九章 宣戦布告・十六
ぐだぐだごだごたしながら、最終試験である御前試合の開会式を終え、試合の準備で出場者は控室に集まっている。ちなみにさっきいた控室じゃない。
「セリ嬢、この試合ですがセリ嬢ご自身が出場でよろしいのですね」
「はい、お願いします」
「わかりました」
お姉さんが普通に会話して去って行く。
他の人達は私達にびくびくして様子をうかがいながら色々作業をしている。
本来ならこういう役は保護者のサンジェルマンだそうだけど、伯爵であるサンジェルマンが異国から拉致して来たということ、元から胡散臭かった等々の理由で牢屋に連れて行かれた。
牢屋の中に入るまでルカの術は解けないようにしたとルカが言ったので、サンジェルマンは三人がかりで牢屋に連れて行かれた。物凄く怨みがましい目で私達を睨みながら、ね。
となると、私達のお世話をしてくれる人がいなくなり、誰か用意しないといけないけど皇子側からすぐに出せる人がいなくて、ユリウス皇子が側近のお姉さん——ヒルデさんを貸してくれた。ヒルデさんは最初はびっくりしてたけどすぐに落ち着いて対応してくれた。もちろんルカは私の側にいるのに、だ。
対戦相手であるミリヤムの所に行ったヒルデさんが戻って来た。
「セリ嬢、バスラー伯爵令嬢がお相手するとの事です。使用する剣はこちらでご用意いたします。こちらへどうぞ」
私達はヒルデさんの後に続き、ルカが剣をチェックした。
「問題ありません、主」
そう言ってルカは私に剣を渡してくれた。私は鞘に入れたままで軽く振ってみる。うん、重さとかも問題なさそう。
ふと視線を感じでその方を向くと、ミリヤムが私を見ていた。視線があうとふいっと逸らされた。今日のミリヤムは髪を結い上げ、剣を扱うのにあった服装、いわゆる乗馬服に近いような感じの? みたいなやつ。それと急所だけガードする簡易的な鎧を着けていた。私は鎧無しだ。あんなの要らない。
「では、闘技場の中央にお進み下さい」
ヒルデさんが闘技場の中央に作られた試合場所を手で指し示す。
私は剣を握り、緊張しながら試合場所を見た。
「セリ、頑張って」
またフードを被ったルカが少し屈んで、私の耳元に小声で言った。
「うん、頑張ってくる」
私はルカに答え、ミリヤムと一緒に闘技場へ踏み出した。
闘技場に立ち、大歓声の中、私達は互いを睨み合った。
審判の試合開始の声を聞き、私はミリヤムに斬り込んだ。
ミリヤムも貴族のお嬢様の割には動けていると思うけど、私からすれば全然相手にならない。しばらく適当に打ち合ってから、私がトドメを刺した。
「勝者、セリ・ハヤカワ!!」
声高らかに、審判が私の勝利を闘技場の観客に伝える。
「さぁ! これで次が最後の試合です! 次の試合の勝者が、我が国の皇子、リーンハルト皇子殿下の花嫁でーす!!」
次の瞬間、おおーっと割れんばかりの歓声が場内に響き渡る。
私は思わず耳を押さえた。
大勢の視線が自分に向いている中、一際強く鋭い視線を感じ、その方向を向くとそこには最低最悪不機嫌な皇子がいた。
観覧席にいる皇子は無表情だが、その視線は強い憎悪と嫌悪を持ってこちらを見下ろしているのがわかる。
私も負けじと皇子を強く睨みつけると、それに気づいたらしい皇子は不快だとでもいうように皇族の観覧席から立ち、その場を去った。
私は握っている剣をさらに握り締め、ムカついて今すぐにでも皇子に斬りかかりたくなった。
(絶対、吠え面かかせてやるんだから!)
「では皆さん! 一時間後の試合を楽しみにお待ち下さい!」
審判がそう締めると、私も退場口へと向かう。
(はぁ……、やっとここまで来たよ……)
ほんと、思えば遠くに来たもんだ、どころか異世界に拉致られるなんて……。
私は大きな溜息をつき、皇子のいない観覧席にまた視線を向けた。
(でも今日で終わる。ううん、絶対に終わらせてやるんだから!)
私は心の中であらためて強く、そう決意した。
試合は終わり、私達はまた控室に戻った。
「行くのですね」
戻って来た私に開口一番ルカが言う。
「え?」
私は驚いてルカを見上げると「それぐらいわかりますよ」と言った。
試合中、なぜかミリヤムに領地に来て欲しい、話がしたいと言われた。私はなんでそんなことを言われるのかわからなかった。
護衛も兼ねてるルカは私達の会話もわかっていたそうで。
「誰と行くのですか」
「え、アロイスとマユキ」
カイは連れてっても意味無さそうだし、うっかりキレられても困るからね。
ルカはしばらく沈黙すると「私も同行します」と言った。
「え!? だってでも……」
その頃にはルカはいないよね、とは声に出せず心の中で言う。
「主を危険に晒すわけにはまいりません」
ルカはそう言ってくれるけど、ルカと再契約なんて私には絶対にできないはす。あんなに怖がられているルカを雇うには相当なお金が……って、あれ、そうするとアロイスってどれだけお金払ったの?
「主、同行しますね」
ルカはにっこり笑って言った。拒否はできないみたいだ。とりあえず「はい」と言うしかなかった。
「失礼します、セリ嬢」
ヒルデさんが話しかけるタイミングを見計らってたらしく、少し離れた所で声をかけられた。
「これから一時間後に最後の試合を行います。時間までにまたこちらにお戻り下さい。では失礼します」
ヒルデさんは必要な事だけ言うとすぐに去って行った。
「さて、どうしますか主」
「そうだね。行く場所もないし隣の部屋で待ってるよ」
ヒルデさんにこの控室の両隣に出場者に割り当てられた個人用の控室が用意されているので、好きに使っていいと言われているのだ。
「承知しました。では」
「わっ!」
またルカは私を抱っこして控室に移動した。
「すぐ近くなんだから自分で歩けるよ、ルカ」
「試合直後ですからお疲れでしょう。それにこの方が安全ですよ、主」
ふっと微笑して言うルカには逆らうだけ無駄な気がするので「はぁい」と大人しく従った。
周りの兵士達は相変わらずビクビクしながら私達を警戒して見ていた。
控室はこじんまりとしているけど、調度類は質の良さそうな物で揃えてるっぽい。見た目地味だけど高いってやつ。
二人掛けのソファにルカは私を抱っこしたまま座ったので私は離れようとしたけど、ルカは私をガッチリとホールドして離そうとしなかった。
「えっ、と。ルカ……?」
「何か?」
フードを脱ぎ、にっこりと笑っている。私を下ろす気はどうやら無いらしい……。
「はあ、わかったよ。でもちょっとだけ移動させて」
ホールドは解除され、私はルカの太腿からルカの足の間に移動してルカにぽすん、と寄りかかった。ルカの両腕が軽く私を抱きしめた。……逃げないように、だね。なんとなくそう思った。
しばらく沈黙が続いたけど、ルカが口を開いた。
「……セリは何故あいつの話を聞きに行くことにしたんだ? 何の得もないだろう?」
「ああ、あれ?」
ルカは理由が知りたいのか。
「うん、全く聞きに行く義理も無いよ。でもなんかすごい真剣に言ってくるから、まあちょっとだけならいいかなって」
「セリはお人好しだな」
ルカが呆れたような心配してるような口調で言った。
「うーん、そんな言われる程お人好しではないと思うけど、こっちだとそうなるのかなあ」
「こっち?」
「ん、ああ。私の住んでる国の人達はこんな感じの人、多いよ」
「そうなのか?」
ルカは驚いたようだ。
「自分に害を与えた相手に慈悲を与えるのが普通なのか? 信じられないな」
「うーん、ちょっと違うかな。別に慈悲も無いし許してもないよ。ただ私にそうまで真剣にお願いする理由が知りたいなってだけ」
「……別に知る必要もないと思うけどな」
「ルカはそうでも私はちょっと知りたい。嫌がらせをしておきながら、手のひら変えて真剣にお願いしてくる理由とか心境とか? 知りたいなって」
「嫌がらせされたのなら、尚更俺も行かないと駄目じゃないか、セリ」
私を抱きしめる両腕に少しだけ力が入った。心配、ってことかな。ふふっ、お兄ちゃん達と同じ反応だなあ。クスッと笑いが思わず零れた。
「何かおかしい事を言ったか?」
「ううん、ごめん。うちのお兄ちゃん達と反応が同じだなぁと思ったらつい思い出し笑いが」
「……そんなにセリの兄達と似ていたのか?」
「うん。言葉じゃ上手く言えないんだけど、心配してくれてるんだなあっていう気持ちっていうか、雰囲気はわかるよ? あ、もしかして違った? 違ったらごめん。図々しかったよね」
だとしたら恥ずかしい。そう思ったら顔が熱くなってきた。私は両手で頬を挟んだ。
「ああいや、セリのことが心配なのは間違いない。ただ……」
言い淀んだルカの太腿をポンポンと軽く叩いた。
話してよ、と催促してみた。通じるかな? 私、すっかりルカをお兄ちゃん扱いしてるなあーと思った。うん、図々しいな私と思っても、嫌がられてないからまあいっかと勝手に流す。
ルカは少し戸惑ってるみたいだけど、催促されていることを理解してくれた様だ。
「ただ、迷惑じゃないかなと少し思っただけだ」
私は身体を捻って後を向き、ルカを見上げた。
ルカは私から少し顔を逸らした。その表情は少し照れている様な感じだった。
「ルカ、ありがとう。迷惑なわけないよ。とっても嬉しい」
私はローブをぎゅっと握ってお礼を言った。
「……ああ」
ルカは顔を逸らしたまま答えた。
コンコン
ノックの後に続いてヒルデさんの声が私達を呼んだ。
「セリ嬢、もうすぐ試合となります。準備を整えこちらに来て下さい」
「わかりました」
私はソファから立ち上がってドアの近くに移動した。ルカも移動して来てローブを脱ぎ、軽く畳むと腰につけているポーチに入れた。あれっていわゆる魔法のポーチだってアロイスが言ってた。色が黒に近い程魔力が高いらしい。ルカのは真っ黒だから、魔力は高いってことだよね。
私はローブをしまうルカの手から全身に視線を向けた。
「っ……!!」
声にならない、いや、声にしないように頑張った。だってルカがカッコ良すぎた。
全身黒の衣装で、どことなく軍服テイストが漂っている。全体的に装飾品は少なくて、動きやすさ重視のようだ。首元には濃紺のタイをつけてて、指輪みたいなリングで留めてる。どっちかっていうとスカーフ寄りな感じかなぁ? でもあれ、ネクタイにしたら絶対もっと引き締まった感じになってカッコイイよね……。靴もロングブーツでヒールが五センチぐらい? あって無骨な中にもシャープさというかこう、とにかくカッコいい。自分の表現力のなさが残念で仕方ないけど仕方ない。くっ! しかもいつの間にかポーチから黒い手袋まで出していて、まさにつけている途中……! なっ、もう、カッコよすぎて頭がほわほわしてる。乙女ゲーの美麗スチルも真っ青なリアルの美麗さよっ……!!
「主、どうかしましたか」
「……、っえ!? ううん、なんでもないよ!?」
ルカのカッコ良さに惚けてて反応が遅れた。私は慌てて返事をしたけど不審に思われているかもしれない……どうしようもないけど。
だけどルカは深く追及することなく「そうですか」と答えただけだった。よかったよ。
視線をまたルカに向けると左の胸元に4、5センチぐらいかな? のわりと大きいブローチが目についた。だって色がアロイスの目と同じ淡い紫色に金の星が散らばった物だったから。台座はシンプルで宝石をきれいに見せる様な感じのデザインだった。
「気になりますか、このブローチが」
ルカがブローチに軽く手を添えて訊いた。
「うん、すごく綺麗だなあって。ルカによく似合ってるよ」
と褒めたらきょとんとした顔になってから、小さく微笑した。
「これは故郷でしか採れない宝石なのです。まあ、御守りみたいな物です」
「そうなんだ」
会話が途切れた瞬間、またドアがノックされた。
「行きます」
ルカが答えた。
ドアノブに手をかけたルカの服の袖をちょっとだけ引っ張り「気をつけてね」と私は声をかけた。勝負には何があるかわからない。ルカなら心配ないかもしれないけどやっぱり不安にはなるわけで。こんな事しかできなくて、申し訳ないんだけど。
「ありがとうございます、主。勝利をあなたに捧げます」
なんだか嬉しそうな顔でそう言われてしまい、こっちがちょっと照れてしまう。
「う、うん」
ルカはドアを開け、私はその後について行く。
そこにはクロード王女と護衛の人がいた。ルカの対戦相手でもある。向こうはしっかりと鎧を着ているけど、ルカはそういう防具は一切つけていないし、着ける気もなさそうだ。
「では闘技場へどうぞ」
ヒルデさんが出入口を右腕で指し示す。
二人はスッと歩き出し、闘技場へと足を踏み出した。




