六章 セリとアスワド・四
「やっと帰れる……」
「お疲れ、セリ」
翌日の朝の十時頃、少しグッタリとした私達は屋敷の門前にいた。
あれから私とアロイスはアスワドと遊び倒したけど、カイは我関せずと、部屋の隅の方でそこら辺にあった本とかを読んで過ごしていた。
アスワドは私と夜も一緒に寝るとか言ってダダを捏ねられて大変だったけど、そこは何とかかわし、夜はアロイスとカイの協力の元、こっそり家に帰った。
今度はほとんど時間差もなく家に着き、つかの間の休息をとり、また朝早くこちらに戻って来た。本音を言えば戻りたくなかったけど。
何はともあれ、アスワドと遊ぶという約束を果たすことが出来た私は、ジャリルから礼としてドラコンの爪をもらった。
モノは探していたリントヴルムではなく黒竜のモノだった。
サイズは私の両手に乗る大きさ。
でもこれは子供のドラコンの爪だから小さいほうだと言われた。
牙の方はもう少し小さいらしいので、そっちの方が良かったんだけど、アロイスが小さすぎると見栄えがしないというから爪に変更。
鱗もあったけど、色でバレるかもしれないので、バレてもわからない爪になったというわけ。
とはいえ、黒竜も竜の中では希少種らしくて滅多にお目にかかれる代物じゃないらしいけど。
そんな黒竜の爪とか牙とかをいくつも持っているジャリルはやり手の商人ってことなのかな?
ま、そんなことより今は……。
「さて、と。キミはいつまでそこにいるの?」
アロイスが背後にある屋敷の石柱の影にいる人に声を投げる。
石柱の影が蠢いたけど、その人がそこから出る気配はない。
「放っておけ。俺達にはもう関係ない。さっさと帰るぞ」
カイは冷たく言うと、早く屋敷を出るよう促してきた。
「うん、でも……」
私はどうしてもこのまま帰る気にはなれなかった。
「ごめん、二人ともちょっと待ってて」
「セリ!」
カイの呼び止める声が聞こえたけど私は石柱に向かう。
石柱の前まで行くと、側にいた護衛の人が隠れている人に声をかけた。
「アスワド様、よろしいのですか」
隠れている人――、アスワドが窺い見るように顔を少しだけ柱の影から出した。
だけどまたすぐに顔を引っ込めてしまった。
「アスワド」
影がぴくりと動く。
「私、もう行くね。昨日は楽しかったよ」
一日にも満たない時間だけど、一緒に楽しく遊んだ身としては、ちゃんと挨拶して帰りたいけど……。
挨拶したい相手は私が帰ることが嫌らしく、拗ねてこの状態。困った人だ。
「アスワド。ちゃんと顔見てお別れしたかったけど、もう時間がないから行くね」
そう。今日の午後、コンテストがある。これに不参加なんてことは絶対に出来ない。出られなかったら何のためにここに来たのかってことになる。
アスワドの顔が見れないのは心残りだけど、時間もないし仕方ない。
「バイバイ、アスワド」
石柱ごしに挨拶をしてアロイス達の所に戻ろうとしたとき。
「わっ!?」
後からローブを掴まれよろけた。
「アスワド!?」
私は振り向いた。と同時に門前で待っていた二人も何事かとやって来た。
「何、セリ、どうしたの?」
「あー、うん」
私は視線を石柱に向けた。
「あー、なるほど」
アロイスもカイも納得したようだ。
石柱の後から出てきたアスワドの顔は泣き濡れていた。目元なんかは腫れてて、どれだけ泣いていたのかと思うほど。
「セリ……。帰っちゃうの……?」
震える声でアスワドが訊ねる。
「うん、帰る。ごめんね、アスワド」
「もう、ここには、帰って、こないの……?」
泣いてぐしゃぐしゃになった顔で、縋るように訊いてくる。
「うん。……ごめんね」
アスワドは苦しそうに顔を歪め、また泣き始めた。
この人がこんなに泣くのは自分のせいかと思うと、少し罪悪感がわかなくもない。
せめて最後に涙だけでも拭ってあげようと思いリュックからミニタオルを出して、背伸びをし、私を見下ろし涙を流し続けるアスワドの目元と頬の涙にそっとミニタオルをあてたとき、アスワドは感情が爆発したように一気に泣き喚き出した。
「やだ! やだやだやだっ!! セリはどこにもいっちゃやだっ!!」
「えっ!?」
この状況に驚く暇もなくアスワドが私を引き寄せ、強く抱きしめた。
「ちょっ、アスワド! 離してっ!」
私はありったけの力を込めてアスワドを押し返そうとしたけどビクともしない。まるで鉄とかの硬い物を押しているみたいで。ちゃんと人間なのに人間の感触を感じない。そんなおかしなことあるわけないのに。でも……。
「セリッ!」
「え?」
切迫した声でアロイスが私を呼ぶ。
アロイスだけじゃない、カイや護衛の人も、私達の側に来てアスワドから私を引き剥がそうとする。
「セリッ! 今助けるから!」
アロイスが必死にアスワドの腕の拘束を解こうとするけどビクともしない。
カイと護衛の人もアスワドを説得したり腕を解こうとしているが、やっぱりアスワドは私を離さないどころか、徐々に締めつけがきつくなってくる。
さすがに私も耐えられない。
「アスワド! いい加減に離し、て……」
顔を上げて抗議をした私は絶句した。
そこには止めどなく涙を流した『人』には見えない人がいたから――。




