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10 いつまで置いていてくれるのだろうか。

 どうやらわたしはジャックの中で、記憶喪失ということになっているらしかった。

 森の中の屋敷に幽閉されて、ショックで幽閉される前のことは忘れてしまったということらしい。


 わたしは、ジャックの思い込みについては、すべて肯定するようにした。


 そして、「体力をつけなさい」と言われた。普通の人間が過ごしているのと同じように動けるようになりなさいということだ。

 とは言っても、今日はもう一歩も動けそうになかった。


 でも、これで、体力がつくまでジャックのもとに置いてもらえそうだ。

 わたしの体を見て、ジャックが「きちんと食事はとっていたのか?」と聞き、その時にわたしは自分が空腹なことに気づいた。

 まる一日食べていないと伝えると、ジャックは走って部屋を出て行った。



 それから、交代にあの女が入室してきた。

 黒い髪に黒い瞳、鋭い目つき。ちなみに、ドレスも黒い。唯一、胸から白いエプロンを掛けていた。


「お着替えをお手伝いいたします」

「着替え?」

「はい」


 わたしは自分の体を見下ろすと、着ている服が昨日着ていたドレスではないことに気がついた。ゆったりとした、うっすらと全体が透けている夜着に着せ替えられていた。

 誰が脱がせたの?

 まさか、ジャックが?

 ジャックがわたしのドレスを脱がせるところを想像して、わたしは赤くなった。

 まだ誰にも、裸を見せたことないのに……。

 よりにもよって、初めてが人間だなんて。でも、まあ、ジャックなら許してあげてもいいかも……。



 わたしの妄想を、女がぶった切る。

「脱がせさせていただきます」

 そう言って、わたしの着ている服のボタンを、上から一つずつ外していったのだ。

「自分で出来るわ!」

 わたしは怒鳴った。人間の女に手伝ってもらうほど、わたしは落ちぶれてなんていないはずだ。

「どの服を着ればいいの?」

 わたしの剣幕に押された女が、「こちらです」と真っ青なドレスを手渡した。


「出ていってちょうだい」

「失礼します」


 ようやく一人きりになれた。

 というか、人間の女と狭い部屋で二人きり、というのがたまらなく嫌だった。


 しかし、どうしよう。

 わたしはあっけにとられた。

 体を起こすのさえままならないのに、どうやって着替えよう?


 とりあえず、服を脱ごうと、腕を動かす。

 ガチガチに固まった筋肉が、悲鳴をあげた。

 やっぱり、一人じゃ着替えられないわ……。

 途方に暮れた時、突然部屋に外のつめたい風が入ってきた。

「さむっ」

 窓が小さく開いていた。さっきから開いていたのかしら?


 しかし、そうでないことがすぐにわかる。

 開いた窓の隙間から、今のわたしの手のひらくらいの大きさの、光るものが入ってきた。


「妖精だわ!」


 ピンク色の羽の妖精と、橙色の羽の妖精。

 でも、見覚えのない顔だ。それに、小さい。違う町の子供かな?

 とにかく、わたしは久しぶりに仲間に会って、歓喜した。


「見たことない顔ね。どこの子? でも、ちょうどよかった! わたし、体が痛くて着替えられないの。手伝ってくれない?」

 妖精たちはわたしのほうにすーっと飛んできた。わたしにはもうできない技だと思い、羨ましくなる。

「いいなあ。わたし、もう空を飛べないみたいなの……」


 さあ、手伝ってちょうだいとわたしが手招きすると、寄ってきた妖精たちは、


「きゃっ! 何するの!」


「お前なんてもう妖精じゃない!」

「バカリオーナ!」

「人間のくせに!」


 妖精たちが叫びながら、わたしの髪を引っ張った。


「ちょっと、やめてよ!」


「妖精界の恥さらし!」

「お前はもう妖精じゃない、人間なんだよ!」


「痛いっ」

 着替えるどころではない。

 妖精に髪を掴まれ、あっちへ引っ張り、こっちへ引っ張りされる。


「やめてったら!」

 悪さをする妖精を払うために、重い腕を振り回した。

 その子たちは、すばしっこくわたしの腕をすり抜ける。

 少し奮闘しただけで、わたしは腕が痛くて持ち上げられなくなった。

 それからはもう、諦めて反撃しないようにした。


「王様に聞いたんだぞ!」

「人間に変身させられるなんて、とんだ恥さらしだな!」

「恥さらし、恥さらし!」


 子どもたちは、子どもらしい舌足らずさでわたしを罵った。


「……もう、わかったわよ……」


 妖精が人間に変身させられるなんて、それも、いたずらのし過ぎでなんて、前代未聞だ。

 恥さらしなのは、事実だった。


 だけど、妖精たちに会ったら、人間になったわたしでも受け入れてくれるって、心のどこかでは思っていた。


 でもやっぱり、違ったんだ。

 わたしはもう、妖精でも人間でもないのね。


 現実を認識して、わたしが目をうるませていると、扉がノックされた。


「お嬢様、大丈夫ですか?」


 返事しないでいると、さっきの黒い女が部屋に入ってきた。

 女はわたしの様子を見て、棒立ちになった。


 たぶん、わたしの頭がぐちゃぐちゃになっていた上に、部屋が盗みに入られたかのように、荒らされていたからだった。


 子どもたちは、部屋から出ていく時に、窓を全開にして行った。

 つめたい風が部屋の中に吹き荒れ、カーテンがばたばたとはためいている。壁にかけられた絵が傾き、燭台のろうそくは折れていた。



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