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一章 悪夢の始まり・四

「あら、帰って来たならただいまぐらいいなさい、芹」

「え……?」

気づくと目の前にはお母さんがいた。

手にはエコバッグを持っていたのでこれから買い物にでも行くのだろう。

「え?  じゃないでしょう。まったく……。ほら、ぼーっとしてないで早く中に入りなさい。いつまでもそこにいたら邪魔でしょう」

お母さんが早く入れと急かす。

「あ、うん……」

私は靴を脱ぎ、急いで中に入る。

「おやつはテーブルの上にあるから」

お母さんはそう言うと、家を出て行った。

私はといえば、おやつも見に行かず、ぼーっとしたまま自室へと向かった。

部屋へ入るとカバンをポンと下に置き、ベッドに座りそのまま後へ倒れ込む。

(さっきあったことって夢とか幻覚とかだった……とかじゃないのか、やっぱり……)

私は首を右側に向け、投げ出した右手を見る。

人差し指にはプラチナ(多分)の指輪がはまっている。

指輪には薄い紅色をした宝石が嵌まっていて、細工もセンスがいい。

派手過ぎず、地味過ぎずで結構気に入ったんだけど。

(ただ、これをあのサンジェルマンから貰った(押し付けられた)物でさえなければ、素直に嬉しいんだけど)

そう。指輪はこちらの世界、元のゲーセンに戻って来た時に、サンジェルマンから無理矢理指にはめられたのだ。


「お疲れ様でした、芹さん。じゃ、また二、三日の内に迎えに行くので。あとこれ」

「え?」

サンジェルマンは私の右手首を掴むと、どこから出したのか、その手に持っていた指輪を私の人差し指にはめた。

「は?」

「この指輪をはめて、向こうの世界に行きたい! と念じてドアを開けると向こうの世界に行けますから。あ、こっちから向こうに行く場合、どこのドアからでも行けますけど、向こうに着くドアはさっき通ったお城のドアとしか繋がってませんので」

「はぁ!?」

勝手に話を進めないで欲しい。

それに、そんな指輪なんていらない。

さっき、あのムカつく男に啖呵を切った手前、ここで逃げ出すのも癪に障るけど、それよりもまたあんな世界に行くよりは絶対にマシだ。

私は指輪を抜いてすぐにサンジェルマンに突っ返そうとしたが、それより早く私の両手首を掴まれてしまったので指輪外せない。

「はーい、その指輪は返品不可です。その指輪、とっっっても貴重なんですよ? だから喜んでくださいよ。はい、嬉しいな~、バンザ~イ!」

そう言いながら、掴んだ私の両手首を真上に上げる。

(こいつ……! 人のこと馬鹿にしてっ!)

私はこれ以上はないぐらいの怒りを覚え、右足でサンジェルマンの脇腹目掛けて蹴りを出す。

「嘘!?」

けど私の怒りを込めた蹴りは左手に掴まれ、その脇腹に届かなかった。

「こら。女の子がそんなはしたないことしては駄目ですよ? まあでも、それでこそ僕の見込んだ女の子なんですけどもね」

私は蹴りを受け止められたショックで、サンジェルマンの言葉などほとんど聞いてなかった。

この距離、スピードで私の蹴りを受け止めるなんて!

「芹さん、芹さん? 僕の話し聞いてます? 芹さんてば~」

もちろん聞いていない。ショックから立ち直っていないのだから。

「おーい、芹さん? ……仕方ないなぁ」

サンジェルマンは掴んだままの私の足首を上下に振りはじめた。

「芹さ~ん?」

さすがにこれは私も気を取り戻す。

急いで足を戻し、掴まれた手首も思い切り振り払って後に下がり間合いをとる。

「良かったー。これで僕の話し、聞いてもらえますね」

サンジェルマンは何事もなかったかのように、ニコニコしながら話しかけてくる。

こっちはそれどころじゃないんですけどっ!

「で、その指輪なんですけど」

サンジェルマンが私にはめた指輪を指差す。

(そうだ! 指輪!)

私は慌て指輪をぬこうとしたが、サンジェルマンは恐ろしいことを続けて言ったのだ!

「身に付けてくれていればいいので、ネックレスとかにしても大丈夫ですよ。それに、万が一落としたりしても必ず芹さんの所に戻って来ますから」

「……は? 戻る?」

何だそれは。こんな高そうな指輪、落としたり(捨てたり)すれば、高確率で戻ってなんて来ない。大概の人は、そのままパクってしまうんじゃないかと思う。この指輪はそれぐらいデザインのいい指輪なのだ。

「そうです。それは芹さん、あなたの指輪なんです。だから指輪は何があってもあなたの所に戻りますので安心してくださいね」

「呪いの指輪……?」

私はそう呟かずにはいられなかった。

だってそうでしょ!?

どんなに落とし……いや、捨てても必ず手元に戻ってくるなんて、呪いのアイテム以外の何物でもない。

「酷いなー、呪いだなんて。それは奇跡の指輪ですよ? どんな扱いをされようとも必ず芹さんの元に帰って来る健気な指輪なんですよ」

(こいつ、私が捨てることわかってたな)

まぁでも、それぐらいは想像つくだろうけど。

「奇跡とかうまく言い換えたって、私には呪い以外に考えられないんだけど」

いらないものを捨ててもあげても手元に戻って来るなんて、呪い以外の何物でもない。

「これじゃ本当にゲームじゃない……」

異世界、呪いの指輪、花嫁候補にイケメンの皇子様。

どれもゲームとしての要素が揃ってる。

「だからゲームだって、最初から言ってるじゃないですか。それが現実でプレイ出来るだけ。ポスターにも書いてあったでしょう? 『醒めないなリアルを貴女に』って」

「あぁ、そういえば……」

確かそんなキャッチコピーだったかも。

「そう。だから思うままにプレイして下さい! これはあなたのゲームなんですから。……それと皇子の、ね」

「え、何?」

最後の方がよく聞きとれなかったので聞き返したけど、それには答えず「じゃ、また二、三日中に迎えに行きますので。忘れないで下さいよ~?」と言うと、サンジェルマンは外に出て行こうとしたが、何かを思い出したのか、いきなりくるっとこちらを向いた。

「そういえば僕、まだ名乗っていなかったですよね? 僕はサンジェルマン。これからもよろしくね、芹さん。じゃっ!」

一方的に自分の言いたいことだけ言うと、今度は振り返ることなくそのまま外へと出て行った。

「あ、待って!」

急いで後を追いかけたけどその姿は何処にも見えなかった。

入れるような路地もないし、すぐに駆け込める様な店もないから姿を見失う訳はないのに。

まるで消えてしまったかのように、サンジェルマンの形跡はなかった。もしかしたらまた向こうの世界に帰ったのかもしれないけど……。

どっちにしても私はぞっとした。

「気持ち悪い……」

そう声に出さずにはいられなかった。


「はぁ~」

私は首を正面に戻し、盛大に大きな溜息をついた。

今までのことを思い出せば出すほど、不気味で気持ち悪い。

異世界、皇子、花嫁候補に胡散臭い男。

ごく普通に生活していたはずなのに、何でこんな変なことにまきこまれたのか。納得いかない。

何だか蜘蛛の糸に絡まって抜け出せない獲物のような、そんな不快感と怖さが私の心に広がっていった。

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