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九章 宣戦布告・五

時は少し戻り、セリが堀に飛び込んだ後の王宮。


その場にいた全員が目を見開き、ぽかんとした。

まさか堀に飛び込むとは想像しなかった。サンジェルマンを除いて。


「セリさんっ!」

(うっわー、何してくれるのあの子! 最悪。この場にいる全員にさらに最低最悪な印象残したよ。うわー)


僕は手摺から身を乗り出して、セリさんの飛び込んだあたりを探す。

だが、泡立った水面は時間とともに穏やかな水面に戻り、どこにも水面が荒れるような気配がない。おかしい。じっと水面を見つめ、気配を探ってみるがあの子の気配が一切ない。おかしい。じゃあ消えたってことですよね?


「サンジェルマン伯爵」


僕の隣にカールがスッと入って来た。

そして軽い微笑を浮かべて「ご安心下さい。セリ嬢は私が保護しました」と言い、くるりと後を向いて皇帝達にも同じ事を言った。

なるほど、そう来るかー。じゃあまあここは乗ってあげるか。


「本当ですか!? ありがとうございます、カール様! ああ、僕も本当に驚きました。まさかセリさんがこんなことをするなんて……」


と、言いながら申し訳ない表情を作り俯く。


「そうですね、我々もとても驚きました。セリ嬢の振る舞いにはとても、ね」


カールは僕の方を向き、ただの微笑とも冷笑ともとれるような淡い笑みを作って言った。

これはまた随分とご立腹の様で、って僕もとんでもないぐらい激怒してますけどね。ええ、ええ、もう本当にね。


「本当に、本当に申し訳ございません! 全てはセリさんの不安な心に寄り添えなかった僕に責任があります。ですのでセリさんへの咎めは全て僕にお願いします!」


僕は怒りを押し殺しながら大袈裟なぐらいの所作で、そこに居並ぶ皇帝達に深く頭を下げた。

皆からの反応は冷ややかなものだが仕方ない。

あれだけの醜態を晒せばねぇ。だけど一番お怒りなのは皇帝だ。さてどうするのか、皇帝は。


「頭を上げよ、サンジェルマン」

「はい、皇帝陛下」


皇帝の顔を見ると怒りで表情が強張っている。

少しでも気を緩めれば湧き上がる憤怒の感情そのままに喚き散らしそうだ。

この皇帝は怒りに対しての抑制はあまり効かないのだ。

それでも喚き散らさないのは、他国の王女がいるからだ。

国としての面子、皇帝としてのプライドというやつですね。


「セリへの処罰は今はしない。まだ最後の試験が残っている故な。だが、この試験が終わり次第処罰を下す。セリがこの国の者でなくても我々に向けた態度は目に余る。よいか、セリを逃がすことは絶対に許さぬ。クロード王女もそれで良いだろうか」


皇帝が背後にいるクロード王女に振り向き、話す。


「はい。私は構いません。ですが、一つ願えるならば、セリに重い処罰は与えないでいただければと存じます。セリはただの少女ですので、あまりに重い処罰は辛いでしょうから。皇帝陛下のお慈悲をセリに賜りますよう願います」


クロード王女は淡々と言い、皇帝に礼をした。

皇帝の右手の指先がぴくりと動いたが、表情は貼り付けたような笑みを無理矢理浮かべている。

暗に王女に恥知らずで下品と言われたのだからねぇ。ははっ。

「クロード王女の気持ち、心に留めておこう。リーンハルト、後のことは任せる」

「畏まりました」

皇帝は殿下の返事を聞くこともなく、この場を去った。

皇帝が去ったことでざわついていたこの場も少し、落ち着きが戻る。

「では私も下がらせていただきますわ」

クロード王女が殿下に告げ「承知した。後程、部屋に伺う」との返事だけ。

伯爵令嬢は壁際にいて頭を下げていた。

王女が去り、殿下が声をかけるまでそのままだ。

「ミリヤム嬢、本日はお帰り下さい。また、本日のことは他言無用に」

カールが微笑とともに告げる。もちろん目は冷たいが。殿下の花嫁になりたい者が、こんな自分に不利になること言うわけないでしょうと思うが、とはいえ口止めは必要だろう。

「承知いたしました」

伯爵令嬢も平静な声と態度で返事をし、下がった。

ここにいるのは皇子とカールと僕。

護衛の者も陛下や王女達の護衛について行き、誰もいない。

あー、逃げ出すタイミング逃したなあとは思ってますが、隣にカールがいるから逃げられなかったんだよね。

もちろん向こうは逃がすつもりがないから、僕の隣にいるんだけど。ああ、面倒だなぁ。


「さて、サンジェルマン伯爵。これは一体どういうことかご説明いただきたい。セリ嬢のあの態度、見過ごすわけにはいかない。リーンハルト皇子殿下に対するあの様な振る舞い。元がどこの者とも知れぬ卑き者とはいえ、婚約者の座を競い合う場に出場するにあたり、最低限の教育は施したはず。それなのにあの無礼極まる言動と態度。また皇帝陛下からも処罰するとの下知。もし万が一、セリ嬢が勝ち抜いた場合、あの無知蒙昧で愚かな者がリーンハルト皇子殿下の婚約者となる。このヘルブラオが誇る高潔で聡明な皇子殿下の隣に立つなど決して許されることではない!」


流石に外なので声の大きさやトーンは落としているが、逆にそれが言葉に圧をかけることになり、怒りの凄みが増している。まあ、話す前にカールが情報漏洩防止の魔法を使ってたけど、音声は遮断できても視覚は遮断できないから、平静に話しているような見た目にはしておきたいよねー。まあどうでもいいけどさ。さて、どうしようかね……?


「申し訳ございません!」


僕は二人に向かって深く頭を下げた。

とりあえず謝罪謝罪ってね?


「高貴なる方々に無礼を働き、弁解の言葉もございません! セリさんの躾が上手くできなかった責任は全て僕にあります。重ねてお詫びいたします。ですが、一つだけ言わせていただきます」

頭を上げ、カール、皇子の目を見て言った。

「セリさんはとても得難い子です。彼女は自分で考え行動できる子です。リーンハルト皇子殿下の隣に立つにはそれぐらいの度胸がないと務まらないかと。それに、見てて飽きませんよ」

僕はにっこりといい笑顔を作った。

それなのに二人は僕を見下す冷たい表情。ひどいや。でもめげずに話を続ける。

「礼儀作法の心配ならカール様やリーンハルト皇子殿下で躾ればよろしいのではないでしょうか。全てにおいて完璧な皇子殿下直々の手ほどきなら、きっとセリさんも立派な淑女になります。……まあでも最後の試験に勝たなければなりませんけど」

カールは見下す表情がさらに深くなった。皇子も冷たい表情のままだが、口元だけうっすらと笑みの形になった。

「確かに、飽きないという点は間違いではない。だが、アレが私の隣に立つなど不快ではすまない。……不快過ぎて消したくなるな」

カールは皇子の言葉と放つ雰囲気で何かを察したのか、皇子に注意を払っている。

「そうですか。僕としてはセリさんがリーンハルト皇子殿下と末長く寄り添う姿を見れればと。そこに、お二人の御子がいればもっと素晴らしいでしょうね。まあ、それもこれもセリさんが勝ち抜けばの話ですが。そのセリさんですが、カール様が保護されているのですよね。ありがとうございます。あとは僕が面倒を見ますので、お渡し下さい」

さあさあ、どうするどうする? どうやって誤魔化す?

僕は目の前の二人がどう出るのかが楽しみで仕方ない。

「セリ嬢は落ちたときの衝撃で、身体を休める必要がある。だからこちらで身体を癒してからそちらへ帰す。面会も必要ない。安心するがいい」

カールが答える。面白味のない回答だが、そういう回答しかないよな。

「そうですか……。セリさんの自業自得とはいえ心配です。四日後の試合までには治るのでしょうか。ああ、ああ、やっぱり心配です。ひと目だけでもいいのでセリさんに合わせてもらえないでしょうか、カール様。セリさんの後見人としてカール様やリーンハルト皇子殿下にお任せするなど無責任なことはできません。お願いします、カール様、リーンハルト皇子殿下、セリさんを僕に返していただけませんか。お願いします!」

ここで引いては面白くないので、大袈裟な身振り手振りをつけて、二人に懇願する。それにセリさんを見つけないと不味いのは本当。

向こうは子供がいなくなればすぐ警察に行きますからね。騒がれるのはこっちとしても本意ではないんで。

「リーンハルト皇子殿下を信じられないと? それはセリ嬢同様、リーンハルト皇子殿下に対する不敬とみなすが、サンジェルマン伯爵」

カールが間髪入れずに答える。

ふふん。そんな脅しなんて効かない効かない。拒めば拒む程、僕は食いつくよー。ははっ!

「そのようなことはございません。ですが、私は皇帝陛下からもセリさんのことを託されていますれば、セリさんの無事な姿も見ずに下がることはできません。何卒このサンジェルマンにセリさんを返していただきたく……」

カールはチラッと皇子に視線を送った。

それを受けて皇子が口を開いた。

「カール、合わせてやるといい。ただし、部屋の外から一目だけだ。具合が良くなり次第お前に知らせよう」

「畏まりました」

ふーん。なるほど。適当な替え玉作ってそれを僕に見せて納得させる、か。まあ妥当なところか。

「ありがとうございます、リーンハルト皇子殿下。ではどちらへ向かえばよろしいでしょうか、カール様」

僕は心底安堵したような笑顔を浮かべて二人に礼を言う。

「控えの間で待て。セリ嬢の様子を確認してから使いを出す」

「畏まりました」

僕は二人に一礼する。

「カール」

皇子が呼ぶとカールは一緒にこの場を去った。


僕は誰もいなくなったテラスで大きくノビをした。そしてまたセリさんの飛び込んだ堀を見る。

さて本当にセリさんはどこに消えたんでしょうね。

んー、怪しいのはあのちびっこ二人組かなあ。やっぱり。

どっちも普通なんだけど、普通じゃない。普通に見せているだけ。やっだなー。セリさん、何やってんですかね、もう!

はあ……。これからどうすればいいのか少し悩みますが、とりあえずセリさんの偽物を見に行きますかね。

僕はバルコニーから城の中の控え室へと足を向けた。

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