ロキ商会
「さて、状況を改めて整理しよう」
イカ焼きを食べ終えたロキは手を合わせて真面目な顔を作った。
普段が不真面目なだけに、時々こういう顔をすると凛々しく見えることを分かった上でやっている。こうすることで少なくとも彼女たちに一瞬、見惚れるだけの思考停止をさせてあわよくば叱られる前に次なる対策を立ててしまう算段だ。
だから矢継ぎ早に彼の口八丁は続く。
「十日前、俺たちはオスロ商会のキリクという商人に依頼されて荷物を預かった。明日にここ、ブリタニア王都で開催される聖剣祭に間に合わせるには最短距離のヤクル砂漠を突っ切る必要があったが、最近は繁殖期のせいで魔物の気が立っているから、警護を多く雇って行商するよりも俺たちみたいな運び屋に任せる方が安上がりで済むという考えはさすが商人だと思う」
ロキたちが依頼を受けた南国ナダルからブリタニアまでは早馬を使ってヤクル砂漠を経由しても七日くらいかかる上に、通り道が危険だと知っている他の運び屋連中に断られて藁にも縋る思いだっただろう。
そんなときに世界中のどこへの依頼でも、どんな危険な依頼でも必ず請け負い、成功させる運び屋であるロキ商会が近くに滞在していることを知ったキリクは全額先払いでも構わないと金貨を積んだ。
運び屋の依頼は基本、報酬の三分の一を前払い、成功してから残りの金額を回収するため、いつも必ず従者のどちらかを取引相手の護衛兼踏み倒されないための見張りとして残して行くことが多いのだが、キリクは余程忙しいのか一括払いを希望した。
帰りの旅費を削減できるため多少は値切られたが、そこはさすが商人と言わざるを得ない。
こういった長距離運送の依頼は利益も多いのでロキ商会に断る理由はなかった。何よりいつもは取り残される双子姉妹がどちらも旅に参加できるということで、ベルセルタが即答してしまった。
取り残される方はいつも退屈なのだ。だから三人で仕事をできることが嬉しかったのだろう。
「そして俺たちは昨日の夕暮れ前に到着。手分けして宿を探している最中、俺は何者かの襲撃を受けてお前らに合図を送った」
ロキが合図を送ってからの姉妹は迅速だった。すぐに主がいる路地を特定し、二つ目の合図で進行方向を察知した姉妹は五分も待たないうちに合流してみせた。
しかし、そこで予想外の事態が起きる。大抵の盗人なら女二人の増援を見て、なんだ女かと油断してかかってくるのだが、この襲撃者は違った。
敵の人数は五人。ベルセルタとオルセリカに二人ずつ襲いかかり、残った一人がロキを狙ってきた。
常識を考えれば男のロキに人数をかけるはずなのだ。確かに見た目は女性ともとれる端整な顔立ちをしているが、侍女姿の少女よりも危険がないと判断されるだろうか?
夕暮れの薄暗い路地裏、地の利は相手にある。巧妙に三人を分断するように散った敵に不利を悟ったロキは袋小路に追い込まれることを懸念して屋根に上った。
ひとまず姉妹の位置を把握しておきたい。あの二人なら万が一にも悪党に後れをとるようなことはないだろうが、どうも嫌な予感が拭いきれなかった。
相手はこちらの情報を知り尽くしているとしか思えない連携にロキが奥の手を発動しようとした瞬間だった。
自分を追って来ていたのは一人。こちらへ上って来ようとした敵に振り返り、死なない程度に痛めつけてやろうとしたロキの背後から思わぬ一撃が炸裂した。
彼が記憶しているのはそこまでだ。
「やはりそうでしたか。実は私たちを追っていた二人の他にも伏兵が潜んでいたので、予想外の苦戦を強いられましたの。殺意を感じず、しばらくしてからあっさりと退いたので恐らく狙いはマスターで、私たちを分断したのは時間稼ぎのためだったと思われますわ」
「……私たち、朝までマスター探してた」
よく見ると二人とも目を赤くしていた。
そして撃墜されたロキが路地裏のゴミ溜めの上で目を覚まし、今に至る。
「確かに俺たちはその筋ではそこそこ有名だが、それにしてもこの奇襲は出来すぎているよな。つまり、これは俺たちがブリタニアにあの荷物を届けることを知っている、そしてそれを狙った計画的な犯行だったということだ」
「どこの誰とも知れませんが、マスターの背後をとるほどの実力者がいるということは一筋縄ではいきそうにありませんわね。少なくともオルセリカと同等か、それ以上の者でなければ気配を消してマスターの背後をとるのは不可能かと」
「……マスター、どうするの?」
姉妹の視線がこちらに集まる。三人の中で一番の武力を誇るオルセリカと同等以上の実力者を有する組織にたった三人で挑むのは無謀だ。かと言ってこのまま諦めてしまっては依頼をしてくれた商人の信頼を裏切ることになる。
何より運び屋としてのプライドがそれを赦さない。
しばらく黙考したロキは考えるまでもないかと自嘲した。
初めから答えは出ているじゃないか。
「俺たちを誰だか知っていて襲ってきたんだろ? じゃあ分からせてやろうじゃねぇか。俺たちに喧嘩を売ったらどうなるのか」
不敵な笑みを浮かべるロキに姉妹はスカートの裾を持ち上げて頭を下げる。
「……やられっぱなしは、イヤ」
「かしこまりました。マスターの仰せのままに。それではすぐに情報を集めましょう」
「いや、まず宿を探す。シャワーを浴びてお前らは少しでいいから寝ろ。寝ぼけた頭でついて来られても足手まといだ」
「……む、私はまだ平気」
「マスターはたくさん眠られたみたいですものね。私たちが寝る間も惜しんで捜し回っている間に」
これだけ減らず口を叩けるなら少しの仮眠ですぐに万全な体調にしてくれるだろう。なにせロキがこの世で何よりも信頼している姉妹なのだから。
「いいから少し寝ろよ。汗臭い侍女を連れ歩く趣味はねぇんだよ」
顔を赤くしたベルセルタは腕の匂いをクンクンと嗅いで不機嫌そうに口を尖らせる。
「ゴミ溜めで寝ていたマスターに言われたくありませんわ!」
「……私、臭い?」
「いいから早く行くぞ。昼間から街中で襲ってくる輩はいねぇだろうし、俺も必要な情報を集めたらすぐに戻る。それまでは大人しく留守番してろ」
「……ねぇマスター、私臭いの?」
後ろから抱きつくように首に腕を回してきたオルセリカをそのままおんぶして歩く。それを見たベルセルタが右腕に絡みつく。
ったく、暑苦しいんだよと文句を呟きながらロキはやれやれと小さく顔を緩ませた。
まるで兄妹のように仲睦まじい三人は路地裏から抜け出した。