二章 ミリヤム・一
勉強会初日。
迎えに来たサンジェルマンと一緒に城に向かうと、入口で迎えの人が待っていた。
その人に案内された部屋に入ると、中には初老の男性がいた。
今まで案内された部屋に比べると内装は地味だが、その代わり部屋は本棚が壁一面にあり、重厚な装丁の本がぎっしりと詰まって並んでいる。いかにも書斎、勉強部屋という感じだ。
「では先生、よろしくお願いします」
サンジェルマンが挨拶し、お辞儀をしたので私も一緒にする。
「短い間ですがよろしくお願いします、フロイライン。私が教えるのはこの国の歴史関係です。では早速ですが始めましょう」
私は目の前にある椅子に座り、勉強の準備を始める。今日と明日の勉強は集中力がいる。
なにせ私はこの国の文字がわからない。見た感じドイツ語っぽいけど意味は全く違うかも知れないし。
サンジェルマンからもらった(押し付けられた)あの指輪が自動翻訳の役目を果たしているそうで。あれを身につけていれば言葉はわかるのだ。
同時に私の言葉も向こうの言葉に変換されているらしいので、会話だけなら不自由はない。
この世界に初めて来た日も、こっそり私の服のポケットにこの指輪を入れていたらしいし。だから会話が出来てた訳で。その時はそんなことまで頭回らなかったけどね。
ていうか、この指輪、ホントに怖い。
指輪がそんなこと出来るなんて、本当にゲームの世界だ。
ま、確かにそんな力もありそうな程、綺麗な指輪なんだけど。
そんな訳で聞き取りながらノートも確実にとらなければいけない。かなりキツイかも。
「まずこの国はヘルブラオという名前の国です。この国は水の精霊の加護をいただいています」
「水の精霊?」
「はい。フロイラインの国には精霊はいないのですか?」
「うーん、そういう伝説とかはありますが、私は実際に見たことないからなぁ……」
「そうなのですか。ですがこの国には確かにいらっしゃいます。そして皇帝陛下は水の精霊の加護が一番強いのです。そしてそのお力の一部を使う事が出来るのです」
「嘘っ!?」
「本当です。そして使える力が強いと精霊の影響を強く受け、容姿が変わるのです」
「へぇー」
「肌は透き通るように白く、髪も瞳も水色、空色とも言えますかね。そういう色が出ます。現皇帝陛下と皇子殿下方には出ておりませんが、前皇帝陛下の瞳はとても美しい透き通るような水色で髪は淡い金色でした。後程、歴代皇帝陛下の肖像画の飾ってある肖像画の間に案内しますので詳しくはそちらで」
「はい。あと今、皇子達と言ってましたけど、他にも皇子がいるんですか?」
「はい。現皇帝陛下のご家族は、ジギスムント・ゲオルク・ストック・フォン・ヘルブラオ皇帝陛下、サラ・シルヴィア・フォン・ヘルブラオ皇后陛下、第一皇子リーンハルト・マティアス・リーリエ・ヴェインローゼ・フォン・ヘルブラオ殿下、第二皇子ユリウス・ジギスムント・アニス・フォン・ヘルブラオ殿下です」
「へぇ……」
(つか、何で王侯貴族は名前長いのよ! でもこれは覚えておかないと流石にマズイだろうしなぁ……)
「あとは近しい所で先代の皇后陛下、現皇帝陛下の母君がいらっしゃいます。先代皇帝陛下は崩御されております」
「ふーん。あ、じゃあお祖母さんもここに住んでいるんですか?」
「いえ、先代の皇后陛下は水の森の城に住んでいます」
「水の森?」
「はい。水の森は、その名の通り水に囲まれた森で、ここに我が国を加護してくれる精霊が棲んでおります。そして森の中心に城があり、そこに皇太后陛下が住んでおります」
「へぇ……。どんな所だろう。想像がつかないけど」
「そうですね。花と水に囲まれた美しい城だそうです。ただ、そこは皇族と許可された者しか住めません」
「ふぅん……」
精霊がいるんだから、そう誰でも住める訳はないだろう。
「また、この城で祭事等を行います。元々はこの城が本城だったのですが、人が増え、この地で生活するには不便も多かったので、今この場所に生活の場を移したのです」
「なるほど……」
話しを聞きつつもノートを取る手は止めない。
そんな感じで時間いっぱいまで勉強をし、この日は終わった。
翌日。
また、城に来て勉強している。
今日はマナーや一般常識等の勉強だ。
あぁ……、何だって身分の高い人はくだらないマナーが多いのか。
一般庶民から言わせてもらえば非効率的だ。
いや、王侯貴族そのものが非効率的な存在かもしれない。無礼かもしれないけど今の私にはそうとしか思えなかった。
「あー、疲れた……」
私は今、書斎を出、一番近いサロンで休憩をしている。
用意してもらった紅茶とお菓子はとても美味しかった。
疲れているから余計にそう感じるのかもしれないけど。
「テスト勉強でもここまで集中してはやんないのに……」
何が悲しくてこんな勉強をしなければいけないのか……。
「仕方ない。チケットのためだ。やるしかない」
そう。
チケットはサンジェルマンの言う通り、私の手元に来た。
正確にはまだないけど。
昨日、家に帰ったらお兄ちゃんが私にチケットをいるか訊いて来た。
お兄ちゃんの友達が彼女と行くために取ったんだけど、彼女が急用で行けなくなったので、自分一人で行く気にもなれないからと、お兄ちゃんにチケットを買わないかと打診して来たそうだ。
私がそのバンドの大ファンだというのは知っていて、なおかつ今回のチケットが取れなかったのをお兄ちゃんは知っていたので譲って貰ったそうだ。
(もちろんお金は払ったけど、お兄ちゃんには日頃世話になっているとかで多少安くしてくれた)
しかも席もかなりいい。真ん中で最前とか嬉しすぎる!
もうその日は興奮しすぎてなかなか寝れなかったわ。だって最前よ、最前!! ど真ん中の最前ならあのアヤトが私の目の前にいるわけで。それ考えたらもう寝れないって。ああー、アヤト。アヤトが私の目の前に……。
現実逃避で顔がにやけた時、それを許さないかのように扉をノックする音が聞こえた。
厳しい現実が私を夢から引き戻す。
私は机に突っ伏していたが、仕方なく起き上がりどうぞと返事をした。
入って来たのはミリヤム姫とその侍女らしき二人。
「こんにちは。ここ、いいかしら」
「こんにちは。はい、どうぞ」
返事はしたけど、ミリヤム姫は私の返事など待たず、さっさと向かいの席に座っていた。
ミリヤム姫は侍女らしき人にお茶の用意をさせると、お茶が注がれるまでじっと私を見ていた。
その視線は明白に値踏みをしていた。
(ま、そうだよね)
私がそういう対象なのは十分理解しているので、いい気はしないが気にしないでおく。
それに今はそれ所ではない。まだまだ勉強しなければいけないのだ。
ミリヤム姫も正面に座ったはいいが、話す気配もなさそうなのでここに長居しても仕方がないし、時間ももったいない。机に置いたノートを持って席を立とうとした時、姫に声をかけられた。
「もう行くの? まだいいじゃない。私、あなたと少しお話がしたいわ」
にこりと品よく微笑みながらも、その微笑みからはじわりと毒が滲み出ていた。




