17 薔薇色のドレス
屋敷に戻ると、部屋の前であの黒いメイドが控えていた。何の用かしら。面倒だと思いながら言葉を交わす。
「楽しまれましたか?」
「ええ」
「それはよかったです」
そっけなくしたつもりだったのに、「それはよかったです」と来た。
この女、なんなの?
わたしが彼女を嫌っていることは、数々の挙動で彼女自身も気が付いているはずだ。それなのに、なぜ笑顔でいる? ジャックの命令だからかしら。それとも鈍感なのかしら。
彼女が真っ赤なドレスを渡した。
「これは?」
「晩餐用のドレスです」
「また着替えるの!?」
驚きで声が裏返る。人間って、一日に何度も着替えるの? わたし、知らなかった……。
ほこりにまみれて、ヴィッテスに乗って、今日はかなり疲れた。やっと休めると思ったのに……。
着替えを手伝うというメイドを追いやって、わたしは部屋で一人になる。
椅子にもたれかかると、はぁ、とため息が漏れる。
視界の隅で、なにかが光った。緑色の光。なんとなく、わたしはジャックの目を思い出した。
『リオーナ!』
「あら、オルトゥス。もしかして一日中ここにいたの?」
てっきり帰っていたと思ったのに。
疲れ切ったわたしは、オルトゥスのことなんて考えている余裕なんてない。
「わたし、これから夕食みたいなの。そのためにドレスを替えろですって。着替えるからまた後ろ向いておいてよね」
ひじ掛けに置いた手をひらひらと振って、「はやく行って」と合図する。
『綺麗なドレスだね!』
「ええ、そうね……」
わたしは、はしゃぐオルトゥスの声をどこか遠くに聞いていた。
そんなことどうでもいいじゃない……。
ああ、もう、疲れた。寝てしまいたい……。
『リオーナ! 誰か来たよ!』
わたしは、耳元で叫ぶオルトゥスの声で跳び起きた。
扉をノックする音、そしてメイドの「どうかされましたか?」という声。
急いで返事する。
「大丈夫よ!」
座ったまま眠っていたらしい。
メイドが呼びに来たということは、それなりの時間が経ったのだろう。
はっと手に持っていたはずのドレスを見る。
あれっ? ない。
どこにいったの? ドレスが勝手にどこかに行くなんて……。
『あ、ドレス? 皺になりそうだったから、ベッドの上に広げておいたよ』
きょろきょろとあたりを見回すわたしを見て、オルトゥスが言った。
「余計なことしないでよね。びっくりしたでしょ」
彼に教えてもらったベッドの上を見たわたしは、はっ息をのんだ。
「素敵なドレス……」
『僕の言った通りでしょ!』
オルトゥスが羽をせわしなく動かして興奮を表した。
彼の言う通りだった。
強く凛々しく咲く、薔薇色のドレス。デコルテが開きすぎなような気もするが、いやらしい感じは全くない。
七分の袖には、真紅の糸で薔薇の刺繍がほどこされていて、その精緻さに見惚れる。
くびれはないどころが、胴回りにスカートが集まって、膨らんでいる。ものすごいボリュームのスカートだ。着たら、足元どころか、これから歩く先三歩分くらいは見えなくなるだろう。
そして、そのすそには、無数にきらめく宝石が縫い付けられていた。ダイヤモンドに、トパーズ。ルビーは布の赤色と混ざって、少し見えにくいけれど、輝きはどれも本物だ。
「ご支度は終わりましたか?」
扉の外からの声に我に返り、ドレスから目を離す。
「もう少し待って!」
急いで今着ているドレスを脱ぐと、オルトゥスがあわてて後ろを向いた。
新しい真紅のドレスを身につける。
やはり、肩口が開きすぎているような。胸元をこんなに露出するのは初めてで恥ずかしさがこみ上げる。
わたしの動揺とは対照的に、オルトゥスはわたしを見て手を叩いて喜んでいる。
妖精は美しいものが大好きなのだ。おまけに宝石も。
でも、いくらなんでもこれはやりすぎだ。オルトゥスは見ているだけだから喜んでいるけど、もしいきなりこのドレスをあげるなんて言われたら、困惑するに違いない。
「着れたわ」
わたしはメイドを呼んだ。かなり長いこと待たせてしまった。それはつまり、ジャックも同じように待たせたということだ。
「失礼します。……!」
メイドがわたしを見て、言葉を失った。
「お嬢様、とてもお似合いです」
「ありがとう」
褒められたから返事をしたけど、別にどうってことはなかった。妖精であるわたしに美しいものが似合わないはずがないからだ。
しかし、次の瞬間、メイドに心を乱される。
「御髪を結わせていただきますね」
「えっ」
わたしの髪に触らないでよ!
そう思ってとっさに髪を押さえたけど、
「ご主人様が、お嬢様のお美しい姿を楽しみになさっておりますよ」
と言われて、大人しく手を下ろした。
耳元でくすり、と笑う声がした。
この女、今笑ったわね!?
わたしが怒りの形相で振り向こうとした途端、首の横を通ってすーっとオルトゥスが飛んできた。なんだ、オルトゥスだったのね。
『僕も手伝うよ!』
「えっ、ちょっと!」
いきなり驚きの声をあげたわたしに、メイドが「どうかされましたか?」と困惑の声を上げた。
「あっ、いえ、なんでもないのよ」
オルトゥスめ。
わたしは忌々しく思って彼を睨んだが、彼は調子よくわたしの髪を編み始めた。
すると、今度驚いたのはメイドのほうだった。
「これは……!?」
今まさに結っていた髪の毛が、自分は触っていないのに、ひとりでに動いて髪形を作り始めたのだ。
まったく。大人しくしておいてよね、オルトゥス。
早々に諦めたわたしは、ため息とともに言葉を吐き出す。
「妖精が手伝ってくれてるの」
「妖精……ですか」
メイドのその反応に声にいら立ちが込もる。
「信じていないのね?」
「いえ、お嬢様が妖精を見ることができるというのは、ご主人様から聞いております。しかし……妖精とは、いたずらをするだけであって、こんな……人間を手伝うような真似はしないと思っておりましたので」
メイドが淀みながらそう言葉にした。そりゃあ、目の前にその妖精がいるかもしれないんだもんね。あまり下手なことを言ったら、仕返しされるかもしれない。
まあ、オルトゥスはそんなことしないけど。それどころか、今はわたしの髪を結うのに夢中で、人間との会話なんて耳に入っていないに違いない。
「わたしに好意的な妖精なの」
「お嬢様はお美しいですものね。妖精にも好かれるのですね」
わたしはおや? と思った。
この勝手な推測と思い込み、ジャックの影響を受けているのかしら。
ジャックも罪な人間ね。
都合がいいので好きなように解釈させたまま、適当にあいずちを打っておくが、妖精のためにも弁解しておく。
そもそも、この町の人間に、妖精の悪いイメージを植え付けたのは、ほとんどわたしみたいなものだし。
「でも、あなたたちが知らないだけで、妖精は意外と人間の手伝いもしてくれているのよ」
「そうなのですか?」
「気が付かないのも無理はないでしょうけど。気づかないうちににんじんが増えているとか、いつもは気性が荒い動物が、たまに大人しくしている日があるとか……」
妖精に対するイメージを上げようと思って口を開いてみたけど、こうして挙げてみると、どれも大したことないかも……。
なんだか自信がなくなってきて、言葉尻がすぼんでいった。
でも、わたしのように人間にいたずらする妖精がいる一方で、にんじんを数人がかりで運んで、人間の収穫かごにこっそり足し入れているような妖精がいることを、わたしは知っている。
わたしの予想に反して、メイドがくすっと笑った。
「そんなことをしてくれていたんですね」
そんなものかと見下されるかもしれないと思っていたわたしは、メイドが妖精の話に好意的な返事をしてくれたことに、ほっとした。彼女の妖精に対するイメージはそこまで悪くないらしい。
「できましたよ」
メイドとオルトゥスがわたしの髪から手を離した。
どんな風になっているのだろう、と手を伸ばしたら、二人同時に触るなと言われてしまった。崩れてしまうらしい。
「ご主人様がお待ちですよ」
メイドが階下に案内する。
『行ってくるわね』と目線でオルトゥスに伝えると、
「僕もついていくよ!」
このドレスを見て、屋敷の他の場所にも興味を持ったに違いない。
オルトゥスがわたしの顔の横で、ふわふわ飛びながらついてくることになった。




