九章 宣戦布告・十五
皇子はこの部屋を見た瞬間、とんでもない異常事態が起こっていることをすぐに理解したようだ。
皇子も一瞬顔を引き攣らせたけどすぐにいつもの冷酷な顔に戻って私達の方に向かって来た。
ユリウス皇子が横に退き「兄上」と言った。皇子はちらっとユリウス皇子を見ただけで、視線はすぐに私達に向いた。
「カール、何をしている。こちらへ来い」
「はい、リーンハルト皇子殿下」
皇子は私達よりもまずカールを呼び寄せた。カールは私達から一メートル程距離をおいて、平静そうな顔をしながら皇子の前に跪いた。ついでにサンジェルマンもカールの後について行ってた。
「これはどういうことだ」
カールは顔を上げ、今まで起こったことを簡潔に報告した。報告を聞いた皇子は対応を考えているのか少し黙り、またしんっ……とした空間になる。対応がまとまったのか、皇子がこちらに話しかけた。
「セリ、剣士の変更は認めない。剣士がいなければお前自身が戦えばよい。この前の会合でそう言っていたな。早々に準備を進めて御前試合を開催するぞ」
私はルカの背中越しに話を聞いていたが、本当に腹が立った。もちろん今までも本当に腹立ってたけど。また私の言葉を無視されて、悔しくて思わずルカのローブをぎゅっと握ってしまった。
するとルカが私の代わりに話し始めた。
「ふっ。本当に主の仰った通り、ここの皇族は愚かですね。いえ、理解できない頭なのですから率直に言いましょうか。馬鹿ですよね。いえ、第一皇子だけが馬鹿なのですね。跪いている男も第二皇子も私を主——セリ様の代理剣士と認めたのに。それに——この国はもう三年前の事を忘れたのか」
身体全体が一瞬で冷える様な冷たいルカの声。部屋全体も氷点下から絶対零度に変わったぐらいの冷たさを肌に感じる。
「忘れるものか。卑劣な者共が。だが、それは今は関係ない。私はセリの代理剣士の変更を認めない、それだけだ」
皇子がそう言い捨てた瞬間。
「兄上!」
「リーンハルト様!」
「ルカ!」
各々止めたい人の名前を叫んだ。
「兄上、自分が何を言っているのかわかっているのですか!? 剣士の変更ぐらい認めても何も問題ないでしょう。それに女王の騎士を連れて来た時点でセリ嬢の勝利は確定です。この御前試合すら意味なんてありません」
「リーンハルト様、ユリウス様の仰る通りです。非常に不本意ではありますが、女王の騎士をセリ嬢の代理剣士としてお認め下さい」
「ルカッ! 駄目! 駄目駄目だめって……え?」
私はルカの左腕にしがみついて止め、顔を上げてルカを見たら……え?
なにこの、ものすっっごい笑顔。ほんの一瞬前まで、空気、絶対零度だったよね!? え、あれ??
私は思考が上手く切り替えられず、頭の中でハテナマークが飛び交う。
一瞬前は一触即発なほど緊迫していたはずだったのに、なんで今のルカはびっくりするほどご機嫌なのっ!? わっかんないよっ!! ヤバいと思ってしがみついて止めたのに。なんでこんなにご機嫌なのっ!?
…………そう、アレだ。自分で隠してたおやつを見つけて上機嫌になってわちゃわちゃしてたハジメと同じ感じがする。とにかく嬉しい! って感じ。
ルカは私の頭を優しく撫で撫でしながら、にこにこ笑顔でとんでもないことを言った。
「主、やはり馬鹿に何を言っても無駄でしたね。上が馬鹿で無能ならその国民も同じく馬鹿でしょう。ならばその様な国なんて、要りませんよね」
「えっ!? それは駄目、駄目駄目! 絶対に駄目っ!! 全国民が駄目なわけじゃないし、そんなことして要らない怨みは買いたくないっ!!」
私はルカの腕に縋りながら必死に駄目だしをするけどルカはさっきより笑顔で答えた。
「お優しいですね、主は。でもそんな心配は無用です。この国自体を消滅させれば遺恨も禍根もありません。もしあったとしても私が払いますよ」
「ああそっか。国自体無くなるなら確かに……」変な怨みは買わないか、って言いかけたら「セリ嬢」と誰かに声をかけられた。振り向くとクロード王女の側にいる剣士だった。
「我らはこの国とは無関係。ヘルブラオ国の揉め事に巻き込まないでもらおう」
「えっ? でもクロード王女は皇子と結婚するんでしょ。なら関係あるんじゃないかなあ。元々皇子と王女は結婚する予定だったんでしょ? それに私はこの試合に勝っても皇子と結婚するつもりなんてないですよ。それこそ無理矢理結婚させようとしたら私、なにするかわからないですよ。ね、ルカ?」
私もルカみたいににっこり笑顔で答えた。
「主の望みはなんでも叶えましょう」
ルカもまだにこにこ顔のまま答えた。
いい笑顔の私達とは反対に、この部屋の人達は恐怖と絶対に逃げられない絶望感のどん底に塗れた顔だった。
「セリ。あなたに問いますが、あなたはリーンハルト皇子殿下と結婚する気はないのですか。ないなら何故この花嫁選抜に参加したのですか」
今度はクロード王女が訊ねてきた。顔は血の気が引いているけど、なんとか声を振り絞ってという感じだ。
「ないです。あるわけないです」
はっきりきっぱり言い切ったら、え? という顔をされた。……ああそっか。クロード王女達は知らなかったっけ。
「えーっとですね、私、そこのサンジェルマンに拉致されたんです」
私の言葉を聞いたクロード王女や、この部屋の全員がぎょっとしたような目で私とサンジェルマンを見た。
「は? セリさん、何を言ってるんですか? ああ、緊張し過ぎておかしくなっちゃったんですね。大丈夫で……!?」
サンジェルマンが私を黙らせようとこっちに向かって来たけど、何故かサンジェルマンはいきなり立ち止まり、声も出ないようだ。本人もそれは理解したみたいでなんとか動こうともがいているけど、銅像みたいに全く動けなくなっている。
「どうぞ、主。お話の続きを」
ルカが微笑を浮かべ促した。サンジェルマンのアレはルカのせいか。助かった。
「ありがとうルカ」
私は向こう側の人達を見て、あらためて言う。
「私は皇子と結婚する気は全くありません! さっきも言った通り、私はサンジェルマンに拉致され、いきなり皇帝の前に連れて行かれ、サンジェルマンと皇帝にこのコンテストに参加しろと強制されました。私がどんなに嫌だと言っても無視されました。逃げようとしても全くわからない国に拉致されたので逃げようもありません。そうして無理矢理出場させられることになったんですが、あんまりにも不公平なので、私はサンジェルマンに出場するかわりに私の望みを叶えて欲しいといいました。タダ働きは嫌なので対価をもらって仕事として受けました。ただ私も誤算だったんですが、運悪く勝ち進んでしまいました。でも前回の試合で私は指定した物を用意できなかったので、失格にしてほしいと言ったのに却下されました。最っ悪ですよ。そのせいでかなり嫌な思いもしたし。ねえ?」
言って、私は皇子とカールにチラリと視線を向けた。
王女達はなんて言っていいのかわからない、みたいな感じでしばらく沈黙が続いたが、カールが口を開いた。
「セリ……嬢。それは事実なのですか?」
私に探る様な強い視線をじっと向けながら言った。
「本当ですよ。まず拉致られた証拠として、私の衣装。ここら辺ではない洋服ですよね。ほら」
私はくるっと回って洋服を見せる。
今日は着古したジーパンに長袖Tシャツとパーカーにスニーカー。どれも破けて着れなくなっても後悔のない服装だ。
「確かに初めて見た衣装だし、近隣諸国でも見ない物だ」
王女の護衛が言い、クロード王女もこくりと頷く。
「だが言葉はどうなんだ。拉致されたのに流暢に我が国の言葉を話せるのは不自然だ」
カールはしつこく追及してくる。
「それはこれのせい」
私はパーカーのポケットからサンジェルマンから押しつけられた指輪をカールに向かって投げた。指輪はカールの近くに落ちた。カールは警戒しているのか指輪を見ていたけど唐突に指輪が消えた。
「なっ!?」
カールは驚き、私に顔を向けた。
そして私はまたパーカーのポケットを探り、中に戻って来た指輪を出して見せた。
「なっ……一体何だそれは」
「え、呪いの指輪」
私の言葉に皆が引くけど構わず私は話を続ける。
「その指輪が通訳……自動翻訳みたいになってて、私の言葉が話している相手と同じ言葉になるみたい。私は自分の国の言葉で話してるけど、そっちはちゃんとそっちの言葉になって聞こえてるんでしょ?」
「ああ、私達の国の言葉だ」
だよね。そうじゃなきゃ今の今まで会話ができてないもん。でも言葉が通じてるからっていっても意思疎通はまた別だけど。ねえ?
「言葉に関してはそういうこと。あ、その指輪はサンジェルマンが無理矢理押しつけて来た物。どんなに捨てても必ず私の所に戻って来るという呪いの指輪だよ、はあ。なので、何度でも言うけど、私は皇子と婚約も結婚する気もありません! 無理強いするならルカに色々お願いするからねっ!」
私は再度念押しした。ルカの名前を出せば、誰もが黙るということがわかったので、遠慮なく使わせてもらう。それに使う度にルカのにこにこ度が増すので、まあ、いいこと……なんだと思う。多分。
「ああ、あと、普通に考えてもこんな得体の知れない子供を皇帝が婚約者に推薦するなんておかしいと思わないんですか?」
この際だからルカがいるうちに、不満や疑問は全部ぶつけておこうと思ってカール達に言った。
「思わないわけがないだろう!」
カールが強く吐き捨てるように言い、はっとしてバツの悪そうな顔をし、跪き俯いたまま、誰に言うともない感じて話し出した。
「……思わないわけがありません。こちらは何度も皇帝陛下にそのような催しでリーンハルト皇子殿下の婚約者をお決めになることはお止め下さいと申し上げました。ですが、皇帝陛下は聞く耳を持たず、決行されました」
「カールの言う通りだよ、セリ嬢。私達は皆で父上——皇帝陛下に諫言したよ。だけど皇帝陛下は強引に決めてしまった。兄上はクロード王女殿下との婚約が決まった所だった。まるでその婚約を無くしたいかの様に、無視する形で進められた。クロード王女殿下には経緯をご説明し、無礼とは存じながらも、意味のない花嫁選抜にご参加いただいたんですよ。ねえ、兄上」
ユリウス皇子がカールの後を継ぐ感じで話し、皇子に視線を向け、同意を求めた。
「ああ」
とだけ皇子は言った。
「ふーん。ここにいる人達は一応皇帝を止めたんですね。なら悪いのは皇帝で止めた人達は悪くないですね。全く悪くないわけじゃないけど」
よくある無能な上司に振り回される部下達ってやつかな。
「……セリ嬢は止めた私達を悪くない、あなた達に迷惑をかけた私達を仕方ないと言うのですか? 許すと」
ユリウス皇子は驚き、不可思議な生物を見るような顔で訊いてきた。
「許すわけじゃないし、全く悪くないとは思いませんよ。ただ、やって駄目だったんだから仕方ないんじゃない? って思っただけ。けど……」
私は一旦言葉を切って、ユリウス皇子達を見る。
「第一皇子にとっての花嫁選びは諦めて許せる、従うことのできる程度のものだったんだなーと思って。だって仮に私と婚約することになっても我慢して婚約するんでしょ? 得体のしれない私なんかと。でも私は婚約した途端に不慮の事故とかで死にたくないから必死なの。それはルカを連れて来たことで理解してもらえたと思うけど、ねえ?」
私の言葉に第一皇子とカールは物凄く反応した。ふざけるな、お前みたいな小娘になにがわかるといった顔で私を睨んでいる。ルカがいるからあの二人は近づいて来ないけど、でもやっぱりあんな敵意を向けられると怖いし怯んでしまう。
「え?」
そんな私をローブに隠す様にルカがそっと引き寄せた。
私は驚いてルカを見上げると、優しく微笑んでいた。私がいますから、安心して下さいという顔をだった。
そう、そうよ! 今の私は無敵! 虎の威を借る狐っ! ルカを活用できる今しか、皇子達に強く出れないんだから徹底的に言わなきゃやらなきゃだよ!
私もうん! とルカに頷き返してしっかり前を見る。でもやっぱり怖いし不安なのでルカのローブを少しだけ握る。
「嫌なことは嫌って言わないと相手はわかってくれないんですよ。まあ言どんなに言っても理解しない、無視する、考えようともしない人達もいるけどね」
言って、私は第一皇子達に冷たい視線を向ける。そこでふと思った。
「ああ、あなた達が私にしてることって、あなた達が皇帝にされたことまんまじゃん。皇帝に嫌だって言っても聞いてもらえなくて無視されて強引にコンテストを開かれて迷惑してる」
カールははっとした表情になり、なんとも言えない表情になった。第一皇子は怒りを冷たい表情で抑えているけど、眉間に少し皺が寄っている。……ちょっとは理解したのかな。
「自分の立場に置き換えてちょっとは理解してもらえたならいいんですけど。でも私は怒ってます。私はこのコンテストに出ることになって、ここまで勝ち進んでしまって本当に嫌なんです。でもここまで来てしまったら中途半端にするのも嫌なんです。後々めんどくさいことになりそうで。だから私は物凄く嫌でもちゃんと決着つけるためにここに来たんです!」
私はビシッと言い切った。
「なのでコンテストには出ます。でも勝っても皇子とは婚約も結婚もしません。無理強いしたらルカにお願いします。ルカが甘くないのは皆さんの方が知ってますよね?」
私はにっこり笑って言った。
ルカが何したのかなんて知らないけど、あの怯えっぷりや悪魔とか言われている時点でお察しな所だ。おまけに傭兵だし。傭兵はよくえげつないと聞くし。偏見かもしれないけど。
皇子達は多少の落ち着きを取り戻した様だけどやっぱり全員顔色が悪い。
「わかりました。では御前試合を開始しましょう。私は観覧席に戻ります。あとは任せましたよ」
ユリウス皇子がついて来た側近かな? の人に告げ、部屋から出て行った。
カールは立ち上がり、ユリウス皇子の側近らしき人達と話し出した。
それをきっかけに部屋にいる人達が動き出すけど、ちらちらと私達の方へ警戒の視線を向けながら動いている。あ、サンジェルマンはまだ動けないまま、私をきつく睨んでる。いい気味だ。
「主、よくできましたね」
そんな中、ルカの一言でまだ場が止まった。ほんっっっとーに、ルカが怖いんだね……皆。
振り仰いだルカは、にこにこな笑顔だった。
…………ああ、この笑顔、やっぱりお兄ちゃん達と同じだ。
お兄ちゃん達のデレた顔というか雰囲気が同じだ。特に壱嵯お兄ちゃんと同じ。私のことが可愛くて仕方がないという……。自分でいうのも恥ずかしいんだけど。
壱嵯お兄ちゃん曰く、弟も可愛いが妹の可愛さはまた別! とかさらっと言ってたしなぁ……。だからか私はちょっとブラコン気味なとこはある。なので、こういうときはどうすればお兄ちゃんが一番喜ぶかは知ってる。ルカに効くかはわからないけど……いや、多分効くと思う。試してみようか。
私はにこっと笑って「ルカ、ちょっとしゃがんで」とローブを軽く引っ張りながら言う。
ルカはすぐに屈んでくれた。私と同じ位の高さに屈んでくれたルカの耳元で内緒話をするように、口元を手で隠して、にこっと笑顔で言った。
「ありがとう、ルカお兄ちゃん」
その言葉を聞いたルカは一瞬固まり、えっ!? という顔でじっと私を見た。物凄く驚いているみたいだね。
ルカは何か言おうとしたみたいだけど、なんて言えばいいのかわからないみたいで、口を動かしただけで言葉は出ない。
(これはアタリだね。これだとルカもシスコンになりそうだなぁ)
なんて思いながらルカを見ていると、意を決した様な表情で言った。
「……主、いや、セリ。もう一度、今の言葉を言ってくれないか? 聞き間違いかもしれない、から」
ルカは少し照れたような顔をして言う。
至近距離のイケメンの照れ顔で言われて嫌とは言えない。ここはちょっと頑張ろう。ちょっと息を吸って吐く。
「うん、いいよ。側にいてくれてありがとう、ルカお兄ちゃん」
ちょっとはにかむような笑顔で、ローブも照れを誤魔化すような感じで握りながら言う。いい感じにいけたと思うけど、どうかな?
…………大成功、のようだ。
反応が壱嵯お兄ちゃんと同じだ。
ルカは片手で顔を隠す様に抑え、頼られた喜びにうち震えている。
「セリ!!」
「うわっ!?」
ルカと私の声が同時に上がり、私の身体はふわっと上がってまた抱っこされた。
「私は……俺はね、そういう風に言ってもらえるのが夢だった。勿論そういう言葉を言われたことはあるけど、義務的で感情は無かった。だから正直に言って凄く嬉しい」
「ルカ……」
ルカの笑顔に喜んでもらえて良かった良かったと内心ほっとしたけど、背中の方から物凄い視線と圧を感じて振り向くと、全員、時間が止まったかの様に固まって動いてない。顔は化物どころか死を覚悟したとかいう様な、でいいのか、凄い恐怖、絶望、虚無、悲哀とかがごちゃ混ぜな表情というのかな……。まあそんな感じで凝視されてる。
ルカはくるっと向こうに背を向けた。
敵に背を向けるなんて普通は無い。無いけどルカはあの人達を塵と言ってたから、細かい塵なんて払えばいい程度のものなんだろう。要するに敵ではあるけど、敵の認識すらされてないと。これが、数百人とかなら違うかもだけど。
ルカはにこにこ笑いながら「本当、セリは狡賢くて悪い子だなあ。あの子から何か聞いたの?」と、嬉しいとは言ったけど、やっぱりまだ信じられない様で目だけは虚で冷たくなっている。ああ、あっちの人達はこういうルカしか知らないんだね。だからああいう風になるのは当たり前か。
「あの子ってアロイス? ううん、なにも」
私は軽く頭を振り、ルカの両頬を両手で軽く挟んでそのまま両手を滑らせ髪の毛をかき上げた。ルカの髪はアロイスと似た感じで柔らかい。けどスルッと指を滑り抜けて気持ちいい。私はルカの後頭部、耳元辺りで手を止めた。
ルカはまたもや驚愕というか青天の霹靂というかそんな顔で私を凝視する。イケメンからの強い視線は照れ恥ずかしいけど、お兄ちゃんだと思えばなぜか多少照れ恥ずかしさが薄まる。
「ルカ、私ね、お兄ちゃんが四人いるの。でね、そのお兄ちゃん達とルカが私に見せた顔が同じだったんだよね。セリは可愛いいなあっていう顔。だから、ルカも同じかなと思っただけだよ」
ルカはフリーズしてしまい、なんかどうすればいいかのか困っている様な感じだ。ルカがどうなるのかよくわからないのでとりあえず、ルカの髪の毛の感触をもう一度堪能しようと思い、両手をおでこまで戻し、またスーッと後頭部の方に滑らせて髪の毛の感触を楽しむ。うーっ、サラサラして気持ちいい……!
「ふっ、ふふっ、あはははっ! はははははっ! ふっ、ふふっ、セリ、俺の髪の毛はそんなに気持ちいいの?」
ルカが大爆笑しながら訊いてきて、私はハッとした。
「あっ、ごっ、ごめんなさいルカ!」
私は慌てて両手を引っ込めた。
「いやっ、ふっ、べっ、別に構わない、けれ、どっ、ふふっ……」
相当ルカのツボに入ったのか笑いながら訊いてくる。目尻に涙が浮かぶぐらい大ウケだ。その涙が今にも流れて落ちそうなので、私はパーカーの袖をちょっと引っ張って、ちょいちょいと涙を拭った。
そうしたらルカは笑いを止め、ぱちぱちっと瞬きをしてまた笑い出した。あ、もしかして嫌だったかな?
「ふっ、ふふっ、はははははっ! セリ、君は本当に可愛いね。ふっ、ふふっ」
「え、えと、ありがとうございます?」
とりあえず嫌ではなかったみたいで良かった。
私はルカが落ち着くまで待った。ルカは本当におかしくて楽しくてたまらないというように笑ってた。またルカの目尻に涙が溜まったので、またパーカーの袖でちょいちょいする。
笑いが止まり、落ち着いたルカが優しい笑顔で「俺にこんな風に触って遊ぶなんてセリが初めてだ。ははっ。なあセリ、俺の髪の毛はそんなに気持ちよかったのか?」
さっきも訊かれたね、それ。
「うん。柔らかいのにサラサラして指に触れると気持ちいい。なんのシャンプー使ってるのかなあ?」
「シャンプー?」
ルカがなんだろうという顔をした。あ、そっか。
シャンプーじゃなくてこの場合だと……。
「えっと、洗髪剤? 髪の毛洗う時になんか使ってる?」
「ああ。あるものを使っているだけだから、どんなのとかは気にしたことはないな」
「そっか」
アロイスも柔らかふわふわだったし、今度どういうの使ってるのか訊いてみよう。
「セリ」
ルカがスッと真顔になって私を呼んだ。
「セリは俺が怖くはないのか?」
「ああ、なんとかの悪魔とか言われてたもんね。どうだろう。私は今のルカしか知らないからわかんない。……ルカ、もうちょっと下で抱っこして?」
私は脈絡もなくルカにお願いした。今の状態だとルカを見下ろしている状態だ。ルカは無言で片腕抱っこからお姫様抱っこにした。視線がルカと同じ位置になった。さっきよりも至近距離になったルカの目を見てしっかり言う。
「ありがとう、ルカ。ルカのことを怖いと思うときもあるかもしれないけど、嫌いにはならないよ、多分」
「多分?」
「そ。多分。そんなのそのときにならないとわかんないよ。でも、嫌われない方法はあるよ」
私はニヤリとしてから言う。
「妹はね、可愛がってくれたお兄ちゃんをそう簡単には嫌えないんだよ。あ、でも甘やかすばっかりじゃなくて、悪いことは悪いって言って叱ってくれるお兄ちゃんじゃないと駄目だよ。私、馬鹿にはなりたくないもん」
ルカはまたまた驚きの顔で私を見る。驚いてばっかりだね、ルカ。それだけルカには新鮮なことだったってことかな。
あ……。
今度は私が驚いた。ルカが物凄く優しくて綺麗な笑顔を私にくれたから。俗に言う花が綻ぶ様なって、まさにこれだと思った。本当に柔らかくて綺麗で。イケメンだからその綺麗さはまた半端なくて私はただただ見惚れるしかなかった。
見惚れる私のおでこにルカがおでこを軽く合わせた。不意打ち過ぎてひゅっと息を呑む。
軽く目を瞑ったルカが話し出す。
「セリ。俺は本当に……本当に嬉しい。今はこれしか言えない。俺はセリのことをよく知らない。だからこれが終わったらセリと色々話したい。だから俺にセリを知る時間をくれないか?」
柔らかで優しい声でルカにお願いされた。当然答えは決まってる。
「もちろん。私もルカのこと知りたいよ」
私の言葉にルカの長いまつ毛が少し震えた。
「ありがとうセリ。嬉しいけど、少し怖いな」
「なんで? ああ、私がルカを嫌うかもしれないからら?」
「……ああ」
ルカは小さく呟いた。
「大丈夫。さっきも言ったけど、ルカのこと嫌わないよ、多分」
「多分か」
ルカは苦笑した。
「うん、多分。それに嫌われたくなかったら、お兄ちゃんは妹を可愛いがればいいんだよ。だだし、真っ当に、だよ」
「真っ当?」
「そう。過剰な愛情もよくない、甘やかし過ぎもよくない。ほどほどに味方で悪いことをしたら叱る、だよ」
「叱るのか?」
ちょっと戸惑ったような声でルカが言う。
「そっ。悪いことしても叱らないで甘やかされたら、私は悪いことに気づけないで周りに嫌われちゃう。そしたらルカは嫌じゃない?」
「それは……嫌だな」
「でしょ。だからちゃんとした理由があって叱るのはいいんだよ、別に。叱られた私は悪いことに気づけたから、ありがとう、お兄ちゃんって言って好きになるよ」
ふふっと笑って言ったら「確かにそうかもな」とルカも小さく笑った。ルカはおでこを離して柔らかな笑顔で「ありがとう」と言った。
「うん」
あまりに優しく綺麗な笑顔に私は照れてしまい、顔を隠す様にルカの肩に顎を乗せた、ら……。
カールや王女達がもうわけのわからない顔をして、恐怖すぎたのか? 半べそかいている人もいた。たまたま兵士の人と視線があったんだけど、その兵士は腰が抜け、その場に座り込み座った状態で後へズルズルと逃げた。しかも泣きながらね。そんなにヤバいのか、私達!?
強い視線を感じてそっちを向くと皇子がまだいた。なんか呆然としてるんだけど、眉間に皺を寄せながら強く私達を睨んでる、んだけど……。なんだろう、疎まれてるのは間違いないんだけどそれだけじゃないなにかも感じる。なんだろうと思いつつも、私はふと別のことを思いついた。ルカの首に両腕を回し、ドヤ顔をしてベーッと小さく舌を出した。
一瞬で全員の、特に皇子の殺気を強く感じた。よし、少しスッキリした。
「セリ、なに煽ってるの」
ククッと笑いを抑えながらルカが訊く。
「えー、今まで受けた嫌がらせの仕返し。ざまーみろだ」
「っははっ。お前が望めばすぐに片付けるぞ」
「だめだめ。そういう甘やかしはダメだよ。そういうときはちゃんとしなさいって言うんだよ、ルカ」
「ははっ。セリはしっかり者だな。じゃあ、頑張れ、セリ」
ルカが戸惑いながら背中を優しく叩いた。こういうこと、したことないのかな?
「はーい。でももうちょっとだけ甘えていい?」
私はルカの首にコテンと頭を寄せて、おねだりした。
「仕方ないな。……あと少しだけな」
こういう風に甘えられるのは初めてなのか戸惑いながら答えてくれた。
「ありがとう、ルカお兄ちゃん」
「ああ」
ルカの甘くて優しい声とは反対に、私の視界には地獄絵図でも見るような人達の視線を一身に受けている。
皇子はバッとマントを翻して出口へと去って行った。
ていうか今さらだけど、私も何してるんだろうね? 皇子達を脅して試合をしてさっさと帰るつもりだったのに、ルカに甘えてぐだぐだしてるんだろう。ていうか最近忙しくてお兄ちゃん達に甘えてなかったせいもあるかも。
まあとにかくやらなきゃだ。
ルカに甘えてふぬけた心を引き締め、一時間以上遅れてようやく最後の試合が開始された。




