九章 宣戦布告・三(アロイスとマユキ)
「セリが来た」
「んふぁ、んん。本当?」
「ああ」
俺は食べてたクッキーを飲み込みマユキに確認した。
マユキはベッドの縁に座り、カイの所から持ってきていた食事のレシピをまとめた本を閉じた。
「んじゃ迎えに行こうか」
俺も読んでいた本を閉じて机に置き、長椅子から立ち上がりマユキを見るが、顔つきが険しい。
「違う。ここには来ない。皇宮だ」
「は? 皇宮?」
「ああ」
てことは、あのサンジェルマンに無理矢理連れて来られたか。
セリがこっちに来る場合は、必ずカイの家に来てから他の所に行くからな。
まあ、カイの家以外に行くことはそうそう無いけど。
「へぇ。マユキ、見れるか?」
きっと、いや絶対ロクなことしかないよな。
それならしっかり対応しなきゃな。
「いや、無理だ」
「なんで?」
「セリと繋がっていないから」
「何で繋げない?」
「今の私がセリと繋がれば、セリには抱えきれない私の業も流れる。お前がいてもな、アロイス」
「そっ、か……」
「お前は出来ないのか?」
「俺が出来るならそうしてる。だがまだ無理なんだ。だからといって母様にあんな穢れた場所に関わらせたくない。……母様はいいって言うだろうけど、俺は絶対に嫌だ」
母様の想いや優しさを踏みにじり、恩を仇で返したあいつら。
絶対に赦さないからな!
と、今は母様ではなくセリの方だ。
「そうか。それなら私が飛ぶか」
「飛ぶ?」
「そうだ。セリの居場所はわかるから、そこへ私の魂の一部、分身みたいなものだな。それを飛ばす」
「おお」
あっさりとマユキが解決策を出したので、セリの様子を見ることはなんとかなりそうだ。
「あ、でもあいつらに気取られたりしないのか? あっちには魔法使いもいるしな」
まだ俺達の正体がばれるわけにはいかない。
「それはない。たかが人間ごときの結界や感知魔法などにかかるわけがない。それに魂の一部だけだから気配は希薄だ」
「なるほど」
「ではもう飛ぶが、私の身体と繋がれば景色は見えるぞ」
「この前と同じか。ならここに座れ」
俺は長椅子に座り、右手でとんとんと叩いた。
マユキは素直に隣に座り「手を」と言って、自分の左手を俺に出した。
「ん」
俺はマユキの左手を握り、目を閉じた。
すぐにマユキに同調し、周りの景色も変わった。
ちょうど皇子の従者が出場者について説明し始めた所だ。
「今回の試合は剣術勝負となります。試合には候補者の方々ではなく代理人での試合となります。ですので、騎士、あるいは剣士の方が出場となります。すでにクロード王女殿下とミリヤム姫からの代理人は決まっています。あとはセリ嬢のみです。もうお決まりですか」
なるほど。
下準備は全て終わって、説明会という形のただの報告会か。
でもセリはそう思ってなかったんだな。
あー、そこらへんは教えてなかったなー。
とはいえ今更いってもなという状況だ。ごめん、セリ。
「ん、あいつ……」
「魔法を使ったな」
マユキも気づいていた。
セリに拘束魔法をかけた。
軽いものとはいえ、セリに魔法をかけるなんて許せない。
「ちっ、あいつ何者だ?」
「無害であり有害。それよりもセリだ」
「ああ、そうだな」
確かにマユキの言う通り、今はセリの方が心配だ。
「どうする?」
「そうだな、私のかけた守護魔法の式を一部変えた。あとはセリが強く魔法が壊れろと願えば魔法は壊れる」
「すごいな」
「そうか」
マユキは淡々と返す。
比べて俺は全く役に立たないな……。
うー、おちこむけどそれは後だ。
「うわ、セリ凄い! 最高!」
「流石だな」
俺は笑いが込み上げ笑った。
だってさあ、いきなりテーブルを蹴るなんて普通はしないし、考えつかない。
しかも皇帝達相手に言い返しもする。
ありえない、ありえないことだらけで笑えるね!
だが、あいつらは笑えないだろうなぁ。
たかが小娘と眼中にも無い、足元を這うような存在の者にここまで馬鹿にされたんじゃな。
そしてセリは言い切った。
言ってはいけないあの言葉。
「とにかく! 私は私のやりたいようにさせてもらうから。私の人生かかってんだから。あんた達の茶番になんて付き合ってられないのよ、こっちは!!」
そう、この壮大な茶番劇。
ここまで見てればわかるよなー。
皆、思惑があってこの茶番劇に参加している。
だから、これがくだらない茶番劇だとわかっていてもそれを口には出さないが、セリは違う。
進んで参加したんじゃないもんな。
理由はどうあれ、望んで参加したわけじゃない上にこんな乱暴な扱いを受ければこうなるだろ。ふふっ。
こうまで言われてもあいつらは茶番劇を続ける。いや、続けなくてはならないのだ。
そしてまた驚きの光景が目の前にあらわれる。
「え、セリ!? なに、嘘だろっ!?」
椅子を放り投げるなんて。
「あはっ、あはははははっ、あははははっ!」
それに皇帝達を信用出来ないって正面切って言い放つなんて凄すぎるよ、セリ。
おまけに国民の方が偉いとか、普通そんなこと思いもしないし、ましてや国民に食べさせてもらってるなんて! 傑作だね!
セリの言葉はいちいち俺に気づかせ、考えさせる。凄く面白くて楽しい!
「そんなに面白いのか、セリの考えは」
マユキが言う。
「ああ、凄く新鮮。こっちじゃそんなこと考えもしないし思いつきもしない。皇族は偉いもの、尊いものが当然でそこに疑問なんて浮かびもしない」
「なるほど」
「ああでも、国民が偉いなんて俺は思ってないけど。だからといって、皇族貴族が偉いとも思ってない。確かに、皇族貴族よりは国民の方が性根は腐ってないかもとは思う程度」
「そうか」
「ああ。それにしても本当にこいつら腹立つなぁ」
マユキと会話しながらも、しっかりこの茶番劇を見ているわけで。
本当、コイツら腐ってるな。
味方のいない少女を大勢の権力者、しかもその頂点にいる者自らいたぶっているんだからな。
助けに行きたい、全部ぶち壊してしまいたい。
心の思うまま行動出来ればどんなにいいことか。
だけどそれは出来ない。
セリが望まないから。
だからただじっとセリの行動を見守るだけ。悔しいけど。
皇子が従者を使ってセリを連れ去ろうとしている。
こんな大義名分の立つ好機を逃すはずないよな。
「マユキ」
「わかっている」
もし捕まったら、殺されはしないだろうけど何かされるのは確信。今は、殺されないだけで。
俺達はじっと気を張りながら見ていたが「ぶはっ」と思わず笑いが込み上げた。
だってさあ、
「ううん、そうでもないけど貰い物だからね。無くすのもちょっとね。でもいいや。くれた人には謝ってまた新しいの貰うから」
って言って従者を脅してるんだもん。
可愛い、可愛い、頑張ってるなあ。
真剣なセリを笑うのは悪いけど、これ、多分俺が教えたことを実行したんだろうな。
もし捕まって逃げられないときは、相手の気を引け。話が通じる相手なら何とか興味を引いて交渉しろって。
可愛い脅しだが、従者には効いてるよな、だってあの顔だもん。
今すぐにでもセリを殺したいって顔してる。
皇子の方は変わった様子はないけど内心では殺してるよな、きっと。
そしてセリは部屋を飛び出すと窓の鍵を壊してバルコニーに出、逃げるためにバルコニーから堀へと飛び込んだ。
同時に俺の頭の中に優しい声が響く。
ウィシェル、娘を保護したがどうする。
「こっちに送って欲しい、けどちょっと待って。マユキ、今回も今のことはセリには秘密な」
「わかった」
「よし、じゃあ何事も無かった様にするから、お前はまたベッドの所で本読んでろ。俺も長椅子に横になって、と。うん、これでよし。セリを頂戴、母様」
では送ろう。
ふふ、お前の話を楽しみに待っているぞ、愛しい子。
「母様……!」
俺は少し狼狽えたがすぐに目の前にセリが現れた。
俺達のだらけた格好を目の当たりにしたセリがきょとんとしている。
すぐにマユキがセリに抱きつき、俺も側に行く。
にしても本当、あいつ変わり身早いよな……。
「ね、あのさー、セリさん? 俺も撫でて欲しいんだけど?」
「ゔっ!? ちょっ、近付いて来ないでよアロイス!」
セリは顔を赤らめ、すぐに顔を下に向けた。
照れてる、のか?
だとしたら凄く嬉しい。
それって意識されてるってことだよな。
あ、でも単に俺の可愛すぎる美貌に耐えられなかったか。もしくは両方か。ちょっと試すか。
「え、何それ。酷くない? こんなに可愛い俺のおねだりを一瞬で無碍にするなんてー。納得いかない〜」
セリは顔をあげ、すんっとした表情になった。
ああ、俺の可愛すぎる美貌にあてられた方か。残念。まあ、俺の美貌なら仕方ないかと思いながらも早く慣れてもらうには……と考えつつ長椅子に戻る。
さて、ここからが本番。
「ねぇ、セリ。何かあった?」
「————」
セリは今の笑顔が嘘の様に一瞬で表情をなくし、血の気も引いている。
俺はすぐに長椅子から立ち上がり、そっとセリを抱きしめる。
「セリ」
身体は緊張で固く強張っている。
大丈夫だよ、もう怖くないから。
心の中で呟く。
「アロ、イス」
「うん」
俺はセリの緊張をほぐすため、セリの波を探そうとしたが、え……?
セリの手が俺の背中に回ってる。
恐る恐るだけど、縋る様にきゅっと服を掴まれた。
セリ……。
セリのその動作がたまらないほど俺の感情を昂らせた。
俺に甘え、頼っているのだと思うとこのまま思い切り抱きしめたい欲が大きくなった。けど、それはセリの弱々しい声が耳に入ると、一瞬で慰め癒したいという感情に戻った。
「また、ね。怖い目にね、あっちゃった……」
「うん」
ごめん、セリ。
あの場にいたのに何も出来なくて。本当にごめん。
でもすぐに怖い気持ちを無くしてあげるからね。
とんとん。
俺はセリの背中を優しく叩いて波を探す。
「……そこで、ね、話、自分の意見を言った、ん、だ……」
「うん」
とんとん。
ん……もう少し緩やかかな……。
「でっ、でも、そこでは私の話は『聞く』だけで、なんにも聞いて……対応してはくれなくて。ダメならダメの理由も言わない、で、さ……。ただ、ダメ、なんだって。ダメだから、黙ってろって……」
「うん」
とんとん。
うん。まだ波は合わないけど、大分緊張や恐怖心は無くなってきたな。
「っ……ふっ……」
セリは泣き出した。
よし、感情が出るならもう大分いい。
セリの涙が俺の服に染み込み、その温もりと冷たさが俺の心にもじわりと染み込み波立たせる。
セリ、セリ。
どうしたらセリの心を守れるんだろう、どうやったらセリの望みを叶えられるんだろう。
どうしたら、どうやったら、どうすれば……。
俺の心も乱れるけど、今はセリを癒やしたい。
俺は泣くセリを受け止め褒める。
うん、セリは凄い。
セリは何も悪くないよ。悪くない。
言葉には出さず、心の中で褒め続ける。
言葉にしない言葉は想いとなって、セリの波に同調してセリの心を落ち着かせ癒やす。
「あんしん、してきた、な」
「そう、良かった」
「うん……」
「……少し、眠るといいよ、セリ」
俺はセリの頭をそっと優しく叩く。
「……ん……」
セリの意識は回復のための眠りに落ちた。




