七章 狭間・四
しばらく泣いた後、大きいアスワドがゆっくりと私から離れた。その表情は幾分スッキリした様にも見える。
「セリ、そろそろ時間だ。でも最後に二つ」
「うん」
「セリが即死しなかったのは、セリの中にいる人のおかげ。その人がギリギリでセリの命を守ったんだ。ありがとう、セリを守ってくれて」
(ああ、それはそうだよね)
十六那は絶対に私を護るだろう。その時、が来るまでは……。
あれ? じゃあ、アスワドは私の中にいる十六那が見えるのか。
「アスワド、私の中にいる十六那が見えるの?」
「はっきりとじゃないけどね。もやっとした影みたいに見えてるよ。とても怒っていて、とても心配してるみたい」
「そっか」
きっと、ううん、絶対向こうに帰ったら怒ってくるな、十六那……。
「もうひとつ。セリに僕の名前をつけてもらいたい」
「名前? 私がつけなくても名前、あるんでしょ」
「あるよ。けどそれは秘密」
「秘密って……。確かリージャって呼ばれてたよね」
「それは通り名。本当の名前は別にあるよ」
「ああ、真名ね」
「セリ、よく知ってるね。普通の人は真名なんて言葉出て来ないよ?」
アスワドが驚きと尊敬の入り混じったようなまなざしで見上げてきた。
「え、だってゲームでもよくある設定だし、それに……」
(十六那もそうだし)
「なら話は早い。セリ、僕に名前を頂戴」
「そう言われても……」
仮初めの名前でも名前は名前。そう簡単につけられるもんじゃない。
「うーん……」
「早くしないとセリ、死ぬよ」
「ちょっ! 焦らせないで!」
これが比喩でもなく事実だからよけい焦る。心臓に悪い! って言っても、心臓止まってるけど……。
「難しく考えないでいいよ。セリの感じた印象で」
「そんなこと言っても……。えーっと……」
二人のアスワドはまだかまだかという目で私を見ている。うう……。
「決めたっ! マユキ! 今から二人の名前はマユキにします!」
「「マユキ」」
二人は鸚鵡返しではもった。
「そう。これから千の出会い、万の出会いがあるように。今まであった嫌なことなんて忘れるぐらいの良いことに出会うように。あと君の肌が雪みたいに白いからって意味もある。漢字にすると一つに絞れないからそれはまた後でってことで。……どうかな?」
二人はお互いをじっと見て、ニッコリ笑いあった。
「ありがとう、セリ! とっても嬉しい!」
二人はギュッと抱きついてきたけど、その身体はだんだんと透けてきた。
「えっ!?」
「もう時間だ。次会うときはまた少し違う僕だけど、僕だから。セリのマユキだから……」
拒ないでね、と視線がそう言っていた。そんなこと、しないのに。
「うん。わかった。じゃ、また後でね」
私は安心させるような笑顔で二人に答えた。
小さいマユキが大きいマユキに抱きつき、大きいマユキに溶け込むように消えた。
一人になったマユキも嬉しそうな笑顔を浮かべたまま、私の首に抱きついてきた。
「セリには教えてあげる。僕の本当の名前はね……」
告げ終わると、マユキはキラキラとした光になって消えた。
(いい名前だね、…………)
私はそれを眺めている内に意識が落ち始めていた――。




