二章 候補者達・一
あれから三日後。
学校からの帰り道、この前別れ際に言われた通り、私の前にまたサンジェルマンが現れた。
しかもあのゲーセンのある通りを避けて、別の道から帰っているというのに。
「こんにちはー、芹さん。じゃ、早速ですが行きましょうか」
言うが早いかこちらの返事など聞かず、私の腕を勝手に取って目の前にある市立図書館の中に入る。
「ちょっと、離してよ!」
自動ドアを抜けると同時にサンジェルマンの腕を振りほどき、そして辺りの景色がいつもの図書館でないことに気づいた。
「え……?」
そこはこの前拉致された場所、あの皇子の住むお城だった。
「嘘、なんで……?」
呆然とした。
だって、指輪ははめていない。不本意ながらポケットには入っているけど。
「ちょっと、サンジェルマン! 私、指輪はめてないけど!?」
私はのほほんと隣に立っている男にくってかかる。
「え、あれ? 言ってませんでしたっけ。僕と一緒なら指輪なんて関係なく、どこのドアからでもこちらに来れますよ」
「そんなの聞いてないっ!」
私は隠すことなく怒りを隣にいるのほほん男にぶつけた。
「あ、そうでしたか。ま、いいじゃありませんかそんなこと。さ、今日は他の出場者の人達との顔合わせですからね。急がないと!」
そう言うと、サンジェルマンはまた私の腕を掴んで歩き出した。
拒否の意思を示すべく腕を振りほどこうとしたけど、サンジェルマンの方が力強く、振りほどけないまま、またズルズルと引きずられていた。
「お待たせしました~」
目的の部屋に到着するとそこには皇帝とカールさん、あと見知らぬ女の人が四人いた。
どうやら私達が最後らしく、先にいた人達は紅茶を飲んで待っていたようだ。
「では皆様お揃いになりましたので、これから顔合わせを始めます。なお、リーンハルト皇子殿下は公務が多忙のため、後程ご挨拶にいらっしゃいます」
カールさんがタイミングを見てそう切り出した。
「ではご紹介いたします。フラージュ国、フラージュ国王陛下ご息女、クロード王女殿下です」
カールさんに紹介された女の人が立ち上がった。
「クロード・エミリエンヌ・ド・フラージュと申します」
クロード王女は冷静で落ち着いた感じの人に見えた。知的な美人という言葉が似合う。歳は私より上、二十歳ぐらい……かな?
王女は一礼してからまた席に着いた。
「次は、イリッシュ国、セルデン公爵ご息女、マルヴィナ王女殿下。王女殿下はリーンハルト皇子殿下の従姉妹に当たるお方です」
「マルヴィナ・オブ・セルデンと申します。リーンハルト皇子とは従姉妹同士ですが、立場は皆様と同じ一花嫁候補です。どうぞご安心ください」
マルヴィナ王女は快活で聡明そうな人に見えた。健康的な可愛い人って感じ。歳はクロード王女より少し上ぐらいかな?
王女も一礼してから席に着いた。
「次はヘルブラオ国、バスラー伯爵ご息女、ミリヤム姫です」
名を呼ばれたお姫様が立ち上がる。
「ミリヤム・フォン・バスラーと申します。以後、お見知りおきを」
ミリヤム姫はいかにも特権階級のお姫様という感じだ。ゲームとかでもありがちな悪役の似合う美少女的な。とにかくプライドが高そうで、取っつきにくそう。苦手なタイプだ。歳は私と同じかちょっと上ぐらいかも。
ミリヤム姫も一礼して席に着いた。
「次はヘルブラオ国、商業ギルド長ボレルの娘、ニーナ嬢です」
「ニーナ・ボレルです。よ、よろしくお願いしますっ」
ニーナさんは他の二人とは違い、私と同じ庶民のようだ。親しみやすくて可愛い感じ。いかにも庶民、て感じで。緊張しているせいか、声が上ずっている。歳はやっぱり同じぐらいかな。
ニーナさんも先の三人と同じ様に一礼して席に着いた。
「次は東方の異国から来た、ハヤカワ・セリ嬢。彼女は皇帝陛下ご推薦の方です。この国での後見人は皇帝陛下とサンジェルマン伯爵です」
『皇帝陛下のご推薦』という言葉で場の空気が瞬時に固くなり、全員の視線がいっせいに私に集まった。四人分の視線は物凄く痛い。
特にミリヤム姫とニーナさんの視線のキツさは半端ない。
私が何も言わずに周りを観察していたらサンジェルマンが小突いて来た。
「芹さん、挨拶挨拶」
小声で催促してきたので、あきらめの溜息を一つついて皆と同じ様に挨拶した。
「早河芹です。よろしくお願いします」
それだけ言って私も席に着いた。
(ああ、早く家に帰りたい)
痛い視線の突き刺さる中、私は出された紅茶を喉を潤すために飲み干した。
「此度は我が息子、リーンハルトのために集まってくれたこと、心から礼を言おう。なお、このコンテストでは生来の身分・立場等は関係なく平等に審査を行う。そのこと、しっかりと心に留めておいて欲しい。決めるのは我々ではない、リーンハルト自身だ。私個人、親として言わせてもらえばリーンハルトが選んだ者であれば、誰であれ心から祝福しよう」
皇帝は集まった候補者に言葉をかけ終わり、退室しようと扉に向かった所で皇子が入って来た。
「遅かったではないか、リーンハルト」
「申し訳ございません。急ぎの案件が重なりまして」
「そうか。私ももう公務に戻る故、後は任せたぞ、リーンハルト」
皇帝は皇子にバトンタッチすると今度こそ退室した。
花嫁候補全員が立ち、皇子に向かって一礼したので私も合わせて礼をした。
(めんどくさっ! さっさと挨拶して帰ってくれないかな)
これが今の私の気持ち。私もヒマじゃない。
早く家に帰って稽古もしたいし、ゲームもしたい。それ以外にも細々とした用事がある。こんなくだらないことに割く時間はないんだから! と、心の中で毒づきながら顔を上げると、運悪く皇子と視線が合った。
ほんの一瞬とはいえ、見下されたような視線を受けた気がする。
や、視線が合ったこと自体が気のせいだと思うことにしよう。
じゃないとムカつくから。
「リーンハルト・マティアス・リーリエ・ヴェインローゼ・フォン・ヘルブラオだ。此度の催し物のために、遠路お越し頂き礼を申し上げる」
皇子が話し始めた。
皆の視線は皇子に集まっているが、私は興味ないので視線もずらし、適当に聞き流しておく。
「だからこそ先に言っておく。私は伴侶を求める気はない。誰を愛する気もない。この催し自体私の本意ではないからだ。それを聞いても立候補するというのなら止めはしない。では失礼する」
皇子は言うだけ言うと、さっさと部屋を出て行った。
後に残された私達がただ呆気にとられている中、次はカールさんが話しを始めた。
「皆様、コンテストの開催日は四日後になります。それまでは何をされていても構いませんが、セリ様のみ二日間、城にて勉強をしていただきます」
「はぁ!?」
私は驚いた。
いきなり名指しされたかと思えば私だけ勉強!?
「何よそれ。何で私だけ!?」
他の出場者達も訝しむ視線で私達を見ている。そりゃそうだ。
「セリ様は遠い異国の方。こちらの作法等は何もご存知ないとのこと。私達が当たり前に知っていることもご存知ではないというのは不公平になりますので、特別に城の者が教師を務めさせていただくこと、皆様ご承知下さい」
他の出場者達は最初の訝しむ表情から憐れみの表情へ一変し、一同承知の返事をした。
「ちょっと! 何一方的に言ってるのよ! こっちにだって都合があるんだから勝手に決めないでくれる!?」
皆は納得しても私はしてない。
「そんな余計な時間を使うぐらいならこんなコン……!?」
「ご厚情ありがとうございます、姫様方!」
サンジェルマンが私の話を大声で遮った。
「姫様方のお心を無駄にしないよう、わずかの時間ですが精一杯努力いたします」
そう言うとサンジェルマンは姫君達に頭を下げた。
「ちょっと、何勝手に話進めてるのよ! そんな無駄な時間、私にはないんだって!」
もう無理だ。
参加さえしたくないのにその上勉強だと!?
冗談じゃない。
それに皇子だって結婚する気はないんだ。辞退したって構わないはず。
「もういい、そんなことまでやらせられるなら私じ……」
「芹さん!」
またサンジェルマンが私の邪魔をする。
「いいんですか? チケット」
「うっ……!」
サンジェルマンが小声で話しかけて来た。
そう。ここに来るまでの私の暴れぶりと、あまりのやる気のなさ(当然だ!)にサンジェルマンが参加したら私の欲しいものを一つくれると言った。
いわゆる取引。
私は数秒逡巡したが、取引した物への欲望が勝ったので黙るしかなかった。
それを肯定ととったサンジェルマンが皆に詫びをいれた。
「皆様、お見苦しい所をお見せして申し訳ございません。彼女も興奮しておりますので私達はこれで下がらせていただきます」
サンジェルマンは頭を下げると私の腕を引っ張って部屋を出た。
「もー、芹さん。穏便にして下さいよ」
「そんなの無理に決まってるでしょ!」
回廊を歩きながら煩く言い合う。
「参加だけのはずが二日間も勉強させられるとか、ありえない!」
「そうは言ってもカールの言う通りですからねぇ」
はぁと明らかな嫌みの溜息。
「そんなのこっちには関係ないわよ! それで負けるならそれで構わないわよ!」
(むしろそれが望みなんだけど)
「それじゃこっちは困るんです! あっさり負けたら、あなたをわざわざ異世界から連れて来た意味がないじゃないですか!」
サンジェルマンが語気も荒く言い返して来た。
「そんなの知らないわよ! こっちだっていきなり異世界に連れて来られただけじゃなく、花嫁候補だなんて言われたって大迷惑なんだから!」
こんな感じでお互い平行線で言い合っている間に扉を通り、自分のいる世界に戻って来た。
来た時と同じ図書館の入り口の自動ドアの前だ。
「さて、今後ですが。明後日と明々後日、この二日間で向こうの最低限のマナーを覚えてもらいます」
サンジェルマンが疲れたように言ってきた。
「いっとくけど、丸二日なんて冗談じゃないからね。明後日も学校なんだし。せいぜい三時間ぐらいよ」
「わかってます。でもその次は土曜日ですよね? その日はみっちり勉強してもらいますから」
「でも午後からよ。一日なんて無理だからね!」
「はぁ……。ほんと、我侭ですねぇ、芹さん」
「どっちがよ! まあ、とりあえずわかった」
これ以上不毛な言い争いは続けたくないので、了承の返事をした。
「あ、でも、ちゃんと約束のチケット頂戴よ。じゃなきゃ出場なんか絶対にしないからね」
そう。私はチケットのために出場の約束をしたのだ。
「わかってますって。近いうちに必ずあなたの手元に届きますので安心してください。それと、チケットだけ受け取って出場しないなんてのは無しですからね」
サンジェルマンが疑いの目でこちらをじとりと見る。
「そんなことしないわよ! 約束は守る」
そんな人として最低なことはしない。(今回に限ってはそうしたいけど)
「もういいでしょ? 私、やることあるんだから」
「ええ、どうぞ」
私は一気に疲れた心と身体を引きずり、そのまま図書館を出、本来の目的地であるバス停へ向かって歩み出した。