七章 森の中で・二
私がガックリと落ち込んでいると、メーアが声をかけてきた。
「私が行きたいところまで送ってあげるから、落ち込むことはないよ、セリ」
「えっ!?」
私は勢いよくメーアの方を向いた。
「ふふっ。魔法だから移動に時間もさしてかからないが、お前達の行きたい正確な場所は私にはわからない。だからアロイス、お前が行きたい場所を思い浮かべろ。その場所に着くから」
「わかった」
「そうと決まれば術の準備だ。ああセリ、誰かに会うなら顔、拭いた方がいいよ。汚れてる」
「え、ほんと!?」
またリュックを漁るが、こういうときに限って欲しいものが見つからない。
「ん、と……」
「セリ、ほらこれを使って」
「え? わっ!」
メーアがポイッと私に手鏡を投げてきた。装飾のシンプルな銀の手鏡だった。
「あ、ありがとう!」
リュックからミニタオルを出して顔を拭く。顔のあちこちが炭? やら埃やらで結構汚れていた。
「セリ、ここも」
マユキが右耳の下辺りを指す。
「え、あ。ほんとだ、ありがとう、マユキ」
「うん!」
褒められてニコニコ顔になる。もー可愛い過ぎる! けど私はあることを思いだし、暗い顔になった。
「どうしたの、セリ。僕、何かした?」
心配したマユキが、控え目に私のパーカーの右袖をそっと引っ張った。
「ううん、違う。これ……」
私は袖を掴むマユキの手をそっと離させ、パーカーの右ポケットからあるものを出し、マユキに見せた。
そう。ドラゴンの、マユキの爪を――。
「マユキ、ごめん。私、これ、どうしても必要なの。だから……」
「いいよ、セリの好きにして」
マユキは爪を持った私の右手を、小さな両手で優しく包み込んだ。
「でもっ……!」
「いいんだよ。セリが望むなら爪や牙や鱗、何だってあげる。だって僕はセリのものだから。気にしないで使って」
「でも……これは……」
酷いことをしながらとった爪。それを知った上で使おうとしている私。
ジャリルのことを軽蔑してるけど、そうやって手に入れたと知りながらも、それでも使おうとする自分もジャリルとは変わらない。そんな汚い自分が嫌になる。
「……優しいね、セリは。気にしなくていいんだよ。これはただの爪だ。セリが気にすることなんて何もない」
マユキはニコリと大人びた表情で微笑んだ。
「ん……。ありがとう、マユキ」
私は優しくなんかない。狡い子だ。
マユキにそう言ってもらいたくてわざわざ爪のことを言ったんだもん。
マユキもそのことには気付いてると思う。その上で赦してくれた。
優しいのはマユキの方だ。
「話は終わったか? こっちはいつでもいいぞ」
「ほら行こう、セリ。急ぐんでしょ?」
マユキが手を引っ張る。
「うん、そうだね」
そうだ。今は早く会場に行かなくちゃ。
この爪を無駄にしないためにも!
私はマユキと手を繋いでメーア達の元へ走った。
また光る魔方陣の中に入れられたけど、そこにカイはいなかった。
カイはまだ話せず動けずの状態で、こっちを鬼のような形相で睨んでいた。怖い……けど、置いていくわけにもいかない。
「ねぇアロイス、カイは?」
「カイには話がある。済んだら返すよ」
メーアが答えた。
「だってサ、セリ」
「そっか」
その方がいいのかも。だって今のカイとは話が通じるとは思えない……。
「大丈夫、カイがいなくてもちゃんと守るから。それに今のカイは邪魔にしかならないよ」
アロイスはちらりとカイを一瞥した。
「はは……」
「さ、もう行くよ。時間がない」
「うん。ありがとう、メーア」
メーアはヒラヒラと手を振って見送ってくれた。
私達はアロイスと手を繋ぎ、この島を後にした。
ほんの数秒だと思う。
光が消えるとそこは薄暗いどこかの路地だった。
「セリ、こっち!」
アロイスは私とマユキの手を引っ張ると走り出した。
「え? あっ!」
路地から出るとすごい人の多さと喧騒に驚いた。
マユキは驚いた様子はないけど、不愉快そうな顔をしながらアロイスの後をついて行ってる。
アロイスは右、左とうまく人の合間をぬって私達を会場へと連れていく。
五分程走ると会場が見えた。
「ほらセリ、ここを真っ直ぐだ。見えるだろ?」
アロイスの視線の先には王女様達の天幕があった。
そこを抜けると舞台だ。
「ありがと! あ、マユキはアロイスと一緒にいてね。アロイスの言うこと聞いてね」
「うん」
「じゃ、いってきます!」
「ちゃんと側で見守ってるから!」
「いってらっしゃい!」
二人の声に元気と勇気をもらいながら、私は舞台めがけて一直線に走った。




