも素敵なところ?」
「だといいんだけどね」
彼の答えに満足したわたしは、その場でくるっとターンした。わたしに連れられて、ジャックも同じようにターンを余儀なくされる。まるでダンスを踊っているみたい。
「いいわ。ジャックと一緒なら……」
そう言って、ぐんぐん空高くへ。
ジャックと二人で。
どこに行こうかしら――
次に目が覚めたのは、さらに数時間が経ってからだった。なんだかいい夢を見た気がする。
額に冷たい布が当てられている。瞬きをして体を起こそうとすると、コレットがわたしを押さえ、ジャックを呼びに行った。彼女が看病してくれていたのだろう。
今日はジャックはずっと家にいるらしい。すぐに彼が来てくれた。
「お姫様、気分は?」
「なんだか頭がぼんやりするわ」
「普通の風邪かな。果物をもらってきたんだ。食べられるかい?」
コレットが持ってきた果物をジャックが勧める。小さく一口大に切られたフルーツ。みずみずしい赤色をしているが、わたしには見覚えがない。
「これを食べたら、治るの?」
「ああ」
彼がフォークに刺した果物を口元に持ってきてくれたので、恐る恐る口を開く。噛んでみると、ただただ酸っぱい。きゅっと口をすぼめたわたしを見て、ジャックが笑った。
「酸っぱいわ」
「元気になれそうだろう」
確かに、言われてみればそうかもしれない。酸味が口の、体の中ではじけて、元気になれそうな気がする。これならすぐに風邪も治りそうだ。自然の力がいっぱいに宿った果物。
ジャックに全部食べさせてもらって、他に食べたいものはと聞かれたが、食欲はあまりなかったので断った。
コレットが部屋を出て、二人きりになる。
てっきりジャックは、すぐ自分の部屋に戻るものだと思っていたのに。
「早く元気になっておくれ」
わたしを見つめるエメラルドグリーンの瞳。綺麗だな、と思った。
いつまでいてくれるのかしら、とわたしは疑問を投げかける。
「ジャック、お仕事はいいの?」
「今日は君の体調が悪いからお休みさ」
それを聞いて、自然と顔がほころんだ。
「ふふ。わたしのため?」
「リオーナのためだよ」
ジャックがわたしの頭をなでてくれる。なんだかとても安心する。体は思うように動かないのに、不思議なことに、表情は勝手に動いた。溶けるような笑みを浮かべ、わたしは目を閉じる。
「嬉しいわ……」
ジャックにこんな風に優しくしてもらえるなら、風邪を引くのも悪くはないかもしれない……。
頭も冷やして果物も食べたのに、わたしの体調は一向に良くならなかった。
うなるほどではないが常に体が熱っぽく、そしてだるかった。
隣町から医者を呼んで、宣告されたのは栄養不足だった。




