24 妖精だけが感じる悪
散らかった部屋に二人きりになって、わたしはため息をついた。
「ジャックったら、適当なことばっかり言って」
「すまないね」
「必ず解決するですって? ジャックは何もしないくせに……それに、わたしだってできるかどうか分からないのに」
なんせ、わたしは妖精界を追放された身。妖精が出てきてくれるかも分からないし、出てきてくれたとしても、わたしと話してくれるかどうかも分からないのに。
「それに、妖精と通じ合える感性って何よ。妖精と話せるなんて人に知れたら、普通の子じゃないって思われちゃうじゃない」
ジャックを睨む。
わたしにとって大事なこと。それは、人間社会で人間として生きていくことだ。妖精と話せるなんて、普通の人間じゃないと思われるから嫌なのに。
「それは大丈夫。君が妖精と話せると言っても、誰も変には思わないよ」
「どうして?」
「それは君そのものが妖精みたいだからだよ」
ジャックが目を細めて、わたしの髪を手に取った。
「妖精が妖精と話せるのは、普通だろう?」
ジャックはもののたとえで妖精に例えてただけなのだろうが、それは的確に図星をついていた。
「もう、やめてちょうだい」
話を変えるために、ジャックの手を振りほどかせた。彼は大人しく引き下がったが、彼の手が離れてしまうのが寂しい気がした。自分がやったことなのに。
部屋を見回しても、妖精はいない。人間の手のひらいっぱいくらいの大きさがあるし、羽がきらきら光っているので、いたらすぐに分かる。そのことをジャックに伝えようとした時、ジャックが驚きの声を上げた。声につられて彼の目線を辿ると、窓がかすかに開いて、そこから妖精が入ってこようとしていた。ジャックは突然窓が開いて驚いたのだろう。
青い羽に、ゆったりとしたチュニックとチュニックに隠れるほどの短いズボン。さらさらと風に揺れる白銀の髪に、左目の下にはなきぼくろがある。はかなげなその雰囲気をまとった彼は――
「ブリュメール!」
驚きと後ろめたさを宿した双眸がわたしを捉える。
『リオーナ?』
わたしは名前を呼ばれて、妖精だった頃の日々が蘇って胸がいっぱいになった。
「会えて嬉しいわ……」
両腕を広げると、わたしめがけてブリュメールが飛んでくる。
よかった、彼はひどいことを言わない。
妖精が訪ねてきても、みんなわたしに罵声を浴びせるだけだったので、何も言われないだけで嬉しい。それが、知り合いならなおさらだった。
わたしの前に来たブリュメールは、わたしの顔ほどの大きさしかなかった。上から下まで見ていると、彼が身じろぎした。
見すぎたかしら。
「あっ、ごめんなさい」
「リオーナ、そこに妖精がいるのかい?」
突然ジャックが割り込んできて、わたしたちははっと身構えた。ジャックのことを忘れていた。
「ええ、わたしの知り合いがいるの」
『リオーナ、この人間は?』
「わたしをかくまってくれている人なの。いい人よ」
そう伝えると、ブリュメールはジャックを一瞥して満足したようだった。妖精は、いいものと悪いものがすぐに分かる。それは、植物だったり、動物だったり、人間だったり、なんでもだ。
「それにしても、ブリュメール、どうしてこんなところに?」
彼は大人しい妖精で、人間の町に出かけるなんて想像もできない。
しかし、自分のいる場所を思い出す。明らかに妖精に荒らされた様子の人間の部屋……。
「まさか、あなたがやったの?」
信じられない思いで、わたしはブリュメールを見つめた。彼はうつむいて何も言わない。
「ブリュメール、そんなことする人だったの?」
『違うんだ!』
少なからずショックを受けていたので、ブリュメールが力強く否定してくれたことにほっとした。
「そこに犯人がいるならやめるように伝えてくれ」
ジャックがわたしに丸投げする。
人間の声は妖精にも聞こえるので、ブリュメールを見て尋ねる。
「あなたがやったの?」
うつむいた彼は、何秒か経ってから、小さくこくりとうなずいた。
「どうして? ブリュメール、そんなことする人じゃなかったのに」
『違うんだ。僕はいたずらしてるんじゃない。この人間は悪いやつだ』
「悪いやつ? どういう意味?」
この人間とは、ここに住んでいるという男のことだろう。
ちらとジャックを一瞥する。ここに住んでいるのが「悪いやつ」なら、ジャックにどうにかしてもらわないといけない。
『こいつが何かやったわけじゃないんだ。でも、オーラでわかる。こいつは生まれながらにして悪者なんだ!』
うーん、とわたしはうならざるをえない。
「でも、まだ何もやってないんでしょ?」
『それでも、こいつは近いうちに、絶対何か事件を起こす! それを止めるために……この行動に意味があるか分からないけれど、行動せずにはいられないんだ』
ブリュメールの言葉を聞いても、わたしは半信半疑だった。ブリュメールの様子は必死で、彼が本気でそう言っているのが分かる。でも、この部屋の人間はまだ何もしていないという。
ブリュメールの感じ取った「悪」は本物に違いない。しかし……。
「とりあえず、この人を困らせるようなことはやめてほしいの。この人は、この町の王様よ。彼にそのことは言っておくから」
『本当?』
「もちろんよ」
『本当に、この部屋の人間を止めてくれる?』
「止められるかはわからないけど……」
なんせ、いつ、何が、どのようにして起こるのか分からないのだ。
「気を付けておくわ」
『わかった。リオーナを信じるよ。もうこんなことはしない』
ブリュメールがしっかりとうなずいた。妖精のいいところは嘘をつかないところと、相手のことをすぐに信じる素直さだ。
わたしは微笑んだ。
「ありがとう」
話が終わるや否や、ブリュメールが窓の外から飛んで行こうとする。
「ブリュメール!」
たまらず、声をかけてしまった。
彼とこれでお別れなんて、さみしいから。
でも、なにを言えばいいのか分からなかった。わたしのところに遊びに来てね、なんて言えないし。
呼び止めたものの無言でいるわたしを見て、ブリュメールが大人びた微笑を浮かべた。
『またね、リオーナ』
「……うん!」
わたしがぱっと表情を輝かせたのを見て、彼は今度こそ飛んで行ってしまった。
わたしの気持ちを汲んで、ああ言ってくれたのだ。人間に囲まれて、本来の仲間である妖精たちと会えない日々。慣れたとはいえ、隠せない孤独な気持ちを彼は汲み取ってくれたのだった。
嬉しかった。人間になっても、わたしのことを覚えてくれている人がいる。あの頃のように「またね」と言ってくれる人がいる。
感極まって目を潤ませていると、ジャックが覗き込んできた。
「どうして泣いているんだい?」
「泣いてなんかないわよ」
それに、今はジャックもいる。
「もう話は終わったのかい? ブリュメールだっけ? 彼とはどういう関係なんだい?」
それを聞いて言外の意味を汲み取ったわたしは、何を心配しているのかしら、とあきれ返ってしまった。
「ただの友達よ。もうこの部屋は荒らさないって」
「それはよかった!」
ジャックは手を叩いて喜び、相談者の女性を呼びに行った。




