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九章 練習試合・四(アロイスの気持ち)

セリへの特訓を始めてから四日が過ぎた。

毎日毎日、短時間ではあるけど俺に扱かれにセリはやって来る。

普通? の女の子がよくもまあこの特訓についてこれるなーと感心するよ、本当。

特訓という名の扱きだとカイは言うけど、そんなの俺だって自覚してるし、誰が好き好んでセリを痛めつけたいものか。


だけど。


皇子からセリを護るならそれぐらいしなきゃ駄目なんだ。

泣き言を言おうが、恨まれようが構わない。それがセリのためだから。

なにせ、皇子の剣の腕は凄い。

生半可な腕前で挑んだらあっさり殺される。今のセリの腕前なら確実に殺される。

それを説明しても、セリは自分が試合に出ると言ってきかない。

そもそも御前試合なんだから、皇子が出て、セリと試合をするなんてある訳がない。

だからこんな特訓なんて本当は必要ないんだ。

本来なら。

でも、セリ自身が試合に出るなら、皇子は絶対に何か理由をつけてセリと試合をするだろうし、そうするだけの理由が皇子にはある。

自分の生死に関わる秘密をセリに見られているんだ。遅かれ早かれ殺されるだろう。

民衆の前で殺しはしないと思うが、セリが音を上げても無視して絶対に死ぬギリギリまで痛めつけはするはずだ。

そんなの絶対に赦せないし、赦さない。

もう俺の目の前でセリがそんな目に合うなんて二度ごめんだ。

でも、そんな目に合っても俺は止めにも行けないし、助けにも行けない。

だって、セリがそれを拒むから。

いくら自分で仕返ししたいからって、確実に痛めつけられるのがわかってるのに行く馬鹿なんて普通いないよ? しかも女の子が。ありえないね!

だけどセリはそのありえないことをするし、してきた。

その中でも一番なのがマユキだ。

普通、自分を殺したヤツのことを助けるなんてしない。逆に殺すはずだ。もしくは一生生き地獄に落すとか。

少なくとも、俺ならそうする。相手にどんな理由があったって、なんで自分を殺したヤツを助けなきゃいけないんだ。相手も同じかそれ以上の苦しみや絶望を味わって当然なのに。

それなのに、セリは助けた。

放っておけないからって。

ありえない。

頭がおかしい。

異世界の子だから変なのか?

仮にセリの世界ではそんなことをするやつが普通でも、ここではただの馬鹿だ。大馬鹿だ。

そんなお人好しなんて、ここじゃ何回でも殺される。生きることなんてできやしない。

だからセリは死んだ。当然の結果だ。

俺の力が足りなかったからじゃない。

いい友達になれると思ってたのに。死んじゃったんじゃもう無理だね。残念だけど。

セリが殺されて生き還るまでの間、俺はセリを抱きしめながらそう心の中で毒づいていた。


だけど。


俺は全力でセリを護ると言った。

どんなときでもセリの気持ちを最優先にする。

だから、セリはしたいようにしていいんだ。

俺がセリを護るから。

そんなことを言っておきながら、俺はセリを護れなかった。


あのとき。

セリの心臓が止まったとき。

俺の心臓も止まったかと思った。

全身から血の気が引いた。

頭が真っ白になった。

「セリッ!!」

ただ、名前を叫ぶしかできなかった。

今まで生きてきてこんなに何もできないなんてことはなかった。

仕事のときも。

あいつを殺したときも。

こんなに心が乱れ、どうにもできない気持ちを持ったのはセリが初めてだ。

くだらない言い訳を心の中で吐き出す。

今思っても、その行為が俺にとっては驚きだ。

死んだやつに思いを残したり、言葉をかけるなんて無駄な行為だ。

なのに、セリに対しては俺が無駄と思う行為を自然としていた。

確かにセリは俺にとっては特別だった。

けれど、死んだ後に思いを残すほど特別だったわけじゃない。

いや、でも。初めてセリという存在を知ったときから、気にはなってた。

セリの身辺を調べてこいという極秘の依頼がギルドにきた。

王宮がギルドに依頼するなんてよっぽどのことだ。

王宮の仕事なんて外に漏らせない内容ばかりだ。それに王宮には王宮直下の諜報部があるし、要人なら個人で契約している諜報員がいるはずだ。第一皇子なら、カール様か、カール様の飼ってる諜報員を使うはず。外に依頼するなんてありえない。それなのにギルドにも依頼してくるってことは、なりふり構ってられないほど困ってるってこと。

依頼がくるほど謎の少女。

当然俺も興味を持った。

ま、皇帝推薦の第一皇子の結婚相手候補とくれば、どうしたって興味がわくよね。

で、会場でセリを見た瞬間。

心をつかまれた。

それこそ全身に、電流が流れたときと同じような刺激っていうのか。

あの子は普通じゃない。

容姿や服装のことじゃない。

第一皇子に盾ついたことでもない。

この俺にこんな刺激を与えたことで、普通じゃないし。

直感で『逃がすな』ってひらめいたときにはもう、セリの方に踏み出してた。

捕まえて、一緒に逃げて。


そして今、ここにいる。


「痛っ!」

セリが握っていた剣を、第一皇子の姿をした土人形に叩き落とされた。

実戦もさせなければいけないので、カイに皇子よりやや力を落とした土人形を作ってもらい、それを相手にセリには稽古をさせている。もちろん、外見も皇子そっくりに。それを見たセリは、今まで皇子にされたことを思い出し、怯えが出ていたが、今はもう吹っ切ったのか、ガンガン攻めていってる。負けっぱなしだけど。

セリは落とした剣を拾い、すぐまた土人形に向かって行く。


そんなセリを見て、俺は思わず笑みが出た。

負けず嫌いで一生懸命で、真っ直ぐで。

その必死さが微笑ましくて、おかしくて、可愛いくて。

ずっと見ていたい。

目を離したくない。

大事な友達だから。

そう思えていたのはいつまでだっけ。

今はもう違う。いや、違わなくないけど。

大事な友達で、大事な女の子。

第一皇子になんて渡さない。

俺以外の男になんて渡さない。

あれでも、セリって向こうに付き合ってる人とかいたっけ?

いても関係ないか。俺が奪っちゃえばいいんだから。


「うっ!」

また土人形に負けて、セリは地面に尻もちをついていた。

尻もちをついても下は草が生えてるし、土もしっとりとしているので怪我なんてしない。してもカイ特製の回復薬ですぐに治るので問題ない。

また、形が崩れてきたから実戦はそろそろお終いかな。

「セリ! 実戦はお終い。また形稽古始めるよ!」

俺は凭れていた木から離れると、セリに向かって歩き出す。

セリは俺に気づいて座ったまま振り向いた。

不服そうな顔で俺を見上げている。

「はーい。そんな顔しても駄目。形が崩れてきたから、負けっぱなしなんだよ」

「ふん!」

言われなくてもわかっているとばかりに、俺から顔をそらす。

可愛くないけど、可愛いその態度。

……ちょっとお礼をしとこうか。

「セリ、ここ、赤くなってる。痛い?」

俺はセリの右手を取る。多分さっき土人形に叩かれたとこだろう。これは確実にアザになるレベルだ。稽古で仕方がないとはいえ、そんな怪我を見るとすぐにでも治してあげたくなる。

その赤い部分に俺はそっと口づけた。

騎士が王女に口づけるように、うやうやしく、高潔な感じで。

「っ……!!」

セリの身体がビクッとはねた。

俺はそっと目を開き、いい上目遣いと微笑みを浮かべながらセリを見る。

思った通り、セリは顔を真っ赤にして、驚きで身体を硬直させている。心なしか、体温も上がってきているようだ。さっきより手があったかい。

「セリ?」

硬直したままのセリに声をかけると、この声で正気を取り戻したのか、俺の手を振りほどき、物凄い勢いで立ち上がって俺の喉元に剣を突きつけた。

「さっさと稽古しようか、アロイス」

悪魔のような形相というのか。

可愛げのかけらもない赤い顔で、剣を突きつけながら俺を見下ろす。

「ふふ。セリ、かーわいいなぁ。こんな程度で顔、真っ赤にして照れちゃって」

俺は右足でセリの剣を軽く蹴り上げ、立ち上がる。

セリは後に下がって、心底イライラした顔で俺を睨みつけた。

「いい加減にしないと怒るからね。さっさと稽古を始めようか。時間ないんだからね?」

「はーいはい。じゃ、始めるから」

本当はもっとからかって遊びたい。でもここらが引き時かな。

「セリ」

セリはからかわれて怒ってイラつきながらも、俺に右手を突き出した。

うん、ちゃんと怪我は治ってる。……セリは気づいてないけどね。

ちらっと治癒の確認をしたあと、俺は突き出された手を握り、感覚を繋ぐ。一時的にセリの身体を支配して、徹底的に剣の形を覚えさせるのだ。

「じゃ、やるよ。途中でへばらないでね」

「へばらないよっ!」

そんなくだらないやり取りをしながら俺達は稽古を始めた。

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