九章 宣戦布告・二
バシャン!!
自分が飛び込む音と水に飛び込んだ衝撃を身体に感じた。
水は思ったほど冷たくない……っていうかむしろあったかい。ぬるま湯? え?
助けてやろう
(んっ!?)
頭の中に直接響いた優しい声。
その声を聞いた次には、目の前には長椅子にだらっと横になりながら本を読んでいるアロイスと、ベッドの縁に座って本を読んでいるマユキ。
一瞬で水の中から、この世界では一番信用できる人達と安全な場所に移動していた。
ポカンとしたアロイスと視線がバッチリ合うがそれよりも早く左脇腹に軽い衝撃と「セリ!」と呼ぶ可愛い声が聞こえた。
「マユキ」
マユキは満面の笑顔で私を見上げている。
かっわいいなぁ、ホント。
その可愛いさに条件反射と言っていいぐらいにすぐにぎゅっと抱きしめる。
「わぁ〜い、セリだぁ」
と言って頭を擦り寄せられてもうもうどうしろとっ……!
私もマユキに負けじと頭を撫でて抱きしめる。
「ね、あのさー、セリさん? 俺も撫でて欲しいんだけど?」
至近距離の声の方を振り向けば、ふんわりとした金髪に透き通る緑の瞳がちょっと上目遣いで拗ねておねだりなどと。
「ゔっ!? ちょっ、近付いて来ないでよアロイス!」
至近距離の美形という不意打ちに耐えられるほどの耐性はまだないので、さっと顔を下に向ける。
絶対顔が赤くなってる、いやなったと確信できる。
だって身体の熱が上がったもん。悔しいけど。
「え、何それ。酷くない? こんなに可愛い俺のおねだりを一瞬で無碍にするなんてー。納得いかない〜」
その言葉を聞くと上がった熱も一気に引いた。
これが小悪魔というやつなの? 私にはまだわからないわ……。
拗ねながらもまた長椅子に戻ったアロイスが訊いてきた。
「ねぇ、セリ。何かあった?」
「————」
その言葉でさっきまでのことを思い出した。
瞬間、身体から力がびっくりするぐらい抜けたけど、倒れなかったのは抱きついているマユキが、ガッチリ支えてくれていたから。
意外に力あるなあとか思ったけど、考えれば黒竜だもんね。
何があってもおかしくない。
「セリ」
ふわっと優しい熱が身体を覆った。
長椅子からまた戻って来たアロイスが、正面から優しく抱きしめてきたのだ。
「アロ、イス」
「うん」
その優しい温もりと声や雰囲気に流されたのか、私も右腕をこわごわだけど、アロイスの背中に回して洋服を掴んだ。
アロイスの顔は私の右横にあるけど、私の方は向かないで正面、私の背後に向けてくれている。
「また、ね。怖い目にね、あっちゃった……」
「うん」
とんとん、とアロイスが優しく背中を叩く。
「……そこで、ね、話、自分の意見を言った、ん、だ……」
「うん」
また優しくとんとんとされる。
「でっ、でも、そこでは私の話は『聞く』だけで、なんにも聞いて……対応してはくれなくて。ダメならダメの理由も言わない、で、さ……。ただ、ダメ、なんだって。ダメだから、黙ってろって……」
「うん」
また優しくとんとん。
ガチガチに固まって、トゲもできてた心が柔らかくなって、トゲも解けていくよう。
ついでに私の頭はだんだんアロイスの肩に埋まっていく。
「……私、あんなに、話、聞いてもらえなかったのって、初めて、だった。どんなに話しても、無視されて。嫌だって言っても、聞いてくれなく、て……っ……」
「うん」
とんとん。
っ……!
もうダメだ。また、泣く。泣きたくなんてないのに……泣くなんて、恥ずかしいよ……。
「っ……ふっ……」
でも一度出始めた涙は止まらない。
止めたくても止められない。
自分の身体なのに。
「よしよし。セリはすごく、すごく……怖かったんだね」
「ん…………」
「でも頑張って話してきたんだ」
「ん…………」
「凄いじゃん。あの皇帝と皇子に言ってきたんでしょ? 普通はそんなことできないし、あいつら前にして会話っぽいこともできたなら凄いよ、セリ」
「そ……なの……?」
「そうだよ。自分の命が大事ならあいつらに意見なんてしないからね。あ、でもセリの命は俺達が守るから安心していいよ」
「うん。安心していいよ!」
下からマユキの可愛くて頼もしい言葉が来た。
「ありがと、マユキ……」
顔は上げられないので、左手で頭を撫でる。
「うん、安心してね」
「うん」
そりゃ、ドラゴンに勝てる人間はいないよね。滅多にいない。うん。
なんか……
「あんしん、してきた、な」
「そう、良かった」
「うん……」
マユキの言葉だけじゃない。
背中から宥めてくれる、アロイスの手もあるんだろうな。
あったかくて、優しい……。
「……少し、眠るといいよ、セリ」
アロイスが触れるか触れないかの力で、とん、と頭を叩いたら、なんだかもうなにも考えられなくなって……。
「……ん……」
意識が落ちた。




