14 お母さまに挨拶
部屋に持ってきてもらった粥を食べたわたしは、ジャックに導かれて屋敷の一階に降りた。
足腰がギシギシと軋みを立てたけど、もしかしたら階段の音だったのかもしれないと都合のいいほうに考えておく。
一階部分は、特にこれといった点はなかった。
なぜなら、この屋敷は全部同じような内装で整えられていて、目新しいところはなかったからだった。天井には同じ画家の絵が描かれていて、床はふかふかの赤い絨毯。目が付くところすべてに細かい細工がされている。
凝っているけど、こんなところ、いちいち誰が見るのかしら?
不要なものに思えたけど、これを良しとするのが人間の感性なのだろう。
「今この屋敷には、私と、君の世話をしてくれているコレット、そして執事のネイサンと、私の母が住んでいる」
「お母さま?」
会ったことがない。ずっとあの部屋にいたからかな。
「ああ。今から会いに行こうと思ってね。しばらく住まわせる君のことを、きちんと紹介しておかなければ」
お母さまにご挨拶。わたしはこくりとうなずいた。
「私と執事は普段、中心都市パリで暮らしているが、本当の領地はここなんだ。ただ、色々と仕事をしようと思うと、パリにいるほうが都合が良くてね。この家と町の多少のいざこざは、コレットと母に任せている」
「いつもこの町にいるわけじゃないのね」
「ああ。昨日も言ったように、妖精のいたずらが見過ごせないほどになってね。なにができるわけではないが、領主としてなにもしないわけにはいかないから……」
ジャックが一つの扉の前で立ち止まった。
「ここが母の部屋だ。母上、入ってもよろしいですか」
中からくぐもった声が聞こえた。
「お入り」
先を歩くジャックに続いて、わたしも部屋に入った。
わたしが寝ていた部屋と、ほとんど同じ様子だった。
窓とベッドの位置、クローゼットの位置。天井の絵は言わずもがな。小さなテーブルセットがあるのもわたしの部屋と同じだったけど、そのテーブルはジャックのお母さまの趣味らしく、少し部屋から浮いていた。
ただ、なんだか変なにおいがするような。
お母さまは、窓際に立って外を見つめていた。
「ご紹介します。こちら、森の中から来たと言う、記憶をなくしたリオーナ嬢」
記憶はなくしてないんだけど。
わたしは軽く膝を折って、お辞儀した。そこでお母さまがわたしの方を見た。
ぱちりと目が合い、わたしは思わず目を見張った。
綺麗な人。
エメラルドの瞳。ジャックと同じだわ。
何歳くらいだろうか?
ジャックのお母さんなんだから、相応の齢のはずだ。その証拠に、顔や首、そして袖口からのぞく手はしわしわだった。髪の毛も白い。
でも、その目がすべてを物語っている。
この女性は、まだ生きる力がみなぎっていることを。
「固くならなくていいわよ」
「は、はい」
「助けてくれたのが、わたしの息子でよかったですね」
「本当にそう思います」
心を込めて答えると、お母さまは少しだけ微笑んだ。
「わたくしのことは気にしなくて結構です。あまり部屋から出ないから、そもそも会わないでしょうけれど。記憶が戻るまで、ここがあなたの家のように思ってくださって構いませんよ」
「ありがとうございます」
すっと胸に言葉が伝わってくる。
この人の言葉は、信用できる。
お母さまなら、わたしの本当の正体を言っても理解してくれるかもしれない。
挨拶は本当にそれだけで、わたしたちはすぐにお母さまの部屋を後にした。
「母はああだから、リオーナも多少変なことをしてもとがめられることはないよ」
「そんなことしないわ」
お母さまに敬語を使って初めて気づいたけど、わたしはジャックに対してこんなに気安く話しかけていいのかしら? このあたりの王様なのに。
わたしはそのことをジャックに伝えると、「まさか。私はそんなこと気にしないよ」と笑い飛ばされてしまった。




