九章 招待状・四
「えっと、じゃあ、あらためて。今日来たのはこの封筒の中身を確かめたくて来たの」
私は席についてるアロイス、マユキと、やっぱり台所から動かないカイの顔を順番に見て言った。
「内容はわかったからいいんだけど、剣術って、これ、いわゆる御前試合みたいな感じ?」
「そうだね。それにしてもまさか剣術とはね。まあ最後の試験てこともあるし、盛り上がりは凄いだろうね」
「うっ……」
余計なプレッシャーはかけないでほしい。
「で、どうするの、セリ」
「どうするのって?」
「誰を代理人にするのか、ってこと」
「ああ……」
それか。私は自分でやる気だったけど、どっちがいいんだろう。
「それ、私、自分でやるつもりだったけど、代理人にやってもらったほうがいいのかな」
「は!? お前何言ってるんだ!?」
カイが驚きの声と共にこっちにに来た。
「え、言った通りだけど……」
「お前は馬鹿か!? 相手は腕のたつ皇子だぞ! それをお前みたいな小娘が戦って勝てるような相手じゃないんだぞ! いい加減学習しろ!」
カイが凄い剣幕で台所から出て来て詰め寄ってくる。
でも私も何の考えもなく言ったわけじゃない。心配してくれてるのはありがたいけど、カイとじゃ話にならない。
私はカイの胸元を両腕であっちへ行ってと押して後へ下がらせ、右隣に座るアロイスのほうを向いた。
アロイスは特に驚いているような感じでもなくニッコリ笑って「いいんじゃない」と言った。
「アロイス! またお前はそうやってセリを甘やかして……!」
「カイはちょっと黙ってて」
アロイスは笑顔を浮かべながらも声は物凄く冷たい。
「う……」
その冷たさはカイも怯むほどだ。証拠に、前のめりになったカイの身体がスススと引いた。私はカイが黙ってくれてありがたいけど。
「セリは剣術できるんでしょ。そこそこ腕前はあると思うんだけど、違う?」
「え、あ、うん。多分、そこそこは強いと思う。自分で言うのもアレだけど」
道場では弱くもないけど強くもないからまあ本当にそこそこだと思う。
「けどなんでわかったの?」
剣を使えるなんて言った覚えはないんだけど。
「手だよ。セリと手をつないだとき、剣を扱う人の手だったからさ」
アロイスは右手をヒラヒラさせた。
「あ、そっか」
私は自分の両掌を開いて見た。
目立った竹刀ダコはないけど、掌の皮はそれなりに厚くなっている。
「セリ、お前剣術なんてやってたのか!?」
カイがすっとんきょうな声を出して訊いてきた。
「うん。こっちの世界の剣術とは違うと思うけど、道場……、剣を教えてくれる場所には通ってるよ」
「女のくせにそんなことしてるのか? 必要ないだろう、剣術なんて」
呆れたようにカイが言う。その言葉にカチンと私はきた。
「男女差別」
「は?」
「そういうのは男女差別っていうの。私のいる世界では女の人だってやりたいことはやっていいの。確かに女の人じゃできないこともあるけど、剣術は女の人でもできるものだよ。それを女だからっていって見下されるのはいい気がしない。なんなら私と勝負する、カイ。どれだけ私ができるか実際に見てよ」
「え、いや、その……」
まさかこんな反撃をくらうと予想もしてなかったカイは、私の勢いに圧され、ジリジリと後退する。
「あっはは、腕前、見せてもらえばいいじゃん。ねえ、カイ」
アロイスはニヤニヤとしながらカイを見ている。
「お前なぁ……」
はーっ、と深い溜め息をついたカイは左手を額に当てた。
「なに。女の相手はできないっていうの、カイ」
そこまで馬鹿にするなら今後のつき合いは考えないとかな。
「違う違う!」
私から漂う不穏な空気を感じたのか、カイが慌てて答えた。
「……あまり、得意じゃないんだ」
ぼそぼそとカイが話す。
「え? なに?」
よく聞こえなかったので聞き返す。あまり言いたくなさそうな表情をしたけど、私は話してよね、話すよね? という脅しも含めた視線で容赦なくカイを睨んだ。カイはうっ、と、たじろぎながら渋々口を開いた。
「……だから、あまり得意じゃないんだ。その……剣術は」
「は? なにそれ。私にはあんなこと言ったくせに自分はあんまり得意じゃないって。信じられない!」
「まったくだよね。だったら最初から言うな、だよね」
「うん。セリにちゃんと謝ってよね」
私の攻撃に掩護射撃が加わった。
「ぐっ……」
三人の軽蔑の視線を浴びながらカイは黙った。というか反論したくてもできない。しようものなら完膚なきまでに叩かれるのは目に見えている。
「で、どうするの、カイ。やるの、やらないの?」
私はわざとらしくカイに訊く。
「セリと手合わせはしない。悪かった」
今回は素直に負けを認めて引き下がった。なら許してあげよう。
「じゃあ俺と手合わせしてよ、セリ」
「えっ?」
次はアロイスから申し込みをされた。
「セリ自身が出るのは反対しない。けどそれは俺が腕前を確認してからかな」
椅子から立ち上がったアロイスがニコリと微笑んだ。
「もしだめだったら?」
「俺が出る」
「えっ!? でも……」
私は狼狽えた。
アロイスの腕を信じていないわけではなく、皇子と戦う機会を取られてしまうという焦りと、そこまで助けてもらうわけにはいかないという申し訳なさだ。
「俺の心配してくれるの、セリ。嬉しいな。でも俺強いから平気だよ」
「え、いやそうじゃなくって……」
途端にアロイスが拗ねた顔をする。しまった。
「セリ、冷たい」
「あ、もちろん心配もしてるよ? けどそうじゃなくって、私はどうしても自分で皇子と決着つけたいの。今まで酷いこと言われたりされたりしても何もできなかった。だからとにかく一矢むくいたい」
そう。とにかく皇子に見せつけてやりたいのだ。酷いことされても絶対に屈しないって。
私は顔を上げ、アロイスの綺麗な顔をじっと見つめて返事を待つ。
アロイスはやっぱりねという表情をして仕方ないなというように苦笑したけど、すぐに真剣な表情になって言った。
「セリがそう言うだろうなってことは何となくわかってた。けど俺はセリが大事だから、俺が納得できないうちはいいよとは言えない。自分の立場、わかってるよね、セリ」
「う、うん」
鋭い視線に一瞬たじろぐ。
いつ何が起こってもおかしくない、というのはわかってるつもりだ。
「ま、要はセリが俺を納得させればいいんだから。ね、セリ」
「う、うん」
なんかアロイスの笑顔が冷たく感じるのは気のせい……だと思いたい。
「じゃ、始める? 試合」
「あ、そしたら一旦家に帰らないと。準備もあるし……て、もうこんな時間!」
腕時計を見るとあっという間に一時間が過ぎていた。
もう帰らないと!
「ごめん! また明日来るから!」
私は急いで席を立ちドアへと向かう。
マユキが後をついてきて淋しそうな顔で私を見てる。
「うっ……!」
もう少し一緒にいてあげたいけどそうもいかない。
私はマユキをぎゅっと抱きしめた。
「ごめん、マユキ! また明日来るから!」
「うん、待ってるよ」
マユキもぎゅっと抱きしめ返してくれた。
「ありがとう。じゃあね」
私はマユキから離れると、勢いよくドアを開け、この世界を後にした。




