九章 宣戦布告・六(クロード・ミリヤム)
「セヴランとソフィー以外、部屋から出て頂戴」
私はあてがわれた部屋で待機している侍女達に告げた。
「畏まりました、クロード様」
ソフィーが答え、侍女達に指示をし、侍女達は隣の部屋へと移動した。
「クロード様、華やかなお茶がよろしいでしょうか。それとも落ち着くお茶にしましょうか」
「そうね……。華やかな方にするわ」
「畏まりました」
ソフィーはお茶の準備のため、部屋の隅の方に下がる。
私はソファーに座り、窓の外に広がる風景をぼんやり眺める。
フラージュとは違う窓の外。
人も景色も明るく暖かな空気な故郷と、どこか冷たく固く融通がきかないような空気の漂うこの国。私は窓から左手につけたブレスレットに視線を移す。
金の鎖に、可憐だけどどこか華やかさも合わせ持つ小さな花々。その花々は中央に咲く大輪の花を支える様に咲いている。その中央の花には、小指の爪ほどの大きさのオレンジ色のオパールが嵌っている。私はそのオパールを三度、撫でた。
その仕草を確認したセヴランが背後から声を出す。
「クロード様、お疲れ様です」
「ええ。ありがとう、セヴラン」
「それで、どうされるのですか」
セヴランも私の心中を察したらしい。ソフィーもセヴランも私のことをよく理解していること。
「迷っている」
「おや、お珍しい」
「私だって即断できないことはあるわ。国がかかっているのですもの」
即断できないことが沢山あったことは知っているくせに。そうやって揶揄うセヴランにやや不機嫌な声音で言い返す。
「お前は今まで私の何を見てきたのかしらね。無能な騎士は要らないわよ、私」
「ご機嫌を損ねてしまいましたね。大変申し訳ございません。解雇はご容赦下さい」
少しも悪いと思っていないこの言いぐさ。腹が立つわね。
「私の騎士なら立場をわきまえなさい、セヴラン」
「わきまえていますよ。遮音の魔道具を使ったのだから、本音を話せということでしょう。違いますか、クロード」
「無礼者。誰が呼び捨てていいと言いましたか。お前を信頼してはいますが、それを理由に勘違いした振る舞いをすることは許しません」
私は強く言い放つ。だけど、セヴランはこたえた様子もない。後を見なくてもわかる。
「ご無礼をお赦し下さい、クロード王女殿下。では一臣下として聞き、提言させていただきます」
「許可します」
「ありがとうございます。では、率直に。リーンハルト皇子殿下とのお話は無かったことにしましょう。私達は負け、国へ帰りましょう」
「理由は」
「あの皇帝陛下とリーンハルト皇子殿下、共に危険な感じ……いえ、危険です。それに皇妃陛下やユリウス皇子殿下が最初の試合以降、姿を見せていない。それに、クロード王女殿下もクロード様もこの国では幸せになれない」
「明確な理由ではないわね。他国へ嫁ぐのに危険がないことなどないわ。……ただ、皇帝陛下が何故セリを推挙したのかはわからない」
「それが答えですよ、クロード様。大国の皇帝ともあろう者が後継となる息子の花嫁に、あのような素性の知れぬ無知な娘を選ぶでしょうか?」
「ありえないわ」
「そうです。国母となる可能性がある者を、素性の怪しい者を推すということはありえません。しかもその婚約者選びをこのような選抜方式で行うこと自体がおかしい。選抜方式にするにしても、それ相応の身分の者から行うのが普通です。しかもそのおかしなことを皇帝自らが行ったのです」
「ええ。これについてはお前にも話したけれど、リーンハルト皇子殿下は強く反対したとのこと。大多数の重臣も反対したと」
「普通はそうでしょう。良識ある者ならね。だが皇帝は押し通した。重臣の反対を押し切ってまで通す何かがあったということになる」
「何に、対してかしら?」
「それはわかりません。それにリーンハルト皇子殿下の皇帝陛下に対する態度も、親に対するものではない」
「親と対立することなど珍しくもないでしょう。王族だろうが、民だろうが」
「はい。ですが、あの親子はそういう可愛いらしいものではないと思います。もっと根が深いような……」
そう言うと、セヴランは少し沈黙した。
私もあの親子には普通ではないものを感じる。度を超えた憎悪、のような……。
それに、番人の言った言葉が気にかかる。
『裏切りの血』と言い、明確には言わなかったけど言葉の端々からこの国から出て行けと言われていたと思う。だけど……。
「クロード王女殿下」
名を呼ばれ、意識をセヴランへ戻した。
「帰りましょう、我が国へ。クロード王女殿下が犠牲になっても我が国に多大な利益は還元されません。むしろ王女殿下が国で民衆に尽くしていただいた方が、確実に利益になります」
「セヴラン」
私は首を背後のセヴランに少し向ける。
「帰りましょう、フラージュへ」
「畏まりました、クロード王女殿下。では、試合の方は」
「貴方に任せるわ」
「畏まりました」
そうと決まればリーンハルト皇子殿下にはばれないようにしなければ。
こちらからの一方的な契約破棄になる。今後、ヘルブラオとの関係は悪くなるが、戦争に発展しなければいい、いえ、私の全てをもって止めてみせる。
我が国の民のためにヘルブラオの水を確保したかったけれど、仕方がない。
清潔な飲料水の入手ができなくなるのはとても痛手だけれど、別の方法を考えなければ。
「クロード王女殿下」
ああ、お茶の準備が終わったのかと思いソフィーの方を向くとそうではないらしい。
「どうしたの、ソフィー」
「はい。先程リーンハルト皇子殿下の従者がいらっしゃり、クロード王女殿下に謝罪に伺うとのことでしたので、クロード王女殿下はお疲れですので一時間後に、とお伝えしました」
「そう、ありがとう。お茶を飲む時間はあるかしら」
「はい。十分に」
「じゃあお願いするわ」
「畏まりました」
ソフィーは下がり、部屋の入口に用意してあるワゴンを押してくるとすぐにお茶の準備を始めた。
揺れる馬車の中で私は考えていた。
このまま進んでいいのかと。
「デニス、お前はどう思ったかしら」
向かいに座る護衛騎士のデニスに問いを投げてみた。
「どう、とは」
「先程の出来事全てに」
デニスは少し考えているようで、すぐには答えない。
「率直に申し上げてもよろしいでしょうか」
「許すわ」
幼い頃からの護衛騎士。
父より少し歳若くいつでも真摯に私に接する職務に忠実な騎士。私は家族の誰よりもデニスに信頼をおいている。心の中では父とも思い、兄とも思い、生きるための知識も教えてくれる師とも思っている。
「私個人としましては、次の試合は負けた方がよろしいかと存じます。ですが、ミリヤム様の願望を叶えるためには、試合にのぞみ、勝利を必ず手にして参ります」
「そう。ではセリについてはどう感じたかしら」
「セリ嬢ですか。そうですね……、礼儀を知らない愚か者、ですね。恥ずかしくて見ていられませんでした。ですが、あの考え方は一考するものはありました」
「どのあたり?」
「庶民の方が凄い、というところです。確かに数で押せば、少数の貴族を潰すことはできます。ですがほとんどの者はそのような考えは持ちません。現状に満足していますから。ただもし、庶民の生活が生きるか死ぬかまでに追い込まれれば貴族に反抗する可能性はないとは言えません」
「でしょうね。私達も領民も互いに平和に生きて行きたい。だけどお父様やお兄様、弟に領地を任せたら私達の代ではないでしょうけど、子か孫のあたりには互いに争い合っているかも知れない。それだけはしたくないし、見たくもない」
膝に置いた両手に力がこもる。
そう、そうよ。
私は何のために今まで頑張ってきたの? 領民や領地を守るため。お父様達は気づいていない。いえ、気づいていても、そんなことはあるはずがないと認めない、信じない。だから私がやらなければいけないと思ったのでしょう。それを成すための最善の答えが、リーンハルト皇子殿下の婚約者になることでしょう。ならば迷うことなんてない。
「ありがとう、デニス。四日後の試合、頑張ってちょうだい」
「承知いたしました、ミリヤム様。このデニス、全身全霊を持って勝利を捧げます」
「ええ、任せます。だけど、念のため私も準備をするわ。最後の試合だもの、準備は万端にしておきたいわ」
「承知いたしました。ではそのように手配します」
「ええ、よろしくね」
そうよ、私がしっかりしなければ、領民も領地も守れない。
相手が誰であろうと、リーンハルト皇子殿下の婚約者の座は渡さない。
絶対に勝ってみせるわ。




