八章 薔薇の涙
「皆様! お待たせいたしました! 時間になりましたので審査を開始しますっ!」
司会者が言い終わると同時にわーっ! と大歓声が周りから襲ってきた。
今までの会場より観客との距離が近い分、圧迫感や熱気が凄い。
「はい、皆様が高揚するお気持ち、よーくわかりますが一旦お静まり下さい。まずはリーンハルト皇子殿下のお言葉をご静聴下さい」
熱気が徐々に落ちていき、観客が静まり始めると、舞台の奥の方に座って待っていた皇子がスッと立ち、舞台中央で止まり、話し始めた。
「候補者達よ、一人も欠けずによく戻った。お前達の勇気と行動力は称賛に価する。その力をこの場にいる者らに見せつけるがいい」
相変わらずの淡々とした冷たい言い方だけど、そんなのでも満足なのか観客はワーッと歓声をあげた。皇子は観客の熱狂ぶりに興味などまったくしめさず、またすぐに奥の席に戻って行った。
けど、その後に控えていたカールからは針で刺すような鋭い視線をもらったような気が……した。
挨拶やら説明が終わり、やっと審査が始まる。
今回は到着順に皇子と皇家付きの魔法使いが指定した品物を鑑定する。
順番はマルヴィナ王女、ニーナ、クロード王女、ミリヤム姫、私だ。
さりげなく他の人達の顔を見ると皆、というよりニーナだけが緊張しすぎているのか、一人だけ顔が強張っている。あとの人達は自信に満ちた表情だったり冷静だったりと、自分の番が来るのを静かに待っていた。
「では最初の方は、イリッシュ王国……マルヴィナ・オブ・セルデン王女殿下です!」
名前を呼ばれたマルヴィナ王女はスッと席を立ち、舞台中央に移動した。
そこにはマルヴィナ王女が持ってきた『薔薇の涙』が大理石のテーブルに置かれていた。
それはとても綺麗なガラス細工のブーケの様に私には見えた。そのバラに時折陽が当たると、プリズムのようにキラキラと煌めいて七色の光を放って眩しかった。
マルヴィナ王女は『薔薇の涙』の前に立ち、舞台奥からこちらに向かって来た二人に対して一礼した。
一人は女の人。
二十代前半ぐらいで、目はやや濃いめの緑。加えてふわりとしながらも、腰までかかるボリュームのある明るい金髪が印象的な人。わりと派手な顔立ちなのとは反対に、服は黒をベースにした地味な物を着ていた。
後の一人は言わずもがな、あの冷酷皇子。
やっぱり並外れて綺麗な容姿だけど、自分以外を見下した表情は変わってなかった。まあ、変わるとも思ってないけど。
なんてことを思いながら皇子達を見ていたけど、皇子は私達の方を見ることもなく、魔法使いに鑑定するよう指示をしていた。
どうやらあの金髪美女が魔法使いらしい。
金髪美女は『薔薇の涙』を手に取ることもなく一瞥しただけで、皇子に答えていた。
それを聞いた後、皇子が後に控えていたカールに視線を移し、皇子の意を理解したカールがそれを司会者に伝えた。司会者はカールの言葉を緊張した面持ちで聞き、一呼吸おいた後、ここにいる全ての人に聞こえるよう、拡声器を使って話始めた。
「皆様、お待たせいたしました! 結果を発表いたします!」
司会者の言葉を聞くと、ざわついていた雰囲気が一気に静まり、視線が舞台中央の皇子達に集まった。
「マルヴィナ王女殿下、不合格です……!」
司会者が淡々と結果を告げ、それを聞いた観客がワッとどよめいた。
「やっぱりねぇ……。いくら王女様でも『薔薇の涙』は手にいれられないわよねぇ」
「まあそうだわな。いくら金があっても、あんなお伽噺の代物を手に入れろって方が無茶だわなぁ」
等々、手に入れられなくても仕方ない、というような話があちこちから聞こえてくる。じゃあ、あそこにある『薔薇の涙』は? どんな偽物なんだと、人々の話題が変わってきた。
「皆様、静粛に! カール様よりお言葉がございます!」
カールは皇子と王女に一礼してから前に出ると、マルヴィナ王女に問いかけた。
「マルヴィナ王女殿下。王女殿下はなぜこのガラス細工を『薔薇の涙』として献上されたのですか」
マルヴィナ王女は暖かな優しい声で話し始めた。
「『薔薇の涙』とは古の神から祝福を受けた薔薇と伝えられております。その薔薇を持つものに尽きることのない幸運をもたらす、と。私は、人は幸運をもたらされ過ぎても良くはないと思っております。それ故、大事な従兄弟でもある皇子殿下の身に害をもたらすことのない様な『薔薇の涙』を献上させていただきました。とは言え、本物の『薔薇の涙』を献上出来なかったことは事実。敗者の言い訳に過ぎませんが、このような想いを込めてこの薔薇を用意した次第でございます。皇子殿下や国民の皆様に幸福が訪れます様、私の想いを込めて、あらためてこの『薔薇の涙』献上いたします」
そう言い終わると、マルヴィナ王女は観客の方に向きを変え、それこそ華やかな薔薇のような笑顔で一礼すると私達の方へ戻って来た。
敗けたのに気持ちいいほど清々しい顔で、見たこっちまでつられて清々しくなるぐらいのいい笑顔だった。




