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九章 宣戦布告・十三

「さてまあこいつの紹介はこれぐらいにして、と。マユキ」

アロイスは私の少し後ろにいるマユキを呼んだ。

マユキはわかったというふうな感じで私の左手を軽く掴んだ。

「セリ、しゃがんでくれる?」

マユキがいつもの可愛い上目遣いでおねだりしてくる。当然、喜んでしゃがむの一択でしょ。

「これでいい?」

今度は私が上目遣いでマユキに訊く。

「うん。セリ、頑張ってね」

マユキはそう言って私のおでこにチュッとした。

「え!? マ、マユキ!?」

私は驚いてマユキの顔を見た。マユキはちょっとはにかみながら後に下り笑った。

「セリを護るおまじない、だよ」

「マユキ……!」

可愛い、可愛すぎる! 無垢な天使とかってこういう子じゃないなかなあ!?

私は立ち上がって両手を広げた。

マユキは嬉しそうに私に抱きつき、私も抱きしめた。

「ちぇー、マユキばっかりずるいなぁ、セリは」

全身でずるいを表しているアロイスが右側に寄って来た。

「だって、マユキが可愛いんだもん! 癒やしよ癒やし」

そう。こんな可愛い癒しでもなければ、特に今日という日はのりきれない。

「はあ……。まあいいよ、今は。帰って来てからゆっくりと話そうね、セリ」

にこーっと無垢とはほど遠い、含みのある笑顔をアロイスは見せた。

「セリ、本当にそろそろ時間だ。だからネックレス外すけどいい?」

すっ、と真面目な声に変わり、アロイスが私に訊く。

「あ、うん」

私は首を少し下に向けてアロイスが外しやすいようにした。髪の毛はポニーテールにしているから首にはそんなにかかってないはず。

アロイスの手が首に少し触れて私はどきっとした瞬間、顔に熱が集まったのがわかった。

(私、なんで自分で外さなかったんだろう!? なんかつい流されてうんとか言っちゃったけど!?)

「セリ、外れたよ。これは俺が預かってるから、ちゃんと取りに来てね」

アロイスは私の前に来て、掌にのせた小粒な紫色の石のネックレスを見せる。

「う、うん。わかった」

私は少し俯きながら返事をした。

だって絶対顔赤いはずだもん!

「アロイス様、いつでも行けますよ」

「ああ」

ルカがちょっと離れた場所から声をかけ、ルカの声にはっとして私は顔を上げた。

「あ、じゃあカイにお願いしないと」

ここから移動するにはカイの魔法じゃないと無理なはず……なのに、目の前には見慣れてきた魔法陣が金色に淡く光っていた。

「え? これって……ルカがやったの?」

「はい」

「え、ルカって魔法使い、なの?」

私は驚いてルカの顔を見た。剣士じゃなかったっけ?

「いいえ、違います」

「ああ、ルカは魔法も使えるけど、それを職業とはしてないよ。こいつはただの傭兵。だけどそういう意味合いだと剣士かな」

アロイスが答えた。

「そうなんだ。でも、移動の魔法が使えるって、相当凄いことだよね? 前にカイがそんなこと言ってたけど……」

移動、転移の魔法は大量の魔力が必要だから、もしそういう魔法が使えるやつには気をつけた方がいいって。

「そうだね。でもたいしたことじゃないから気にしなくていいよ、セリ。ほら、急いで急いで」

いや、大したことでしょ!? と思いつつアロイスが私の手を引っ張り魔法陣に連れ込む。その後にマユキもついて来た。

「よし、行くぞルカ」

「はい、アロイス様」

すぐに魔法陣は強く光り、あの内臓がふわっと浮く感覚が来たと思ったら「つきましたよ」とルカが言った。

目を開けるとそこは薄暗い場所だった。石造りの部屋で埃っぽい。部屋の隅や壁側に大きな木箱がいくつか乱雑に積み重なって置いてあるので物置部屋かもしれない。

「じゃあセリ、ここでお別れだ。俺達は観覧席の方に行くから。頑張って」

「セリ、頑張って! 応援してるからね!」

アロイスとマユキに励まされ私は「うん」と頷いた。

「ルカ、頼んだぞ」

「承知しました」

いつの間にかまたフードを被っていたルカが答えた。

「セリ様、お時間がありませんので抱き上げてお連れします。ご許可下さい」

「はい」

返事をするとルカは慣れた手つきで私を抱き上げ、いわゆるお姫様抱っこをした。恥ずかしいけどそんなことを言ってる場合じゃないので、深く考えないようにしている。アロイスがドアを開けるとルカはスッと抜け、俊敏な動きで石造りの廊下を走り出した。

そういえばここ、どこだろう? 試合には間に合うのかな。私的にはもう間に合わなくてもいいけど。サンジェルマンとの約束は果たしてるんだし。でも一応訊いてみよう。

「あの、ルカ。ここってどこですか?」

「ここは闘技場の地下です。セリ様達の控え室からはかなり離れた場所ですが、ギリギリ控え室には間に合いますよ」

軽やかに走りながら、息も切らさずルカは答えた。

「ありがとう」

お礼を言いつつ内心ではルカの身体能力の高さに驚いていると、だんだんと人の気配を感じる。進むにつれてあたりがざわざわし出し「不審者だ、追え!」とか言う声と共に兵士が後を追いかけて来たけど、ルカは追いつかれずスッスッと無駄な動きなどなく兵士を避ける。

ルカはある部屋につくと私を下ろした。その部屋の前では凄い声で誰か——いや知っている声同士がお互いを詰り合っている様子がドアの向こうから漏れ聞こえた。


「一体どういうことでしょうか、カール様。セリさんがまだ来ていない、なんて」

「それはこちらが言いたいことですよ、サンジェルマン伯爵。何故居ないのですか? もう式まで五分しかありません。他の候補者達は入場口で待機しています。セリ嬢がいないために式も始められない。一体どう責任を取るつもりですか」

「それはこちらのセリフです。カール様、本当にセリさんを帰してくださったんですか? 僕、あの日以来、一度もセリさんを見ていないのですが。……まさか、あの日見たセリさんは偽物で本当はもうこの世にはいないとか……」

「無礼なことを言うな! それはリーンハルト皇子殿下、ひいては皇室への侮辱だ!」


………………。

やだなぁ……、あの中に入るの。

「修羅場ですねえ」

私を下ろしながらルカはのほほんと言うけど、中はまさに修羅場だよ! とはいえここまで来て入らない、という選択肢はないので意を決してドアを開けようとしたけど、ルカが前に出てスッとドアを開けてくれた。

開けたら中の修羅場は一旦止まったけど、笑顔で二人——カールとサンジェルマンがツカツカと迫って来た。

「セリ嬢、ですね」

カールがにこやかに言いつつも、氷点下ぐらいの冷たさで馬鹿を見る目で見下してきたが、一応返事をした。

「はい」

カールは私からサンジェルマンに顔を向けるとにこりと笑んだ。

「サンジェルマン伯爵、セリ嬢本人ですね。先程、こちらが偽者を……とか言っていましたが、どう責任を取るのでしょう。伯爵のお力には限りがございましょうから。ねえ」

サンジェルマンもカールに負けないぐらいのいい笑顔で言い返した。

「そうですねえ。それに関しては後程ゆっくり話したいと思います。それよりも今はセリさん! あなた一体何してたんですかって、ああもう、今は時間も無いんで行きますがあとで洗いざらい話させますからねっ! それとこちらが今日セリさんの代わりに戦う方で皇帝陛下の近衛騎士のペーターさんですよ、ほらご挨拶!」

サンジェルマンが全く余裕のない苛立ち声で、カールの後に控えている人を紹介した。

カールの後から前に出て「近衛騎士のペーターと申します。本日はセリ様のために剣を奮いましょう」と言った。

実直そうな三十代前半? ぐらいの男の人だけど、私に対する不満というか不服というか、平たくいえばなんで俺がガキのお守りしなきゃいけないんだよオーラが漏れている。

「さっ、行きますよセリさん!」

適当な紹介も終わり、サンジェルマンが私の手を掴もうとしたが「痛っ!」と言う声とパンという乾いた音がほぼ同時に響いた。

「セリ様に許可無く触れないでください。あと、私がセリ様の代理剣士です」

「はあ!?」

サンジェルマンが声を出し、歩き出そうとしたカールが振り向いた。

「認めません。セリ嬢の代理剣士はペーターです。それ以外は認めません。それよりもお急ぎ下さい。他の出場者がすでにお待ちです」

カールは氷点下程に冷たい声で切り捨てた。

だけど私は怯まない。

「嫌です。私の剣士より弱いくせに私の代理剣士なんて認めません」

私が平然と言い返したことにカールもサンジェルマンも物凄い不快感を一瞬表し、すぐに無視して歩きだそうとしたけどそうはさせない。

「私より弱いと仰りますか、セリ嬢は」

ペーターが聞き捨てならないと立ち止まって、私に鋭い視線を向けた。

「はい、そうです。私の剣士が一番強いです。あれ、ということは、私はこの試合、負けてもよかったんですね。サンジェルマンも皇帝も勝て勝て煩かったのに。なら頑張って剣士を探さなくてもよかったんだ。あーあ馬鹿みたい。なら帰ろっと」

私は言いたい放題言って帰ろうとしたけど、目の前にいる二人は絶対に許さないだろうけど、そんなのしらない。

「待て小娘。私よりその剣士の方が強いなどという侮辱、許されることではない。取り消してもらおうか」

「なんで? そっちこそ図々しいですね。私の剣士はあなたなんか足元にも及ばないですよ」

私も剣士の端くれなのでそれぐらいはわかる。なんていうかもう、ルカは格が違うんだよね。そう感じるだけだけど、直感って大事だから。なのにそれもわからない、相手を警戒もしないなんてたかがしれてる。

「小娘っ……」

ペーターが私に向かって一歩踏み出すとふふっとルカが笑い、埃でも払うように軽く手を振ったと同時にペーターが後に吹っ飛んだ。かなりいい激突音も聞こえた。


「え……?」


この場にいる全員がなにが起こったのかわからずフリーズした。

ううん、ルカ以外だね。フードで顔は隠れているけど、少し見える口元は柔らかな微笑を作っていた。多分、優雅な表情で目はゴミでも見ている感じに蔑んでそう……。

ルカは私の横から背後に移動し、両肩に軽く両手を置いた。

「流石我が主ですね、見る目が違います。あんな塵が私に敵うはずもないでしょう。ここにいる貴族共は余程主を貶めたいのでしょうね」

顔は見えないけど、いい笑顔で馬鹿にしてるんだろうなあ。なら私も倣わないとね。

「うん、そうだよ。貴族って馬鹿なんだと思うよ。だって人の話全然理解しないし。特に目の前の二人。私が平民だからってすごく馬鹿にして見下してくるの。ああでも、そういう制度の国なら仕方ないよ。私、他国の平民だし。でもさあ、人の話を全く理解しないのは馬鹿だと思われても仕方ないと思うんだけど、ルカはどう思う?」

私はちょっと首を後に向けてルカの反応を見ようとしたら「ルカ、だと……? まさか……」と、カールが呟き顔色が悪くなった。私とサンジェルマン以外、全員がカールの呟きに反応して、部屋が凍りついたように物音一つ聞こえない程静かになった。

私はものすっっっっっごく嫌な予感というか、考えが頭をよぎった。

もしかして、ルカって私の想像以上に強い人なのでは? それこそゲーム的に言うならS級ランクとかいうやつ……?

「ふふ。主はとても聡明ですね。ええ、私も常々そう思っていました。この世には畜生にも劣る愚かな貴族がなんて多いのかと。貴族だから話せば理解できるはずのことが理解できない。ええ、ええ、私も嫌という程目にして対応もしました。でもね、主、そういう畜生以下の生物にはどんなに理解を求めようと躾を施そうとしても無駄なのです」

実際にルカは見て対応して……失望したんだろうな、きっと。

「……うん、知ってる」

そしてそれは私も知っている。

つい最近、そこのカール達にされたからね。

「では、そういう畜生以下の者達をどうすればいいか主はご存知ですか?」

「……うん」

私はへらっとしたながら答えた。

知っている。

お祖父ちゃん達が話してくれた。

お祖父ちゃん達が体術を習うなら必ず覚えておけと言って。そもそも何故この体術が生まれたのかを、誰がどうして必要としたのかを、色々と。だから、知ってはいるけどそれを実行できるかどうかはまた別だ。私にはできない。でもこの世界にいたら……いつかそうする日が来るかもしれない。

「ああ、主、申し訳ございません。そんな顔をさせたいわけではなかったのですが」

ルカが優しい手つきで私の両頬を包み、流れていないはずの涙を拭うように目尻をそっと撫でた。

「では主、その上でお訊ねしますが、この塵どもはどうされますか」

「ほっといていいよ。こんな塵、ルカならすぐに掃除できるでしょ」

私の言葉に部屋全体がさらに冷え、呼吸音すら止まったかのように音が消えた。

あの傲慢なカールでさえ息を殺して私をじっと注視している。

「承知しました。ですが、主に危険が迫った場合」

ルカはフードを脱ぎ、辺りをゆっくり見回した。

「私、ルカーシュ・ドヴァ・ラルフ・フォン・シェーンクヴェーレはなんの躊躇いもなく掃除いたしますよ、我が主、セリ様」

この言葉にあのカールでさえ目を恐怖で見開いた。どれだけルカがヤバいのかが窺い知れるというか。

サンジェルマンはルカのことを知らないようだけど、部屋にいる全員の様子や態度、カールでさえこの反応なんだから相当マズいことは察したらしい。

そんでルカはルカーシュって名前で貴族なんだね……。物腰からただの傭兵じゃないよね? とは思ったけど。まあそれは今置いといて、とりあえず私は場の空気を変えるためカールに言った。

「カール様、そういうことで私の剣士はルカです。文句はないですよね。無ければさっさと皆の所に行きましょうよ、ね?」

私はおっとりと言った。まあ反論なんてしようものなら、ねえ。

「……承知しました。セリ嬢の代理剣士の変更を認めます」

悔しげに言うカールを馬鹿にするようないい笑顔を見せてから「じゃ、行きましょう」と言って、さっさと他の候補者達のいる控室に向かうことにした。

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