13 それでもジャックのおかげでなんとかやっていけそうなわたしは、食事の問題もクリアする。
次の日起きると、体はまだ重いままだった。でも、自分で起き上がれるくらいには戻っていた。
窓の外は、明るい。
ちなみに窓は開いていた。また誰かが、わたしに嫌がらせしに来たのだろう。
体がカチコチに固まっていたので、うんと腕を上げて伸びをした。
腕はもう痛くなかったし、体が少しほぐれると、また体が軽くなった。
体が重かったのは、寝すぎが原因だったみたい。
まる一日近く、寝ていたんだわ。
一日なにも食べないで、食べたと思ったら、今度は一日眠りっぱなし。
でも、そんなことになるのも仕方がないよね。
だって、わたし……そうだ。
わたしが人間になってから、二日が経った。
今日で三日目。
例の黒い女がわたしを起こしに来た時、わたしは立ち上がってクローゼットの中を物色していた。
ドレスが多すぎて、どれを着ればいいのか分からなかったのだ。
昨日より地味なクリーム色のドレスを手渡され、お手伝いしますと言う彼女を退室させた。
もう、着替えくらいできる。
今日は、夜着にこそなっていなかったものの、ドレスは脱がされていた。
女が持ってきてくれた下着を着て、新しいドレスを着ようと手に取った瞬間、閉めてもらったはずの窓がまた開いた。
「寒いからやめてちょうだい」
まだ服を着ていないから、寒いことこの上ない。
『リオーナ!』
「今日はどこの誰?」
わたしは昨日の、知らない子どもたちを思い出してげんなりした。
「好きに荒らしなさい」
人間になってしまったわたしが何を言っても、もうやめてくれないのだろうという諦めだ。
『荒らしたりなんかしないよ!』
「その声……?」
『僕だよ! オルトゥスだよ!』
聞き覚えのある声で話し、わたしの目の前に飛んできた緑色のそれは、オルトゥスだった!
「オルトゥス!」
知っている人に会えた!
もろ手を上げて喜んびかけたわたしだけど、はっとして体を隠した。
『まだ服着てないからあっち向いてて!』
「ご、ごめん!」
わたしがドレスを着ている間に、オルトゥスが入ってきた窓を閉めてくれた。
ドレスを身につけ、改めてわたしはオルトゥスを迎え入れた。
「嬉しいわ、オルトゥス! また会えるなんて、思ってなかった」
『そんなこと言わないでよ。おじさんもおばさんも、すごく落ち込んでるよ』
わたしのお父さんとお母さんのことだ。
それを聞いてわたしは、勘当されたわけじゃないことが分かって安心した。
「よかった……わたし、もう要らない子だと思われてるのかと……」
『なんでそんなこと言うんだよ!』
わたしは、知らない子どもに「人間になった妖精界の恥知らず」とののしられたことを話した。
『リオーナ……』
「わたし、どこにも行き場がないの……今はここの人間にかくまってもらってるけど、いつまでいられるかわからない。森にももう、帰れないの」
自分がどんな状況に陥っていたのかを改めて言葉にして、忘れかけていた不安がむくむくと膨らみ始める。
「どうしよう、オルトゥス……」
『リオーナ』
オルトゥスは小さい体で右往左往、おろおろしている。
うろうろしてないで、何かいい案はないの?
コンコン。
その時、扉がノックされた。
「お嬢様、御仕度はできましたか?」
「まずい、オルトゥス、人間が入ってくるわ! 隠れて!」
オルトゥスは壁に掛けられた絵の影に身を隠した。
「今日はちゃんと着れたわよ」
入ってきた女に、わたしは自分のドレス姿を見せた。
「よかったです。今日は妖精も来なかったのですね」
わたしはちらりと、オルトゥスの隠れている絵の方を見た。
オルトゥスは、陰から不安そうな顔でわたしを見ていた。
「お食事の用意ができました」
行きましょう、と女がわたしを先導しかけたところで、わたしは昨日の出来事を思い出した。
「いらないわ」
「え?」
「食事はいらないわ」
「ですが……」
「申し訳ないけれど、ジャックにそう伝えて」
「かしこまりました」
かたくなな拒絶を受けとった女はそう言って部屋を出て行った。
意外だ。
人間って、物分かりが悪くて、もっと面倒な生き物だと思っていたけど、あの女はそうじゃないらしい。物分かりがいいことは美徳だ。
「オルトゥス、出てきていいわよ」
オルトゥスが緑色の鱗粉を散らしながら、ひゅーっと飛んできた。
そういえば、人間に妖精の姿は見えないんだった。
『リオーナ、ご飯を食べないって本当かい?』
「ええ」
『食べたほうがいいよ……』
「そんなことわかってるわよ。でも……」
わたしは押し黙った。オルトゥスが先を促す。
『でも?』
「やっぱり人間はイヤよ!」
バカで、醜くて、物分かりが悪くて、そして、動物を食べる。
今まではからかって遊んでいたけど、人間に混じって生活をしなければいけないとなっては、笑ってばかりもいられない。
「オルトゥス、助けてよ!」
『ええ!?』
「だって、わたし一人じゃ生きていけない……ねえ!」
わたしがオルトゥスをむんずと掴んだとき、再び扉がノックされた。
「誰よ?」
「私だ」
「ジャック!」
またあの女かと思っていたので、わたしは驚いて、オルトゥスを握った手をぱっと開いた。
手の中からオルトゥスが飛んでいく。
「あっ」
「入るよ」
ジャックが入ってきて、オルトゥスはわたしの手の届かないところへ飛んで行ってしまう。そして、さっき隠れた絵の影に、同じように身を潜めた。
「食事をとらないと言ったのか?」
「え、ええ」
わたしはオルトゥスのほうを見た。この人がわたしを助けてくれた人間よ。
「だめだよ、リオーナ。君には元気になってもらわないと」
「どうして?」
「君は覚えていないが、君にも家族がいたはずだ。君を探している人がいるということだよ」
わたしは、自分の両親を思い浮かべた。
「その人たちに、一日でも早く君を見つけて安心してもらいたいんだ」
「お人よしなのね」
「それが民に対する私の務めだからね」
ジャックが胸を張った。やっぱり、ジャックは王様なんだわ。
「だからきちんとご飯は食べてくれ」
「イヤよ」
「君もお腹がすくだろう? 飢え死にするつもりか?」
わたしは、「いらない」と言ったものの、今にもぐぅと鳴りだしそうなお腹の具合を確かめた。
「お腹はすくけど……」
「お願いだ、私には君を保護した責任があるんだ。君を家族のもとに送り届ける義務だ」
まあ、見つけられっこないんだけど……。
わたしは足元を見つめた。クリーム色のスカートが目に入る。昨日と違って、フリルもレースもついていなかったが、同じクリーム色の糸で、なにかの植物が刺繍されて模様を作っていた。
「お願いだ、ちゃんと食べてくれ」
ジャックがあまりにも必死に言うので、わたしはつい、
「……お肉以外なら」
と言ってしまった。
その言葉を聞いた瞬間、ジャックは硬かった顔をほころばせた。
「食べてくれるんだね!」
「え、ええ」
「よかった! コレット! 粥を持ってきてくれ!」
ご飯を食べると言っただけで、どうしてこんなに喜ぶのかしら?
まだジャック以外の人間はよく知らないけど、わたしが思っていた人間とは全然違うみたいだ。
やっぱり、暮らしていくならジャックのところがいいな。




