プロローグ
オズの魔法使いという物語が少し出てきます。
ある夏の日だった。
― 榎本一樹は困っていた。
大学のレポートを書いていたが途中で行き詰まり、気分転換に自分の部屋を片付け始めた結果、いつもは開けることのない押入れの中まで手が及んでしまい最終的には自分の部屋の大掃除にまで発展してしまっていたのだ。
「やばい。終わんない、どうしよう・・・」
ほんの気分転換のつもりが掃除を始めてからもう二時間以上経過してしまっている。こんな筈じゃなかったと今更ながら後悔していた。
榎本一樹は実家暮らしで、家から歩いて五分の電車に乗って大学に通っている大学三年生の青年である。
背丈は163センチとやや小柄で体重はやや平均よりも上くらい。
髪の毛は短く切りそろえられていて好青年風に見えるが目つきが悪いので友達は少ない。それに彼女もいない。
昔は違ったが、今は口よりも先に行動するタイプで良くも悪くも猪突猛進だと友達からは言われる。
ともかくそんな実家暮らしの大学生、榎本一樹は親から割り当てられたこの四角い6畳ほどの部屋で、押入れから溢れる思い出の溢れるガラクタたちを眺めてひとりため息をついた。
「こんなことならやるんじゃなかったよ・・・」
もともと独り言の多い一樹は誰に言うでもなくガラクタの選別を始めた。
右のダンボールがいるもの。
左のダンボールがいらないもの。
無理やり空けた二つのダンボールに独り言を呟きつつ物を投げ入れる。
「これは取っておくか。・・・これはいらない。・・・いや待てよ」
ガラクタの選別は難航していてなかなか進まないがそれでも少しずつ終わりに近づいていく。
そしてガラクタの選別が終わることにはすっかり日が暮れてしまっていた。
「・・・終わった。馬鹿か俺は・・・」
一樹が選別したダンボールを眺めて言った。
明らかに右のいるものボックスの方が量が多い。
部屋はすっかりきれいになったが、根本的な解決はしていなかった。
物が捨てられないというのもひとつの美点だが、その美点のせいでこの選別が長引いてしまったのは言うまでもない。
選別に夢中になってしまった為、部屋の電気をつけていなかった一樹は電気をつける。すると薄暗かった部屋が照らされ、空っぽになった押入れも電気で照らされた。
「あとは・・・」
一樹が空っぽになった押入れに残り物はないか確認しにいく。
すると、暗かったために気がつかなかったが電気で照らされることによって何やら押入れの中にひとつだけ本が残されているのが見えた。
その本は埃にまみれていてまるで何年もその場所に放置されていたみたいに見えた。本の大きさはA4サイズくらいでよくみるとそれは小学校の図書館などで見かける絵本のようだった。
「何の本だろ?」
一樹はその本と手に取ると埃をゴミ箱の上で払った。
咳き込みながら埃をすべて払い終わると表紙が姿を現した。
そこには誰もが知る物語‘オズの魔法使い’と書かれていた。
一樹はこんな本自分の私物にあっただろうかと思い、オズの魔法使いの絵本のページをめくった。
本は少し古びているけれど普通の本だった。
一樹がパラパラページをめくっていくと、子犬と案山子とブリキの人形とライオンと一人の少女が会話をしている絵のページに一枚の紙が挟まっていて、うかつにもその紙を床に落としてしまった。
「なんだこれ?手紙?」
一樹が床から拾い上げると、その紙には可愛くて幼い丸文字で文が書いてあった。裕福傷つける気丈余命冒険を望む忙しく
文面を目で追っていく。
ありがとう
みんなと会えて たくさんの思い出ができたよ
ほかには何もいらないくらい
みんなで海には行けなかったけれど十分すぎるくらい
思い出ができてよかった
カズキくんとみんなのおかげで
わたしはドロシーになれたような気がする
ほんとうにありがとう。
PS.
見たがってたやくそくのオズのマホウ使いの本だけど
よみおわったらかえしに来てよね?
わたしのいちばんスキな本なんだから
さいごに
手紙にはそう書かれていた。
だが最後の方は少し千切れていて書いた本人の名前は分からなかったし、その幼い丸文字は何を書いているのかその時は分からなかった。
だけど、その日見た夢。
一樹自身が忘れていたもの。心のどこかにしまいこんでいたもの。
錆びたブリキの人形に油を差すように止まっていたものに再び油が差されようとしていた。
ツヅクッ!