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フェアリー・キス ~人間になった妖精(わたし)は人間社会になじめますか?~  作者: 白亜 愛
2. Les Jours avec Jack à Barcelonnette 〜ジャックとの日々〜
25/42

25 ベッドの中、夢うつつ


 朝起きたとき、いつもより体が重い、と思った。

 まるで、人間になって初めて経験した朝のようだ。あの時は一歩歩くことさえ困難で、着替えもできないほど全身が痛かったものだ。

 しかし、それとは少し様子が違った。体はそこまで痛くない。でも、起き上がるのがとても億劫だった。頭がぼーっとして、視界が揺れた。


 起こしにきたコレットが、わたしの額に手を当てて、熱だと言った。




「リオーナ、大丈夫かい!?!?」

 それを聞いたジャックがすっ飛んでくる。彼の慌てる様子がおかしくて、つい笑うと、笑い声はそのまま咳になった。

「大丈夫よ」

「そんなわけがないだろう」


 咳がおさまって大丈夫だと言い張ったわたしを、ジャックがベッドに寝かせる。

「とりあえず寝ていなさい」

「でも……」

 ベッドの中で一日過ごすなんて、退屈だ。

「あまり心配をかけてくれるな」

 子どもに言い聞かせるような言い方をされたので、ぷぅっと頬を膨らませると、ジャックが柔らかく微笑んだ。


「やっと生活に慣れたからかな? すぐ治してあげるから、待ってあげなさい」

「うん……」

「君がまた寝るまで、ここにいるよ」

 ジャックがベッドの上のわたしの手を握る。

「わたし、今起きたばかりよ。それまでいてくれるの?」

「ああ」

 一体どれだけ待つつもりなのかしら。

 そうは思ったものの、風邪っぴきの重たい体はまたすぐに、わたしを夢の世界へといざなった。

 ジャックの気配が遠のいていく――。





「リオーナ」

 そこには、瞳と同じエメラルドグリーンの羽を生やしたジャックがいた。

 緑色。オルトゥスの羽も緑色だ。でも、それとは全然違う。格が違うのだ。

 オルトゥスは葉っぱの色。ジャックの色は、複雑に光を反射するまぎれもない宝石の色をしていた。

「ジャック」

 わたしの背中にも金色の羽があった。

 そして、あることに気が付いてあっと驚く。

「体が軽いわ」


「それが君の本来の姿なんだね」

 ジャックがまぶしいものを見るかのように目をすがめた。

 本来の姿。そうだ。これがわたしの本当の姿だ。

 ひらりと飛ぶと、それに合わせて長い金の髪がふわりと揺れる。

「ふふふ」

 軽い。軽い。体が軽い。

 髪が重くない。風にすかれて、髪が一本一本輝きを放つ。

「綺麗だよ、リオーナ」

「ありがとう、ジャック。ジャックも飛びましょうよ」

 羽を使わず、地面に足をつけたままのジャックの手を取る。

「飛べないよ」

 彼が眉尻を下げた。


「飛べるわよ」

 それを証明するために、ぐいっと彼を持ち上げた。

「おっと……」

 おっかなびっくり、ジャックは不器用に二枚の羽を羽ばたかせる。わたしが手をはなしたら、墜落してしまうに違いない。

 わたしがしっかり捕まえておいてあげないと。

 ジャックの手をしっかりと握って、どんどん高くに連れていく。

「リオーナ、待ってくれよ」

「イヤよ。一緒に世界を見に行きましょう。わたしが案内してあげる」

 不安そうな顔をしてジャックが表情を曇らせる。

「落ちそうで怖いんだ」

 ジャックでもそんなことを言うのね。

 わたしはころころと笑って、彼の手を一層強く握った。

「大丈夫、はなしはしないわ」


 それでもなお彼は一緒に来たがらなかった。

「どうして? わたしと一緒がイヤなの?」

「まさか。ただ、羽の生えた君は、すぐにどこかに飛んで行ってしまいそうで……」

「まさかはこっちの台詞よ!」

 驚いて声を上げる。

「わたしはどこにも行かないわ。ずっとジャックと一緒よ」

 それを聞いたジャックは、頬を緩めた。

「なら安心だ。私も君のように飛べるようになりたいな。君に見せたい場所がたくさんあるんだ」

「わたしが連れて行ってあげるところよりも素敵なところ?」

「だといいんだけどね」

 彼の答えに満足したわたしは、その場でくるっとターンした。わたしに連れられて、ジャックも同じようにターンを余儀なくされる。まるでダンスを踊っているみたい。

「いいわ。ジャックと一緒なら……」

 そう言って、ぐんぐん空高くへ。

 ジャックと二人で。

 どこに行こうかしら――





 次に目が覚めたのは、さらに数時間が経ってからだった。なんだかいい夢を見た気がする。

 額に冷たい布が当てられている。瞬きをして体を起こそうとすると、コレットがわたしを押さえ、ジャックを呼びに行った。彼女が看病してくれていたのだろう。


 今日はジャックはずっと家にいるらしい。すぐに彼が来てくれた。

「お姫様、気分は?」

「なんだか頭がぼんやりするわ」

「普通の風邪かな。果物をもらってきたんだ。食べられるかい?」


 コレットが持ってきた果物をジャックが勧める。小さく一口大に切られたフルーツ。みずみずしい赤色をしているが、わたしには見覚えがない。

「これを食べたら、治るの?」

「ああ」

 彼がフォークに刺した果物を口元に持ってきてくれたので、恐る恐る口を開く。噛んでみると、ただただ酸っぱい。きゅっと口をすぼめたわたしを見て、ジャックが笑った。

「酸っぱいわ」

「元気になれそうだろう」

 確かに、言われてみればそうかもしれない。酸味が口の、体の中ではじけて、元気になれそうな気がする。これならすぐに風邪も治りそうだ。自然の力がいっぱいに宿った果物。


 ジャックに全部食べさせてもらって、他に食べたいものはと聞かれたが、食欲はあまりなかったので断った。

 コレットが部屋を出て、二人きりになる。

 てっきりジャックは、すぐ自分の部屋に戻るものだと思っていたのに。

「早く元気になっておくれ」

 わたしを見つめるエメラルドグリーンの瞳。綺麗だな、と思った。

 いつまでいてくれるのかしら、とわたしは疑問を投げかける。

「ジャック、お仕事はいいの?」

「今日は君の体調が悪いからお休みさ」

 それを聞いて、自然と顔がほころんだ。

「ふふ。わたしのため?」

「リオーナのためだよ」

 ジャックがわたしの頭をなでてくれる。なんだかとても安心する。体は思うように動かないのに、不思議なことに、表情は勝手に動いた。溶けるような笑みを浮かべ、わたしは目を閉じる。

「嬉しいわ……」

 ジャックにこんな風に優しくしてもらえるなら、風邪を引くのも悪くはないかもしれない……。



 頭も冷やして果物も食べたのに、わたしの体調は一向に良くならなかった。

 うなるほどではないが常に体が熱っぽく、そしてだるかった。

 隣町から医者を呼んで、宣告されたのは栄養不足だった。



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