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六章 セリとアスワド・三

戻って来たカイをアロイスが入口まで迎えに行こうとしたので、私もアロイスの後についていこうとしたけど、アスワドが「どこいくの?」と心細そうな顔で言うから動けなくなった。

「セリはここで待っててよ。……ふふ、何、セリまで不安そうな顔してるのさ」

アロイスが右手の人差し指で私の眉間をつん、と軽く押した。

「え、嘘っ!」

「ほんとだよ。アスワドと二人、捨てられそうな子猫みたい」

「ええーっ!?」

自分がそんな顔をしてたとはちょっとショック。

「すぐ戻るよ」

二人はすぐにこっちには来ないで、入口近くで何か話している。

そんな二人をじっと見ていたら、いきなりアスワドに抱きつかれた。

「ひゃっ!」

抱きつかれた瞬間、さっきの恐怖が甦ってアスワドを突きはなそうとしたけどできなかった。

横から抱きつき私を見下ろすアスワドが半泣きだったから驚いて固まった。

「え、ええっ!? ちょっ、どうしたの、アスワド」

とりあえず私はアスワドを押して離そうとした。アスワドも今回はすんなり離れたけど、かわりに私のTシャツの裾を掴み離さなかった。

「……やだ」

「え?」

「いっちゃやだっ!」

「ええっ!?」

アスワドは半分泣きながら私に訴えてきた。

「セリ、どうしたの!?」

「アロイス……」

私の声を聞きつけたアロイスとカイが駆けつけて来た。

「え、えーっ、と……」

それは私が訊きたい!

「一体何なんだ」

カイがあからさまに不機嫌顔で面倒くさそうに私達を見下ろしている。

とりあえず、私は本格的に泣き出してしまったアスワドをどうにかしようと声をかける。

「え、え……と、泣かないで?」

けどアスワドは泣き止まない、どころかさらに大声で泣き出した。

「え、えーっ! もうどうすればいいのよ!」

泣いている子供の相手だってしたことないのに、泣いている大人の泣き止ませ方なんてますますわかるわけナイじゃない!

今度は私が泣きそうだ。

「アロイスー……」

助けを求めてアロイスとカイを見る。

「ふっ、くくっ……。セリまで泣きそうだよ」

アロイスが笑いを押し殺しながら言う。

「だって、どうすればいいのかわかんないよ!」

「ああ、そうだよね。ごめんごめん」

笑いで声を震わせながらアロイスは答える。

「ほら、セリも泣かないで、ね?」

アロイスが優しく私を抱きしめ、ポンポンと軽く背中を叩く。

「泣いてないもん」

泣きそうではあるけど。

アロイスは私の頭を撫でながら、泣いているアスワドにも話しかけた。

「ねぇ、アスワド。キミが泣いてるからセリも泣いちゃったよ。ほら」

アスワドは泣きながら顔を上げた。

「セリ、泣いてるの?」

「そうだよ」

アスワドは私の方を見ている。けど顔はアロイスが隠しているのでアスワドからは私が泣いているかどうかは見えない。

「セリを泣かしてもいいの?」

意地悪くアロイスが訊くと、アスワドは首をふるふると左右に振っている……っぽい。

私からアスワドの姿は見えないので、気配で何となく感じるだけなんだけど。

「じゃあ泣き止みなよ。そうしないとセリ、もうキミと遊ばないってさ」

「やだ!」

アスワドは私のTシャツから手を離した。

「僕、もう泣かないから、セリ、またあそんで! セリ!」

アスワドはまた泣きそうになりながらも、泣くのをこらえ、必死に私に懇願してくる。

「だってさ。どうする、セリ?」

「えー……と」

背後からは物凄い気迫を感じる。

チラリと後に視線を向けると、アスワドがじっと私が答えるのを待っている。

視線をアロイスに戻し、うん、と頷きアスワドの方を向く。

アスワドは泣き濡れた瞳でじっと私を見ている。

とはいえ、このあとどうすればいいのか……。

考えあぐねている私に背後から声がした。

「とりあえず誉めてあげなよ。泣き止んだんだし」

「え?」

アロイスだ。

「ほら、アスワドが待ってるよ?」

「あ……」

確かに。アスワドは私の言葉や動きを見逃すまいと、じっと神経を集中させている。

私はアスワドの頭を撫でた。

アスワドはビクリとして後に下がろうとしたけど、私の顔を見てホッとしたのか、大人しく頭を撫でさせてくれた

「え、と。ちゃんとまた遊ぶから、もう泣かないでね……?」

「うんっ!」

満面の笑顔でアスワドは元気に返事をした。

何かホント、反応が子供だなぁ。もしくは懐っこい大型犬。

「よかったね、セリ」

背後からアロイスが労うように声をかけてきた。

「うん、ありがとうアロイス」

アロイスにお礼を言った。だって何とかなったのはアロイスのおかげだしね。それに引き換え……。

私とアロイスは黙って立っているカイに冷たい視線を向ける。

「何だ、その目は」

カイが不愉快げに言う。

「えー。べっつにー」

「うん、何も。ね、セリ」

「ねー、アロイス」

私達は使えないなー、というオーラを出しまくりながら、しれっと返事をする。

「お前達……、口で言わなくても態度で文句を言えば同じだ! 大体、そんな奴の相手なんて俺はしないぞ!」

カイは私達を一瞥するとふんっとそっぽを向いた。

何ていう大人気ない発言と態度!

子供達がこんなに頑張っているというのに。て、いってもこれは私の問題だから、カイに甘えすぎるのも良くない。良くないけど……ひどい大人だ。

「だーいじょうぶ! 俺はセリが困ってたら必ず助けるからね」

アロイスがギュッと抱きついて来た。

「わっ! ア、アロイス……! いきなり抱きついて来ないで。びっくりするでしょ!」

びっくり以外にも、こういうスキンシップは慣れてないので恥ずかしい。

「ゴメンゴメン。でも、今言ったことはホントだから忘れないでね」

「うん、ありがとう」

でも、なるべく自分の力で頑張らないとね。

などと言い合っているとアスワドから文句が来た。

「ずるい! 僕だってセリにだきつきたい! ねえ、セリ、いいでしょ?」

アスワドがおあずけされてもう我慢できないという瞳で私に迫る。

「ちょ、ちょっと待って! アロイスももう離れるからアスワドはそのまま! ね?」

「えぇー……」

「ほら、アロイスももう離れて!」

「えー。もっとセリとくっついていたいなぁ~」

「アロイス、離れるよね?」

それ以外の選択は許さないからという意志も込めてもう一度言った。

「はーい」

つまんないという顔をしながらもアロイスは離れてくれた。

だけどアスワドはそれでも不満なようで膨れっ面だ。

「あー、ほら、お菓子せっかく用意してくれたんだから食べよ。ね?」

これで機嫌直してくれないかなー、と、私は頭を撫でながら思った。

「お菓子?」

アスワドが反応する。

「そうそう、お菓子。ほら」

私は手近にあった焼き菓子を摘まんでアスワドの口元へ持っていった。

「ほら、美味しいよ?」

膨れっ面だった顔も、目の前の美味しそうな見た目と匂いには敵わなかったみたいで、そのままパクリと食いついた。

「ね、美味しいでしょ?」

アスワドは口をモグモグさせながら「うん!」と笑顔で頷いた。

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