12 人間のことは分からない。
ジャックが部屋の中にわたしを招き入れた。
そこは、わたしが寝ていた部屋と同じくらいの豪勢さだった。
でも、天上の絵も、壁の模様や掛かった絵はほとんど同じようなチョイスで、わたしから見たらさっきまでいた部屋と大差ないように見えたので、今度は驚かなかった。
「下はもっと広いんだけれどね、リオーナには階段を下りるのが厳しそうだと思って」
「その通りよ。ありがとう」
ジャックが椅子を引いてくれた。
「すまないね、一人増えることは想定していなかったので、まだ食料がそろっていないんだ」
「なにか食べられるだけで、幸せ」
「ふふ、そうかい」
わたしの向かい側に、ジャックが座った。
さっそく、薄茶色のかたまりが出てきた。
なに、これ?
とりあえず、女が注いでくれた水を口にする。
ジャックも同じように水を飲んで、薄茶色の何かをちぎって食べた。
そうか!
わたしは思い出した。
これはパンだわ!
わたしの知っている食べ物だと理解した瞬間、わたしはパンを口に詰め込んでいた。
物が喉を通り、飲み込む感覚。これが食べるということ。わたしは感動していた。
お腹の中はからっぽで、一口や二口食べたところでは、全然満腹感は得られない。でも、「食べている」という行為が、幸せだった。
わたし、生きてる。
ジャックがいなかったら、今頃あの森のはずれで、うずくまったまま、全身の痛みと飢えに苦しみながら死んでいたことだろう。
「よっぽどお腹がすいていたんだね」
ジャックがそう言って、新しいパンを持ってこさせた。
ちなみに、わたしたちの世界にパンはない。でも、人間の家に侵入した時に見つけたのだ。そして、人間たちが食べているのも。
試しに食べてみたら、この食品のおいしいこと!
ちぎって、家に持って帰ったものだ。
あの時はちぎったひとかけらでお腹いっぱいになったのに、今はまるまる一つ食べても、まだ足りない。
わたしが二つ目のパンをほおばっていると、スープが出てきた。
水の代わりにスープを飲む。
わたしも慣れた塩の味。でも、ちょっと塩辛すぎるかも。
具はわたしの知らない草だったけど、スープの中に入っているのだから、食べられるのだろう。
それから粥を食べた。わたしたちが普段、季節の花の種で粥を作っていて、それによく似ていたけど、それよりも一粒が小さかったので、やはり人間の食べ物らしい。
ここで、わたしはようやくお腹が満たされてきた。
とりあえず、飢えは感じない。腹七分目くらい。
でも、人間の食事って、思ってたより貧しいみたい。いつものわたしの食事なら、野菜料理がもう一品出る。
「落ち着いたかい?」
「ええ、ありがとう」
ジャックが嬉しそうに笑った。
「それはよかった。最後にとっておきがあるからね」
食事はまだ終わりではなかったらしい。その五分ほどあとに、新しい皿が出てきた。
これはなに?
さっきのパンのことがあるので、わたしはそれをじっと見つめて、なにか思い出せないか思案した。
茶色、パンよりちょっと黒い。これは、焦げ? 表面がてらてらと光っている。油を使っているのかしら。柔らかそうには見えないけど、湯気が昇っていた。暖かい料理らしい。
向かいのジャックをちらちらと盗み見ながら、それを一口大に切った。
ジャックが口に運んだので、わたしもおそるおそる食べてみた。
「知らない味……」
人間の食べ物は、どれも今まで食べていたものと別物でありながら、どこか共通した味や感触と言うものがあった。
でも、これを食べたのは初めてだったし、これに似たものも食べたことはない。
少し硬いが弾力がある。パンの硬さとは違った食感で噛みみちぎるのに苦労した。
噛むと、中から汁があふれだしてきた。それがまた、今まで味わったことのない風味だった。
かぐわしい香りが鼻に通り、豊かさを感じる。口の中いっぱいに汁が行き渡る。ギュッと味が凝縮されえた、濃厚な味。ちょうどいい感じに塩気がきいている。やみつきになる味だ。
わたしが一切れをずっと噛み続ける前で、ジャックはそれを平らげ終わった。
「ん、リオーナ、もしかして食べたことがないのか?」
わたしは口を動かしながら、首を縦に振った。
「うーん……さすがにそれはないと思うんだが……豚の肉だよ。食べたことはないかい? よっぽど貧乏な暮らしをしていたのかな……?」
ジャックの言葉を聞いて、わたしはナイフとフォークを取り落とした。
「リオーナ?」
次の瞬間、お皿の上に、わたしの口の中にあったそれがぶちまけられた。
「リオーナ!」
「お嬢様!」
豚。
豚の肉。
脳裏に、鼻がぺちゃんこで、太ったピンクの体を泥で汚した動物が浮かんだ。
わたしはまたえずいた。
今度は粥が逆流した。
「豚はまずかったか? 嫌いなのか?」
ジャックが皿を下げさせ、慰めるようにわたしの背中をさすった。
違う、嫌いとかそんなんじゃない。
ああ、わたしはなんてことを。
目の奥が熱くなった。
「リオーナ、泣かないでくれ」
でも、だって。
わたしは豚を……。
「もういらない……」
わたしはささやいた。
「肉が食べられないのか? わかったよ。そうとは知らずに、すまないことをした……」
違う……。
わたしはすすり泣いていた。
わたしたちにとって、動物は仲間で友達だ。
肉なんて、口にしたことがなかった。というか、そんなものを食べる人はいなかった。野蛮人の伝説や、人間の食生活を聞くたびに、かわいそうにとみんなで話していたのだ。
それなのに、わたし、豚の肉を口にしてしまった。
動物は、殺すものなんかじゃないのに。食べるものなんかじゃないのに。
人間はやっぱり野蛮で、最低だ。
わたしたちとは、住む世界が違う。
ジャックは――ジャックなら、マシかなと思ったのに。
わたしがいつもいたずらして回るような、バカな人間じゃない。賢くて、わたしを助けてくれる優しい人。人間にしては顔が綺麗だから、仲間だと思っていたのに。
わたしは、ジャックが目の前で肉を美味しそうにほおばっていたことを思い出した。
「さわらないで!」
叫んで、わたしの背中に触れるジャックを突き飛ばした。
ジャックが悲しそうな顔をしていたけど、許せなかった。
それからわたしは部屋に帰って、またベッドに横になった。
少し戻したものの飢えはなくなっていたので、体の疲労もあってすぐ眠ることができた。




