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フェアリー・キス ~人間になった妖精(わたし)は人間社会になじめますか?~  作者: 白亜 愛
2. Les Jours avec Jack à Barcelonnette 〜ジャックとの日々〜
21/42

21 蝕む不安

「リオーナ!!」

 叫ぶジャックから体が引き離される。


 何? 何が起こったの!?


 わたしはその人間に引っ張られるがまま足を動かした。


「ジャック!!」

 その人物があまりに強く引っ張るので、踏みとどまることもこけることもできない。

 足をもつれさせながらわたしを引く人間を見上げるけれど、フードをかぶっていて誰だかわからない。ぼろぼろの土色のフード。

 まさか、広場で楽器を弾いていた女?


 少しでも足をゆるめると、腕が引っこ抜けそうな力で引っ張られた。

「痛いわ!」

「黙ってろ!」

 声からして、男だ。

 広場の女ではなかったことにほっとする。

 が、どこに向かっているのだろう?


「くそっ!」

 男が毒づき、足を止めた。

「どうしたの?」

 男の前に、新たな男が立ちふさがっていた。

「あれは……」

 褐色の肌に、クリーム色のくせっ毛。妖精かと見まがうような美貌の、異国の男――

「ふっ!」

 彼が繰り出した一撃で、わたしを攫おうとしていた男はその場に崩れた。


 目の前で起こった暴力沙汰にあっけにとられているわたしを、彼が異国の金色の目で見遣った。

「大丈夫ですか、お嬢様」

「え、ええ……」


 ネイサン。ジャックの執事だわ。


「リオーナ!」

 ネイサンの後ろから、息を切らせたジャックが到着した。わたしを見るやいなや、

「よかった、無事で」

 その言葉を聞いて、視界が涙でにじんだ。


「ごめんなさい……!」

 わたしは涙を浮かべて、ジャックに抱き付いた。


 これが、人間の世界。人間の言う「悪」って、こういうことなんだわ。

 

「よくやった、ネイサン」

「いえ。この男、どういたしますか」

「とりあえず監禁しておけ。処罰はあとで私が改めて伝える」

「かしこまりました」

 ネイサンが男を抱え、歩き出した。

「私たちも帰ろう」

 わたしはこくりとうなずき、ジャックに手を引かれてネイサンの歩く方向とは別の方向に歩き出した。




「お嬢様! 誘拐されかけたとは、本当ですか!」

 屋敷に戻った途端に、メイドがわたしに抱き付いてきた。

 その言葉に、遅ばせながら自分の心にも実感が湧いてくる。

 誘拐……誘拐されかけていたのね、わたし。


「大丈夫よ」


 わたしよりも、目の前で動揺している彼女の方がショックが大きそうだった。

 コレットをなだめ、部屋に戻る。

「今日はもう疲れたわ。一人にしてちょうだい」

 お察しします、とコレットはまだわたしを心配するそぶりを見せたまま、退室した。


 まさか、コレットがわたしをあんなに心配してくれるなんて思ってもみなかった。

 今まで冷たい態度で当たっていたので、申し訳なくなる。


『リオーナ! どこ行ってたのさ』

 どこからか、オルトゥスが飛んできた。

「オルトゥス!」

 いつの間にか、彼のことをすっかり忘れていた。


「昨日はどうしたの? 気が付いたらいなくなっていたんだから」

『カーテンの外を見たら真っ暗で、時間のことを忘れてたことに気づいたんだ。それで急いで帰ったんだよ』

「なぁんだ。てっきり、なにかあったのかと思っていたのに」


 わたしは夜着に着替えて、ベッドにもぐりこんだ。コレットほどではないと思うが、さっきの余韻で空腹は感じなかった。


『それにしても、このお屋敷は本当に素晴らしいね!』

「そうね」

 昨日の興奮を取り戻したオルトゥスに、わたしは面倒だと思いつつも相づちを打つ。

 今日、この屋敷の特別さを目の当たりにしてきたところだ。


『それに、この家の人たちもいい人ばかりだし』

「え?」

『妖精みたいな人間が二人もいる上に、どの人間も悪い感じはしなかったよ。いい家にかくまってもらったね』

「そう……ね」

 妖精みたいな二人とは、ジャックとネイサンのことだ。

 ジャックはああだし、コレットは冷たく当たっていたのに、わたしのことを心から心配してくれた。ネイサンはほとんど話しことはないけど、ジャックの信頼を得ているのが分かる。今日彼が助けに来てくれたのも、彼の意思ではなくジャックの命令に違いない。お母さまは、妖精嫌いの疑惑があるけど穏やかそうな人だった。

「オルトゥスがそう言うなら、そうなのね」


 人間になって、草木と話す以外に、色々なものを失ってしまったのかもしれなかった。今のわたしには、誰がいい人か、そうでないのか、見ただけでは分からない。

『今日は帰りが遅かったけど、何してたの?』

「町に行ってきたのよ」

『楽しかった?』

「ええ、まあ。でも……」

『でも?』


 わたしは、わたしを連れ去ろうとしたあの「悪い」男を思い出した。

 彼の手は節くれだっていた。がりがりに痩せていたのに、妙に強い力。恐怖が蘇る。どうしてわたしを連れ去ろうとしたんだろう。連れ去って、どうするつもりだったのだろう。


「……なんでもないわ。もう寝る」

『ええ! 僕にも人間の世界の話、聞かせてよ!』

「自分で見に行けばいいでしょ。おやすみ」

『そんな、リオーナ~』

 オルトゥスの声を無視してわたしは布団をかぶった。白くて、ふかふかの布団。これも、この屋敷だからあるものなんだろうな。


 窓が開いて、冷たい風が一筋、部屋に入ってきた。

『じゃあね、リオーナ。また来るよ』

 そう言い残して、オルトゥスの気配が消えた。窓が閉じられる。


 オルトゥスも、いつまで来るつもりなのだろう。

 様子を見に来たって、わたしは妖精に戻れるわけじゃないのに……。

 いつか、オルトゥスも来なくなる。

 いつか、ジャックのもとを離れなければいけなくなる。

 妖精にもなれない。

 かといって、人間にもなれない。

 わたし、どうすればいいんだろう……。


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