22 手に入れた居場所
翌日は、昨日のショックもあって屋敷から出る気にはなれなかった。
その旨を伝えると、ジャックは心配してくれたが、本来の帰省目的である住民の問題を解決しに町に出て行った。
ジャックの本業は、ここの王様。わたしの面倒を見ることじゃない。
そう思うと、昨日に引き続き、気が滅入ってきた。
オルトゥスも来なかった。
また来るよ、って言ったのに。
わたしはベッドの中で、声を押し殺して泣いた。
「リオーナ、入るよ?」
ジャックが部屋に入ってきた。ベッドの中で一日を過ごして、もう夜になっていた。
「一日中臥せっていたらしいね。大丈夫かい?」
「大丈夫よ……気にしないで」
「リオーナ」
たぶん、たくさん泣いて声が変になっていたんだと思う。ジャックが心配そうな声で、わたしの名前を呼んだ。
それだけで、嬉しいような、悲しいような気分になった。
今、ジャックと一緒にいられること。これから先、ジャックと離れ離れになってしまうこと。
二つの思いが一緒になって、また胸が苦しくなる。
ジャックと一緒にいられないのは当然。だってわたしは、人間でも妖精でもないんだから……。
ベッドのそばに椅子を持ってきてジャックが座り、優しい声色で、わたしに話しかける。
「昨日のことかい」
「どうってことないわ」
そんな風に優しくされると、わたし、どうしていいのか分からなくなる。だって、わたしが元気になったらパリに行くんでしょう。そうしたら最後、ジャックとは一緒にいられなくなる。身元不明のわたしを、ジャックが改めて引き取ってくれる、と言ってくれない限りは。
「じゃあどうして泣いているんだい」
泣いていることを指摘されて、かっと顔が熱くなった。
「泣いてなんかないわ」
「じゃあこっちを向いてごらん」
「……」
ジャックの方なんて、向けるわけがない。泣いてることを隠しきれない。
「泣かないでおくれ、リオーナ」
ジャックが、そっぽを向くわたしの頭をなでる。
「優しくしないで……」
また目の奥がツンとして涙があふれてきた。
「どうしてだい」
ジャックがわたしの髪をなでながら問う。その声があまりにも優しくて、まどろみを覚える。なんだか催眠術にかけられている気分。
「……居場所がどこにもないからよ」
「記憶のことかい?」
肯定も否定もしない。わたしは無言で答えた。
「パリに行けば、君を知っている人がいるよ」
間髪入れずに言い返す。
「いなかったら?」
「いなくても、君を養子に迎えたいという人はたくさんいるだろうね」
ジャックの言葉を聞いたわたしは、勢いよく体を起こした。
それって、他の人にわたしを託すってこと?
「ジャックはわたしを、そういう人たちのもとに押し付けるのね!」
ぱっとジャックと目が合った。
「やっぱり泣いてるじゃないか」
「……泣いてないわよ」
バレバレなのが気まずくて、目を逸らす。
もし君の親戚が見つからなかったとしたら、と仮定して、ジャックが口を開く。
「君は、私のもとにいたいのか?」
その言葉に、わたしの心臓がどくんと跳ねあがった。
「だって……」
「だって、なんだい?」
ジャックがなだめるようにして、わたしの髪をすいた。
「私はリオーナの幸せを一番に願っているよ。もし家族が見つからなくても、君がいいように暮らしていける家にもらわれれば、それが君の幸せにつながると、私は思う」
それを聞いたわたしはカッとなって叫んだ。
「勝手に決めないでよ!」
「え?」
「わたしの幸せは、ジャックが決めることじゃない! それに、知らない人の家に行くなんて嫌! わたしは……わたしはジャックと一緒にいたいのに……」
言葉の最後の方はしりすぼみになって消えていった。わたしがどう思っていても、わたしをどうするかを決めるのはジャックだ。ジャックがわたしをお荷物だと思っていたら、どうしようもない。余計にわがままな奴だと思われただけだ。
「ごめんなさい。気にしないで」
すぐにそう付け足すと、ジャックは困ったように笑った。
「私も君と暮らしていきたいよ」
空耳ではないかと、わたしはジャックを直視した。
ジャックは微笑みを浮かべたまま、わたしに言い聞かせるように話す。
「でもね、君の家族が見つかることが一番いいことだと思う。それに、私よりも金持ちな家はたくさんあるんだよ」
「ジャックより?」
「ああ」
とても想像がつかなかった。その人たちのお屋敷は、一体どれほど豪華なのだろう。
「だから、いい家があれば君はそこに行くべきだと思うんだ」
わたしは頬を膨らませた。
ジャックの言いたいことはなんとなくわかる。
わたしが幸せに暮らしていくためには、お金があればあるほどいいというのだ。確かにそうかもしれない。でも、このお屋敷だって素敵だ。わたしはそんなに贅沢じゃないし、気にしないのに。
「君が嫌だと言っても、パリに連れて行くよ」
「わかったわ……」
ジャックがわたしを心配してくれているのは、よくわかった。
「わたしと暮らしたいって言ったの、本当?」
「もちろんさ」
なら、とわたしはすぅっと息を吸い込んだ。
「養子に出すとしても、勝手に決めることはやめて。知らない人となんて暮らしたくない。わたしはジャックと暮らしたい」
ジャックが目を見開き、次いで、満面の笑みを浮かべた。ベッドの上のわたしを勢い良く抱きしめる。
「そう言ってくれて嬉しいよ。でも、一番いいのは、君の家族が見つかることだからね」
わたしに言い聞かせるような、自分自身に言い聞かせるような声。
わたしはジャックのぬくもりを感じて、ずるいやり方だと思いながらも幸せな気持ちになった。
これで、ジャックのもとにいられる。




