二章 ミリヤム・二
「ねぇ、あなた。どうやって皇帝陛下とお近づきになったのかしら」
「はい?」
ミリヤム姫はストレートに訊いて来た。
「何か特別なつながりでもあるのかしら。そうでないと皇帝陛下があなたをご推挙される理由がわからないわ」
言外に、だってあなたには何の価値もないでしょう、と言っているんだろうなー。
なんか、お約束の展開だよね……。ま、こういうのは無視するに限る。
そう思い、黙って聞き流していたけど、それに痺れを切らしたのか、ミリヤム姫がキツイ口調でまた訊いて来た。
「ねぇ、私の話を聞いているのかしら? 私がわざわざ訊いてあげているのだから早く答えなさい!」
(むっ!)
来た、上から目線!
私はカチンときた。
なら、こちらも相応の態度でお答えしましょう。
「さぁ、知りません。というか知ってても教えません。第一姫様には関係ないですよね、私の事情なんて。それに、私もくだらない会話で時間を無駄にしたくないんでもう失礼します」
言うだけ言ったので、私はにっこりと作り笑いをしたまま、席を立って書斎に戻ろうとしたんだけど。
「待ちなさい! そなたの姫様に対する無礼な振る舞い、許せません!」
ミリヤム姫の後に控えていた若い女性がヒステリックな声を上げて、私を睨みつけている。
無視しようかとも思ったけど、勉強でストレスが溜まったこともあり応戦することにした。
「へー。どう許さないの? 私は何も悪いことはしていないし。ああ、罪もない庶民をいじめることが貴族のお仕事でしたっけ?」
にっこりと笑顔は崩さず言い返してやる。
「な、なんて無礼な……! そなた、こちらはバスラー伯爵家のご令嬢ミリヤム姫様ですよ! 本来ならそなたごときが口をきける身分のお方ではないのです! それをこのような態度で接するとは、許されていいはずはありません!」
若い女性がものすごい剣幕で私を罵倒する。
ミリヤム姫もかなり怒っているみたいだけど、侍女が代弁してるのでじっと陰湿に睨みつけているだけだ。
(あーあ、馬鹿みたい)
自分が偉いわけじゃないのに。
ミリヤム姫が言うならまだしも、侍女が喚いてもねぇ。物凄く滑稽にしか見えない。
私はそんなミリヤム姫ご一行様の態度を蔑む様に一瞥して部屋を出て行こうとしたら、まだ若い侍女が喚いている。
無視して部屋を出ようとした私が気に入らないのか、若い侍女が物凄い形相で私の腕を掴もうと手を伸ばす。
(あーもう! ウザい!)
それなら一度痛い目を見てもらおうか! と思い、身体をずらして侍女の腕を掴み引っ張ろうとした時。
「おやめなさい」
出入口の扉から、よく通る澄んだ声が私達の動きを止めた。
入って来たのはクロード王女だった。
「クロード王女殿下……」
侍女はしまったというような表情でクロード王女の名を呟き、恐る恐るちらりと主の顔を覗く。
私もつられてミリヤム姫の方へ視線を流す。
驚いた。
何事もなかったような表情で、入って来たときと同様ににこりと可愛らしい笑顔を浮かべて、ミリヤム姫はこちらを見ていた。
だが、その表情をみた侍女は顔が青ざめ、声を震わせながらミリヤム姫に謝ろうとしたが、姫がそれを視線で牽制した。
代わりに姫が立ち上がり私達のそばまで来て、何と頭を下げ、クロード王女に謝罪したのだ
「お見苦しいところをお見せして申し訳ございません、クロード王女殿下。侍女に代わって、主である私がお詫びいたします」
クロード王女は「よい」と一言だけ言うと視線を私の方へ向ける。
そしてあろうことかミリヤム姫が私の方を向き、私にも謝ったのだ。
「セリ、あなたにもお詫びするわ。今回は私に免じて水に流して頂戴、ね?」
だが、そこはやはりミリヤム姫だった。
謝っても態度はでかい。
が、まあ今回は私も折れてあげることにする。腹立たしいけど、こんなことで時間は無駄にできない。
「いえ、気にしてませんので」
せめて何か嫌みを込めて返そうかと思ったがちょっと思いつかなかったのでやめる。悔しいけど。
何はともあれ、とりあえずこれで勉強に戻れる。
こんな場からさっさと退散しようと荷物をまとめていると、クロード王女が私を見ていることに気づいた。けど、下手に話しかけて面倒なことになるのもアレなので、会釈をして、気づかないフリで横を通り過ぎた。
クロード王女も別段引き止める気はないらしく、何も言われなかった。
「では、私も失礼いたします」
ミリヤム姫もクロード王女に挨拶をすると、侍女を引き連れ私の出た後、早々に部屋を出て行った。