八章 迷いの森の屋敷
「セリ、落ち着いた?」
「うん……。少しは」
「お茶のおかわりはまだあるからな、セリ」
「ありがとう、カイ」
台所からカイが声をかけてくる。
マユキのことが嫌らしく、食卓のあるこっちへ来る気はないらしい。
私は今、カイの屋敷にいる。
私が城から出てきて、二人と合流してしばらくした後、カイが私達に追いついた。私達の現状を見て只事ではないと察してすぐさま屋敷へと魔法で移動した。
ちなみに、アロイスの持っている鳴らない鈴が目印らしく、国内であれば居場所はすぐわかるらしい。
「セリ。……いや、お前達、一体何があったんだ」
私が落ち着いた頃を見計らってカイが訊いてきた。
「…………」
本当は私が話すべきなのはわかってるけど、どうにも話す気になれない。
皇子達にされたあのことも話さなくちゃならないし。
なかなか話せず、グズグズしている私の代わりにアロイスが話し出した。
「コンテストには間に合った。セリは勝ち残って、その後、皇子に呼ばれて城に行ったんだ」
「何でまた呼ばれたんだ?」
「さあね。で、俺とマユキは城門前で馬車から追い出されて、城の外でセリを待ってた」
「なるほど。皇子はなんだったんだ、セリ」
「え、あ、うん……」
話さなきゃいけないのはわかってる。わかってるけど、話すとあのときのことも思い出す。今はまださらっと話せるような気にはなれない。
「セリ、俺達に話しちゃいけないことなら話さなくていいよ」
悩んでいると思ったらしいアロイスがフォローしてくれた。
「まあ確かにそういう話なら仕方ないな。けどお前、ずいぶん濡れてたよな。それはどうしてだ? これは言えない話じゃないだろう、セリ」
カイがなにか疑っているのか単に心配して訊いてきてるのかわからない。
けど正直に話すことはまだできない……。
「それは……ちょっと、私の不注意で、帰るときにお水を運んでいる人とぶつかっちゃって……」
「そうか。気をつけろよ。風邪でもひいたらよくないからな」
「うん、ありがと、カイ」
納得してくれたみたいでよかった。私はとりあえずほっとした。今、カイの説教とかに耐えられる気力はまったくないから……。
あ、そうだ。あのことは訊いたほうがいいのかも。
「ねえ、カイ」
「何だ」
「これって魔法がかかってるの?」
私はジーパンのポケットからメーアの手鏡をカイの所まで持って行って渡した。
カイは手鏡を軽く見ただけで「ああ」と一言。
カールの言葉は正しかったわけだ。
「ちなみにどんな魔法?」
「偽りを暴く魔法」
「偽り?」
「つまり、魔法で姿を変えていたりする者がこの鏡に姿を写すと、魔法を強制的に壊されて本当の姿を曝すことになるんだ」
「なるほど……」
まさにその通りのことが起こったよ……最悪のタイミングで。
「だけどどうしてこんなものを持っているんだ、セリ」
「あー……、メーアから借りたんだけど……」
「メーアから?」
途端にカイの眉間に皺が入った。
「そもそも何でこんなものが必用だったんだ?」
ヤバい、説教モードになりそうな流れ。
「私が鏡を捜していたらメーアがこれを貸してくれたの。私がすぐ返せばよかったんだけど、バタバタしててつい持って来ちゃって……」
「お前なぁ……。魔法使いの物なんてそう簡単に借りるな。何が……」
うう、やっぱりお説教……かと思ったらアロイスが止めてくれた。
「カイ、そこまで。セリは疲れてるんだよ。それなのにねちねちと今言うことじゃないでしょ。それにセリだって魔法の手鏡だって知ってたら気をつけて扱うよ。ね、セリ」
にっこりとアロイスが微笑む……けど、なんか微妙に意味ありげな微笑みの様な気もする様な。貸し一つね的な。……気づかないフリしとこ。
「うん。そんな危ない手鏡だって知ってたらすぐに返すし、扱いも丁寧にするよ。知らなかったおかげで散々な目にあったんだから……」
私は深い溜息をつくと、皇子の髪のことを話した。
皇子の髪の色のことだけ話し終えると、アロイスとカイは驚いていてなんて言えばいいのか言葉が見つからないようだった。
マユキ特に驚いた様子はなく、私の右隣の椅子におとなしく座っている。
でもなんでそんなに驚くんだろう。
「ねえ、アロイス。なんでそんなに驚くの」
「なんでって……。ああ、セリは知らないのか。この国、少なくても近隣諸国では、紅い色を身に持つ者は忌まわしいんだ」
「忌まわしい……」
「そう。紅を身に持つ者は、穢れている、不浄の人間だ」
カイがアロイスの説明を引き継いだ。
「簡単に言えば呪われていたり、穢れた土地とかに行って穢れを受けたり、だ。また呪いの度合いも色の深さや明るさでわかる。暗い紅、つまり黒や茶色寄りの紅は、呪いや穢れは軽い。うまくいけば浄化や解呪で呪いから解放される。純粋な紅。混じりけのない紅は呪いや穢れが強い。こうなると浄化や解呪も難しい。大体一生解けることはないだろうな」
「おまけに皇子の髪の色は輝くような紅だったんだろ?」
「うん。すごく緋くてキラキラしてとっても綺麗だった」
「ああ……。それはそうとう強力で根深い呪いだな。いつ受けたかは分からんが、よく隠し通せたな」
「そうなんだ」
「ああ。あと他は紅くなかったのか。瞳や爪とか」
「顔や爪はよく見えなかったからわからない」
「そうか。しかしそんな状態の皇子を次期皇帝にする気なのか、皇帝陛下は」
「さあね。そんなことはどうでもいいよ。それよりも心配なのはセリだよ」
「え、私?」
いきなりふられてきょとんとした。
「いい、セリ。セリは皇子の重要な秘密を知ったんだ。口封じされてもおかしくないほどの」
アロイスの真剣な口調で私はハッとした。
「皇子からしたら絶対に知られちゃいけない秘密を知られたんだ。秘密を守るには手っ取り早くセリを始末するのが確実なんだ」
「う……」
私はゾッとした。
アロイスの言うことが正しいから。カールは皇子を守るためならためらいなく、むしろ喜んでやるに違いない。
そんなとてつもなく嫌な考えで固まっている私の右手にマユキの手がそっと重なる。
「セリ。僕、セリを守るよ。絶対に」
マユキも真剣な目で私を見つめている。
「ありがとう、マユキ」
「とりあえず今日はもう疲れたでしょ。家に帰って休みなよ、俺達も皇子への対策、考えとくからさ」
「うん、悪いけどそうする。ごめんね、アロイス」
「いいよ。コンテストの日にちも発表されてないし、ゆっくり休んでよ」
私は椅子から立ち上り、帰るためにドアへと向かう。
ドアの前に来たときマユキに軽く右袖を引かれた。
「どうしたの、マユキ」
ついていきたいのかな。だとしたらまだ色々困るので こっちで待っててくれるよう話さなければ。
「少し屈んでくれる?」
どうやら違ったらしい。言われた通り、マユキと目線が同じぐらいの高さまで屈む。
「ありがとう、セリ」
言うと、マユキは正面にまわり、私のおでこにキスをした。
「えっ!?」
声をあげ、固まった。
「ふふ。おまじないだよ。セリが早く元気になるようにって」
マユキが少しはにかみながら可愛い笑顔で言った。
そんなことを言われたらもうたまらない。すぐさまぎゅっと抱き寄せお礼を言った。
「ありがとう、マユキ」
「うん。いい子で待ってるよ、僕」
「うん」
こんな健気なことを言われると名残惜しくもなるけど、やっぱり疲労のほうが勝ち、私は三人に別れを告げ、自分の世界へと帰った。




