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双対のアメシスト  作者: 毒舌メイド
第一章 紫水晶
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旅立ち



ブリタニア王国領から西の郊外、西国のイスパニア帝国領との境界にはどこの国家にも属さない空白地帯、灰被りの森と呼ばれる聖地がある。



灰被りの森よりブリタニア王国領側、森の入口の脇にその家はひっそりと佇んでいた。



立てかけの悪い玄関扉は三度に一度は閉まらない。開くのにも閉めるのにもコツがいる扉を器用に開けて、閉じる際は少し勢いをつけて体当たりをするように押し込む。



扉がきちんと閉まったことを確認した青年アルフは小さく頷いて、迷いの森とも称される灰被りの森へと足を踏み入れた。



この森にはエルフ族の隠れ里があり、潔癖なエルフの民は侵害されないために森の至るところに結界を張り、里への侵入を拒んでいる。継接ぎの結界は里を避けるように他の結界に繋がっており、そのため西へ向かって歩いていたつもりが気がつけば北や南に向きを変えられているということが多いことから迷いの森の異名でも知られている。



狩人を生業に生活しているアルフは森の獲物を狩り、その革やこの森でしか採れない薬草などを集め、王都にいる知人の商人へ売る。



必要以上の殺生はせず、命を懸けて戦った強敵への敬意で食べられる部位はすべて食した。その革が人々の暮らしを支えている事実に誇りのような感情を抱いていた。



父が狩りの最中に自分を守るために犠牲になってからはずっとこの森で父の教えを守り、狩人として一人前になれたと思う。



ある日、エルフの女性が狼の群れに襲われているのを助けたことがある。



彼女は頭を下げて里へ帰って行ったが、口をきかなかったのは父の教えにあるように他種族との交流を禁じられているからだろう。



エルフは潔癖で誇り高い。他種族と話すことも禁じられているそうだ。同種のみで繁栄し、純血の血筋に誇りを持っている。それはアルフの狩人としての矜持に似たものがあるのかもしれない。



エルフは義理堅いと言われる種族であり、受けた恩義には必ず報いる。あの日から毎日のように狩りから戻ると家の前に木の実や薬草が置かれていたのはきっとあの女性がお礼をしに来たのだと思っているけど、狼を狩り、その肉や革で商売をしたアルフとしてはあれから毎日のように貰ってばかりなのは気が引ける。



明らかに礼の限度を超えている。



エルフが義理堅いのは知っていたけれど、まさかここまで尽くされるとは思っていなかったので、今日はその礼と別れを告げに来た。



「アルフ、この辺がエルフの里の境界だぜ」



くるりと頭上を旋回して肩に乗ったのは幼い頃から共に育ってきた小さな翼竜のギル。父がどこかの島で拾ってきた卵が孵化して生まれ出た生物で、人の言語を理解し話すことができることから相当知能の高い竜であることは分かるのだけど、少し生意気で見栄っ張りなところはどこか人間くさい。



アルフが幼少の頃に孵化したので、かれこれ十年の付き合いになるが、兄である彼よりも自分の方が格上だという自負があるようでそこは絶対に譲らない。



散々ケンカをしてきてギルの性格をよく知るアルフは何を言っても無駄だと諦めて、兄としてではなく親友として向き合うことで今の強固な信頼関係を築いた。



「エルフの民の皆さん。今まで貴重な聖地の食料を分けてくれてありがとう。今日はそのお礼と別れを告げに来たんだ。僕は旅に出ることにした。きっと、しばらく戻ることはないと思う。あなたたちから受けた恩は一生忘れない。今はこれしかないけれど、いつかちゃんとしたお礼をするために帰ってくるから!」



この日のために商人に買い取ってもらえなかった骨を削って作った彫刻を境界の前に置いて、アルフは深々と頭を下げた。それに倣ってギルも肩から降りて頭を下げる。



もしかしたらこの境界からエルフの里へは遠く、この声は届いていないのかもしれない。だが、義は通したかった。エルフの民にとって害となる自分にはこれくらいしかできないのだけど。



何も反応がないことから、やはり声は届かなかったのかもしれない。



ただの自己満足だ。これで良い。そう自分に言い聞かせて、旅の荷物が入った麻袋を背負って踵を返したとき、風に乗ってどこからか優しい声がした。



「体に気をつけるのだぞ」



思わず振り向いたが、そこには境界の継接ぎされた森が広がるだけだった。ギルと顔を見合わせて、やはり聞こえたことを確認すると堪えきれないくらい口元が緩んでしまった。



見ていてくれた、聞いてくれていた、自分の声はちゃんと届いていたんだ。そう思うと充実感で胸が一杯になりそうで、気持ちが溢れてしまう前にアルフは駆け出した。



森を抜け、王都ブリタニアへ続く平原を飛び跳ねるように駆け、ついに溢れた感情は歓喜の声として口から飛び出した。



これが青年と一匹の小さな竜の冒険の始まりだった。



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