逆説
バター猫のパラドックスを知っていますか。
猫を高いところから落とすと、必ず足を下にして着地する。
バターを塗ったトーストは、必ずバターが塗られた面を下にして着地する。
それでは、もしもバターを塗ったトーストを、バターを塗った面を上にした状態で猫の背中にくくりつけ、高いところから落とすと……?
もしも猫が足を下にして着地すれば、バターを塗った面は上になったままだし、バターを塗った面を下にして着地すれば、猫は背中から着地することになる。
これがバター猫のパラドックス。
「どっちが下になると思う?」
喫煙所越しに、不意に彼が問いかけたので、私はちょっと考えてしまう。
とは言え、最終学歴高校卒業(後に自動車学校卒業)の私に、理系で大学院まで出た彼を納得させるような答えは到底 出せそうにない。
「難しく考えなくていいよ、さらっと2択で」
さらっと。私は頭の中で実験を思い浮かべる。
高いところから落とされるバタートーストをくくりつけられた猫。
スタッ。猫が足を下にして着地する。
「あっ、猫が勝った」
「そう」微笑ましいと言わんばかりの顔をしながら、彼が煙を吐き出す。
「答えは色々あるんだけどね。俺も始めは猫だと思ったし……でも、ある学者が『着地しない』って言い出したんだよ」
「猫が顔から落ちるとか?」
「『バターの面が下になったり、猫の足が下になったり、そうやって回転し続けて、着地しない』って言うんだ」彼は2本目の煙草に火をつけるかどうか迷っている。「あくまで机上の空論に過ぎないけど、面白い考え方だよね」
結局、彼は2本目を吸い始めたので、私はまた頭の中で実験をしてみる。
底の無い空間を、回転しながら落ちるバター猫は、もう着地をしてくれなかった。