九章 宣戦布告・十四
ルカがまだ私を抱え、あ、今度は左腕に乗せて抱っこ……なんだけど、重くないのかとか恥ずかしいから下ろして欲しいとかは言いたくても言えなかった。
「主、私の首に腕を回して寄り添って下さい。仲の良い主従と見せつければ簡単に手を出そうと思う塵も出ないでしょう」
「わかった」
と私は頷いた。
まあパフォーマンスは大事だよね。だからこのフードを脱いだイケメンに抱っこされるというなんとも言えない嬉しさととんでもなく大きい羞恥が混ざった感情に悶えながらもひたすら大人しく耐えている。
ほんの二、三分程度、石畳の通路を迷いなくルカは早歩きで進むと一際大きな扉の前で止まった。
扉の前で警備している兵士が二人いた。一人は私達、正確にはルカだけを見ると一瞬で恐怖に顔を歪めて腰を抜かしてへたりこみ、もう一人は私達と同僚を交互に見ながらおろおろしている。
…………ルカってどれだけヤバいの……?
だけどルカは兵士なんて視界にも入っていないのか、そのまま一歩踏み出すとバン! と勢いよく扉が内側に開き、扉の所にいた兵士二人は内側にいた兵士を巻き添えにして吹っ飛んだ。
本当に吹っ飛んだんだよね……。扉開けただけで、しかもなんで開いたのかもわからないのに兵士四人が吹っ飛んだんだよ……? おかしくない? おかしいよね? でも今はそんな謎を原因であるルカに追求する暇もない。
だからもう私は驚くしかできない。
兵士四人は、部屋の中にいる人達の近くに転がった。兵士から部屋の中に視線を向けるとそこにいる全員が驚愕の表情でフリーズしていたけど、人によって少し表情が違った。
単純に私達がいきなり踏み込んで驚いている人達、私達を見て恐怖で体が震えるほど驚いている人達、だ。そんな空気の中、ぽつりと男の声が響いた。
「あっ、あく、まっ……、チェ、チェリーゼルの、悪魔っ……!!」
その呟きを聞いた瞬間、私達以外の全員が恐怖に顔を歪め、みんなが私達から距離を取った。
この場所——出場者の控室にはクロード王女とその護衛かな? と、ミリヤムとその護衛、見たことない高貴そうな男の人と五、六人ぐらいの兵士。
全員が今も私達からじりじりと距離をとっている。
私はそーっとルカの方に顔を向けると、ルカは優しく微笑みながら「下ろしますよ」と言った。
私はコクっと頷き、ルカは私をそっと下ろした。
両足が地面、ふかふかカーペットにつくと、背後から足音が近づいて来た。ちらっと首を後に向けると追いついたカールとサンジェルマンがいた。二人は部屋に入りたいんだろうけど、私達がいるから入れないみたい。
この部屋にいる人達も多分同様で、みんなもう過呼吸になるんじゃないかぐらい呼吸が荒くて、私達——正確にはルカの一挙手一投足に怯えていた。
悪役に対する定番文句というか、恐怖の代名詞みたいな悪魔と言われているルカは一体どんなことをやらかしているんだろうね!?
私も知りたいよっ!!
部屋の中はしんっ……として誰も言葉を発さない中、ようやく奥から見知らぬ貴族がゆっくりと私達の方に向かって歩き出した。
背後から「ユリウス皇子殿下」とぼそっとカールが呟いた。
皇子殿下? …………そういえばもう一人皇子がいたんだっけ、ということを今思い出した。
その皇子が二メートルぐらい先で止まった。皇子の護衛騎士二人が前に出ようとしたけど、皇子がそれを制止した。二人はしかしと言いながらも、皇子の言葉には逆らえないのか逆らいたくないのかはわからないけど、一瞬だけだけど少しホッとした表情を出したのは見逃さなかった。その表情は護衛騎士失格なんじゃない、とつっこんでみたい。嫌味になるからね。今日は悪役になるんだからこれぐらいはと思っている中、ユリウス皇子が話し出した。
「こうして直に会うのは初めてですね、セリ嬢。私はこのヘルブラオの第二皇子のユリウスです。あなたがなかなか来ないので兄上の代わりに様子を見に来てみれば。まさか女王の騎士を伴って来るとは驚きましたよ」
女王の騎士?
私は背後のルカにちらっと顔を向けた。ルカは私を見て淡い微笑を浮かべただけ。なんとなくユリウス皇子と話す気はなさそうだなと思ったので私が答えた。まあ私に話しかけてるしね。
「初めまして、早川芹です。えっ、と。はい、遅れてすみません。あ、私の代理剣士はルカです。用意してくれた人はいりません」
とりあえずこんなことぐらいしか言えない。
「ふふっ、そうでしょうね。女王の騎士に敵う騎士なんてこの場どころかこの国にはいないでしょう」
ユリウス皇子は苦笑しながら続けた。
「だから、この最終試験は必要ないと思いますがそれでも始めますか? セリ嬢は」
これはもうやめてもいいよってことなのかな。確かにやめてもいいんだけど……それはしない。だってやめたら私があの皇子に一太刀も入れられないし、嫌がらせができないことになる。なので。
「やります。だって私のルカを皆に見てもらいたいし、ルカと手合わせだってしたいですよね。ね、ルカ?」
私はくるっとルカの方に身体を向け、ルカを見上げた。
「ふふ。主は可愛いですね。ええ、ええ、主の望みなら私はなんでも叶えましょう」
少し芝居がかった口調で言って、ルカは私の頭を撫でた。その目は妹のおねだりをしょうがないなあと見るような壱嵯お兄ちゃんの目と同じだった。なので私は壱嵯お兄ちゃんにお礼を言うノリで「ルカ、ありがとう」って言ったら、ルカはえ? という感じで私を見た後、また手際良く? 私を抱っこをした。
「え、え? ええっ!?」
いきなり抱っこされて私は慌てて逃げようとバタバタしたけどルカはそんな私の抵抗なんて無いがごとく的確に封じ込めた。封じ込められたけど、両手は使えるので私はルカの首下辺りをぎゅっと掴んで「ルッ、ルカッ! 恥ずかしいので下ろしてっ、下ろしてっ!」と抗議しながら揺さぶった。けれどルカは私の慌てる姿が楽しいのか、すごく嬉しそうににこにこしながら見ている。なんでっ!?
「えっ、あっ、と、ルッ、ルカァ!?」
かなり間抜けに声が裏返ったけど仕方ない。それでも私は一生懸命に下ろしてとお願いするしかない。うう……なんの心の準備もなくイケメンに軽々しく抱っこされる一般女子の気持ちを察して欲しい!!
「可愛い可愛い主、ここは敵陣ですから私がこうして主をお守りします」
にこにこ、にこにこ。本当になんでこんなにルカの機嫌がよくなったのかわからない!! 何故こうなった!? わからない、わからないけど抱っこはマズい、駄目絶対!
「あ、あのね、ルカ。この状態……抱っこされたままは、あの……駄目、です」
恥ずかしさでちょっと涙目になりながら必死にお願いした。
その必死さが理解されたのかはわからないけど「仕方ありませんね」と言って下ろしてくれた、けどっ……!! とんでもないことをこの剣士様は言った。
「代わりに私に抱きついて下さい」
「はっ!?」
私だけでなく同じ様に外野も思ったらしく、ユリウス皇子達の方に顔を向けると、まるで化物を見るような怯えと混乱、理解拒否拒絶みたいな顔をしていた。
「主、早く」
私はルカの声で外野から顔をまたルカに向けた。
しかもルカはにこにこ笑顔で軽く腕まで広げて待ってるし!
だけどそのにこにこ笑顔が一瞬で消え、私の腕を軽く引き寄せ、ルカは自分の後へ私を隠した。そのときに「穢れが来る」と小さく呟いた。私以外には聞き取れないほど小さな呟き。でもその言葉で私は何が来るのかわかった。しばらくすると、私達の正面、ユリウス皇子達の背後にあるこっちと同じ様な扉が開いた。
そこにいたのは予想通りの人——第一皇子がいた。




