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九章 宣戦布告・十一

セリが帰った後、俺はすぐに傭兵ギルドに行った。

傭兵ギルド——文字通り傭兵専門のギルドだ。傭兵ギルドはどこの国にもあるわけじゃない。一国にあるか無いかぐらいの希少さだ。何故なら傭兵は金が全てだ。金さえ貰えば基本なんでもする。それこそ、国を滅ぼせとか国王を殺せとか依頼されれば平気でやるやつが大半だ。暗殺者でもそれはできるが、レベルが違う。傭兵は圧倒的武力で一瞬で征圧できるんだ。暗殺者ではそうはいかない。

だから傭兵ギルドはそれを抑えつけられる国だったり人間がいないと開設させることができないわけだ。

ちなみにヘルブラオには傭兵ギルドはなく、隣国のクロティルード大公国にある。


俺はフードを目深に被ってギルドの受付に黒い会員カードを提示する。

受付の男は俺のカードを受け取り、認証用の魔石にカードを置く。カードは青い光を放ち、すぐに光は消える。受付の男は俺にカードを返すと「ご用があればお呼び下さい」と告げ、受付台から出ると少し先にある扉を開けて、中に入るよう促した。

俺は小さく頷き、中に入る。

中に居た数人の男の視線が一斉に俺に向くが、またすぐに視線は俺から逸れた。契約したいなら自分からくるということがわかっているからだ。

ギルドの中はそれなりに広いが、作りは質素だ。大半の傭兵は外に出ているので、内装を凝る必要がないからだ。奥には契約用の受付があり、傭兵と契約する際にはそこで契約書を交わす。

だが俺は一階ではなく、端にある階段を上がって二階へと上がった。瞬間、一階の空気がピリッと張り詰め先程逸れた視線がまた俺に向いた。

二階は一階と違ってそれなりの質の絨毯が敷いてあり、置かれている椅子やテーブルも質がいい物で揃えられている。

二階には五セットの椅子とテーブルがある。

椅子とテーブルは五区画に分かれてそれぞれの場所に設置されている。

その中でもさらに上等な椅子とテーブル、そして五区画に分かれている中でも一番広く取られている場所に、一人の男が本を読んで座っていた。俺は向かいの椅子に座る。男は本から目を離して俺に視線を向けた。


「おや坊ちゃん。ご無沙汰ですね」


男は人懐っこい笑みを見せた。


「そうだな、ルカ」


俺はフードを脱いでルカの顔を見た。

「相変わらず暇そうだな」

「まあね。俺は暇でいいんですよ。……で、坊ちゃん、俺に何の用ですか?」

ルカは足を組み替え俺に問う。

「そんなの決まってるだろう。ここは傭兵ギルドだ。傭兵を——お前を買いに来たんだよ、ルカ」

ルカは驚いたようで目を見開き、瞬いた。

「なんだよ、そんなに驚くことか?」

「そりゃまあ、驚きますよね。俺に何かさせたいならただ命令するだけでいいんですから。わざわざ金を払って雇うこともないでしょう?」

「そうだな。でも俺は金を払って雇いたい。絶対服従をさせたいんだ」

「へえ? そうまでして俺を使いたいんですか、坊ちゃんは。なら、ちゃんと話を聞きましょうか、お客人」

ルカはテーブルに飾ってあるガラス細工のデージーに触れ、俺に剣呑な視線を向けた。

「依頼内容はある女の子の下について欲しい。その女の子は今ヘルブラオで開催している花嫁選抜の第一皇子の婚約者候補で……」

俺は今までのことをルカに話し、セリの安全のためにルカと契約したいことを話した。まあ、こいつは絶対にこの依頼を断らないけどな。むしろ喜んで契約するさ。

俺の話を聞いたルカは興奮しながら笑った。勿論盗聴防止の結界を張ってあるのでルカが大声で笑おうと外には聞こえない。


「はははははっ! なんて面白いことに首を突っ込んでるんでしょうね、お客人は! いいでしょう、喜んで契約しましょう!」 


ほらな。

あの内容でこいつが契約しないわけがないんだよな。これでセリの望みも叶えられるし、俺達も多少だけど溜飲が下がる。

「契約内容だけど、拘束期間は今から三日間、依頼内容はセリと俺の言うことには絶対服従だ。逆らうことは許さない」

「いいですよ。俺としてはあいつらを殺したいぐらいなんで、殺せと命令してくれてもいいのですよ、お客人」

ふふっと柔らかく口元は笑っていても目は獲物を狙う獰猛な獣の目だ。

「残念だがそれは今じゃない」

俺だって本音じゃあいつらをぶっ潰したいけどな。

「で、契約金だがいくら欲しいんだ」

高ランクの傭兵には料金設定がない。当人同士での交渉になる。まあいくらでも払えるけどな、俺は。ルカもそれは知っているからどれだけふっかけてくるかなー。

「一日につき金貨百枚。だから三百枚。なければそれに準じる物。例えば——水の精霊石とか」

やっぱりそっちが欲しいのか。でも俺の精霊石は安売りしないんだよ。だから——

「わかった。金貨三百枚な」

俺は腰のポーチに手を突っ込み、金貨百枚が入った皮袋を三つルカの前に出した。

「おやま、お客人なら精霊石の方がよっぽど安上がりなのにね」

ルカは残念そうな声で言いながら、テーブル上にあるガラス細工のデージーを二回軽く叩くと、すぐに契約書類一式を持った男が二人下から来た。

「契約成立だ。契約書を作成してくれ」

ルカが男二人に言う。

男は契約内容を作成し、俺とルカに内容に間違いはないかの確認を求めた。俺達は問題ないことを男二人に言う。

「そうか。それにしてもルカにしては安いな。本当にいいのか?」

男二人の内、年配の男がルカに問う。

「ははっ。いいんだよ。ギルド長も内容を聞けば割引きしたくなるよ。なあ、お客人?」

「俺はもっと金を出しても構わないけど、ルカがその金額を提示したんだからな」

俺は別に何も悪くないよという表情をギルド長に見せる。

「へーえ、それは私も聞いてみたいですねえ、アロイス様」

「ああ、別にいいよ」

俺は二人にもルカに話した内容を話すと二人とも興奮を抑えているが、身体は歓喜に震えている。俺が話し終えると同時に若い方の男が声を出した。

「凄い、凄いですよアロイス様! あいつらに一泡吹かせてやるんですね!」

「でもアロイス様、あの方は……それでいいのですか? いえ勿論私もあいつらの屈辱に塗れる顔は見たいです。ですがあの方のお気持ちを思うと……」

「ありがとう、ギルド長。でもあの方は完全にあいつらを、あの国を見限った。だから何も気にしなくていいよ」

俺はヒラヒラと手を振った。

「そうですか。それなら何も遠慮することはないですね。では契約を始めましょうか」

ギルド長は安堵し、雑談を終わらせ仕事を始めた。若い男もすぐに気持ちを切り替え、俺達に契約書にサインをするようにと言う。

俺とルカが契約書にサインをすると、契約書はぼっ、と数秒金色に光り、徐々に光りは消えていった。

「はい、お二方の契約はつつがなく締結されましたことをギルド長であるバルドゥールが見届けました。ではルカ、速やかにアロイス様の指示にしたがうように」

「はい、ギルド長」

ルカは椅子から立つと、俺に主人に対して行う礼をした。

「では私、ルカーシュ・ドヴァ・ラルフ・フォン・シェーンクヴェーレはアロイス様に従います。なんなりとお命じ下さい」

「とりあえず、明日の朝迎えに行くからもう家に帰っていいよ」

「え。それは酷くないですかね、坊ちゃん」

「あ、契約期間中は坊ちゃん呼びはなしな。これは命令」

外で坊ちゃん坊ちゃん呼ばれるのはさすがに恥ずかしいし、こいつの場合はわざとやってるんだよなー。全く、嫌がらせもいいとこだ。

「えー、それは酷いなあ……アロイス様」

「わざわざ『坊ちゃん』って呼ぶな。お前、案外自虐趣味だよな」

俺は呆れながらルカを見た。

契約魔術が効いているから俺に対して『坊ちゃん』の言葉は声にならかったのだ。それをわかっててやるんだから馬鹿というかなんというかな……。

「ちゃんと契約魔術が効いているか試しただけですよ、アロイス様」

にっこり笑ってルカは答えるけどギルド長は眉間に皺を寄せた。

「馬鹿者。効くに決まっているだろうが。だからこそのギルドだろうに、全くお前は……」

はあ、とギルド長が溜息を吐いた。

「そうですよ、ルカ。あなた、このギルドの一位なんですからあんまり間抜けなことはしないで下さいよ。うちのギルドが安く見られてしまいます」

若い男もルカに苦言する。そう、こいつはこの傭兵ギルドの最高ランクなのだ。どれぐらい凄いかといえば弱小国なら一人で潰せる程の力の持ち主だ。

「ははっ、大丈夫だよ。いつも外ではちゃんとしてるだろう?」

そう言ってルカは軽く笑う。まあ確かにこいつは内と外との顔はきっちりわけれるからな。

「それよりもアロイス様はどこに帰るの? 俺も一緒に行きたい」

「あー、それは無理。俺今居候してるから。お前なんて連れてったらあいつ、驚き過ぎて固まるよ。そんでその後俺が文句言われる。だから駄目」

マユキもいるのにルカなんて連れてったらもう大惨事だ。特に俺が。

「へーえ、アロイス様に文句言うなんて凄いな。でも文句言ってきたら俺が言い返すよ。俺の可愛い可愛い弟に不満でもあるのか、ってね」

「やめろ。それに俺はお前を兄だなんて思ったことないからな」

俺は思いっきり顔を歪めて否定する。

「つれないなぁ。あんなに面倒みて可愛がったのに」

「嘘つけ。俺の邪魔ばっかりしてたくせに」

「それは見解の相違だねえ。それに俺は今この瞬間もアロイス様が可愛くて仕方ない。お前が俺の所に来てくれてどんなに嬉しかったかわかる? それなのにアロイス様は金を払って俺を雇いたいだなんて言うから俺、随分ご機嫌斜めなんだけどなー」

「そんなの知るか。俺は今こうしている時間だってもったいないと思ってる。だから明日の朝ここに迎えにくるからあとはよろしくギルド長」

俺は一気に言ってギルド長の返事も聞かずにさっと階段を下り、さっさとギルドを出た。


「承知しました」

返事をしてももうアロイス様はいない。

いるのはトリスタンといい歳して拗ねたルカだけだ。

「全くお前は。アロイス様に迷惑をかけるんじゃない、この馬鹿者が」

私は椅子に座ったルカの頭をパンと叩いた。

「いてっ。一番の稼ぎ頭に酷いことするなあ、ギルド長は。もっと大事にしてよ」

「大事にして欲しかったらもっとちゃんとしろっ、この甘ったれが!」

「ふぁ〜い、バルドおじさんギルド長」

ルカはやる気のない気の抜けたくだらない返事をしたので私はもう一度、今度はさっきより強めで頭を叩いた。

「てっ! 酷い虐待だ……」

「なら真面目な態度で仕事しろ。ルカ坊」

本当にこいつは昔から懐いた者には甘えたがる癖がある。だからアロイス様に距離を置かれるんだぞって、わかっててやってるからどうしようもないのか。全く……。

私は少し恨めしそうな目を向けてきたルカを無視して、トリスタンを連れて下にある執務室へとさっさと向かった。きっとこれから忙しくなるだろうからな。

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