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六章 セリとアスワド・五

アスワドの顔色は少し黒っぽく、瞳は蛇のように変わっていて黒目の中にすっと一筋の金色、腕も黒っぽく、さらにうっすらと鱗のようなものが浮き出ていた。

「えっ……!?  痛っ!!」

私は頭が真っ白になったけどすぐに痛みで思考が戻される。しかも私を抱きしめる腕の力がさらに強くなり、息も上手く吸えなくなってきた。

「かはっ」

「セリ!!」

二人は早く何とかしようとしてくれるのがわかるけど、アスワドはビクともしない。

「一体何事だ!」

屋敷の方から声が聞こえた。

「旦那様! アスワド様が……!」

護衛の人が焦りながら事の流れを説明している。

「ちっ! まさかこれほどとはな。おい、メーア! 何とかしろっ! メーア!」

ジャリルが喚きちらすと女の人がどこからともなくあらわれた。

「はいはい、って……え、これ、かなりまずいよ?」

「だったらさっさと対処しろ!」

「もうっ! 何、その言い方! とは言えさっさとしないと……。カイ! あなたも手伝え!」

どこから現れたのか、女の人がカイに命令している。

「手伝えって!? どうすればいいんだ、こんな……」

「拘束しろ! 今私がその子を引き剥がすから、離れたら最上位の拘束をかけろ!」

「最上位のって……、メーア、それは……」

カイが戸惑っている。

「コレは死なない。だから全力でかけろ!」

「わ、わかった」

女の人の気迫に負けたのか、それとも私の無事にはかえられないと判断したのかはわからないけど、カイは頷いた。

だけどそんなことより、私は物凄く苦しい!

骨が軋むほどきつく抱きしめられ、痛みで涙が流れっぱなしで息ももう細くしか吸えない。

(も……、だめ、かも……)

痛みと酸欠で意識が遠退きかけ始めていると、ふっ、と、腕が弛んだ。

「今だっ!」

「セリ、しゃがんで!」

私は考える間もなく、その声の通りに動いた。

アスワドの腕から抜けると間髪入れずに誰かに引き寄せられた。

「セリ、セリ、大丈夫!?」

目の前には険しい顔をしたアロイスがいた。

答えようと息を吸った瞬間、むせて苦しい。いきなり大量の空気を吸ったからだと思うけど。

アロイスはすぐに背中をさすり、私が落ち着くまで待っていた。

「はっ……。あー……うん、多分……」

呼吸を整え、何とか返事が出来た。

「はぁ……。よかったぁ……」

アロイスは軽く私を抱きしめた。身体全体から安堵の気持ちを感じる。

だけどそんな雰囲気なんて一瞬。

「いっ……!」

ものすごい轟音が響いた。

音は直接脳に突き刺さるような感じで、煩いっていうより痛い。

「何っ、これっ……!」

痛む頭を押さえながら音の元を向けば、やっぱりアスワド。

アスワドはカイと女の人に挟まれ、何か呪文らしきものを呟きながら、全ての力をアスワドに向けて抑え込んでいるみたい。

二人とも顔からは汗が流れ、厳しい表情をしている。

アスワドも二人から逃げようともがいているけど、抑えつけている力の方が強いらしく、どうもがいても動けない。

その苛立ちが咆哮になって、哭く度に頭が痛んでクラクラする。

そしてそのアスワドはもう人とは言えない風貌だった。

肌には黒い鱗がハッキリと浮き出て、黒い瞳は紅く染まっていた。

「つっ! 最悪! セリ、ここから離れるよ」

アロイスは私を抱きしめたまま、ズルズルと引き摺って後へ下がり始めた。

多分、アロイスも頭痛に襲われていて、私を抱えて立つのができないんだと思う。

そのとたん、アスワドの咆哮がさらに激しくなった。

アスワドは私を見て、何かを訴えるように哭いていた。その哭き声を聞くたびに胸が締め付けられるように痛む。

(これ以上哭かないでよ! 頭も胸も痛すぎておかしくなりそう!)

徐々にアスワドから離れていたけど、痛みは全然引かない。

「セリッ!」

カイの叫びと同時に私の右足が掴まれ、下に凄い勢いで引っ張られたかと思うとまた身体が締め付けられた。

「なっ、に……!?」

「グァァ……」

はっと見上げると、そこには血走ったアスワドの顔。

「グァグァギャォギャ……!」

何て言っているのかわからないけど、アスワドは言いながら私をそのまま強く抱き締めた。

瞬間、身体の中で鈍い音が鳴り、同時に私はむせて吐いた。

生温かくて、口の中に鉄の様な嫌な味が広がった。

「ごほっ」

またむせて吐いた。

吐いたものはボタボタと地面に落ちたり、正面のアスワドにもついた。それはアスワドの服を真っ赤に染めた。

それは――。

(血……だ……)

心の中でそう呟いたのを最後に、私は意識を無くした。

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