六章 カイと魔法使い・二
「俺の声を聴きしもの、闇に堕ち、俺に隷属しろ。そして目の前にいる女に……」
言いながら右腕を上げ、メーアの顔を指差した。
「止めろ。この屋敷にいるもの全てを犠牲にするのか? お前は何か目的があるからここに来たんじゃないのか、カイ」
メーアは怯えもせず、俺の右腕を掴み、諭すように言った。
「は、目的何て」
あるわけないだろう。もう、生きる意味さえないんだから。
「ないのか? カイは一人でここに来たのか?」
「一人……」
あれ。俺はどうやってここに来た? そもそも何の用でこんな所に?
「そうだ。連れがいたんじゃないのか? 女の子と男の子」
「女……、男……」
何度も呟き、ハッと思い出した。
そうだ、セリ! 早くセリの元へ戻らなければ!
俺は急いで部屋を出ようと方向転換した時。
「だから人の話を聞け!」
「うわっ!?」
メーアの言葉とともに、俺の頭上に生温い液体が降ってきた。
「はぁ……。少しは頭が冷えたぁ? あー、でも温いお茶だからそうでもない?」
茶が入っていた器を持ち、椅子の上に立っていたメーアが、呆れ顔とともに俺を見下していた。
「……最悪だ」
俺は頭上から顔に流れ落ちてくる雫を服の袖で拭う。
「はい」
メーアがタオルを俺に差し出した。
俺は無言でひったくるように受けとると、頭や顔と濡れた所を拭う。
「にしても良かったね、カイ。砂糖や蜂蜜が入ってなくて。入ってたら今頃ベタベタだったからね~」
楽しそうに言ってくるメーアを、俺は力を込めて睨んだ。
でもまあ確かに、ベタベタになるのは御免だ。
「さて、少しは落ち着いた?」
拭き終わる所でメーアが声をかけてきた。
「…………」
俺は無言で椅子に座り、タオルを机の上に置いた。
「さっさとしてくれ」
「最初からそうしてればもっと早くすんだのに」
馬鹿だなぁという言葉は聞かなかったが、表情があからさまにそう言っている。
メーアはまた茶を入れ直し、席についた。
「さて、あらためて。ようこそ、カイ」
メーアは夏に咲く、生命力溢れるような印象の笑顔を浮かべていた。
「…………」
さっきのこともあり、俺は最悪の気分だ。今は誰とも話したくない。もちろん返事をする気力なんてあるはずもない。さっさと話して終わらせてくれという俺の気持ちを察したのか、メーアは話し始めた。
「お前達に忠告をしようと思ってここに呼んだんだ」
「…………」
「この屋敷の主、いや、この島のと言っても過言じゃないかな。主殿がお前達を狙ってる」
「…………?」
「主は知っての通りジャリルだ。売って金になるなら何でも売る商人だ。主殿は、お前達が希少価値の高い商品と判定したんだよ」
「何だって?」
俺は魔法使いとバレた。そりゃ、希少価値商品と見られても仕方がないがアロイスとセリが何故?
「わからない? あの少年は顔立ちも体型も整っている。なら商品価値は充分あるでしょ。少女は容姿から言うと、中の上だけど、ここでは見ない容姿の子だし、人の好みは千差万別。物好きな奴には売れるだろうね」
「お前……」
俺はまた怒りと嫌悪感が湧いてきた。
「待って待って。話は最後まで聞く! ほらお茶飲んで」
メーアが俺の手に茶の入った器を握らせた。
俺は茶を一気に飲み、怒りを誤魔化した。
「本来ならカイ以外はどうでもよかったんだ。どうしても欲しいと思うほどの逸材じゃないし。じゃあ何でか。それはあの子がお前達全員を変だと言ったから」
「あの子? 変?」
さっぱりわからない。
「お前達も会ったでしょ? アスワドに」
「ああ……」
あのジャリルの息子か。得体の知れないどこか不気味な……。
「アスワドはね、人を観るんだよ。内面をね」
「内面……」
「つまり魔法使いなら、変。魔法使いじゃないにしても、魔力や霊力といったものが高ければ、それも変。そしてアスワドは三人とも変だと言った。特にあの少女が、と」
「なっ……!」
「それを聞いた主殿が大層興味をもってね。あの女の子だけはどうしても欲しいみたい」
「ちっ!」
それならば一刻も早くセリの元へ行かなければ!
俺は椅子から立ち上がろうとした瞬間、身体が動かなくなった。原因は一つしかない。俺は目の前の女を睨み付けた。
「メーア! どういうつもりだ!」
メーアは溜息をつくとうんざりとした顔で答えた。
「話はまだ終わってないの。本当にカイはせっかちだなぁ」
「っ……!」
メーアは茶を一口飲んでからまた話し始めた。
「今すぐどうこうされるわけじゃないから安心していいよ。そのかわり、執拗に狙われると思う。だから早めに島から出て行ってくれない?」
「出て行けって、どういうことだ」
「言葉の通り。邪魔だから出て行ってってことよ」
「邪魔って……」
「私の商売の邪魔にもなりそうだから。カイにその気はなくても相手がカイの存在に気付いたらね。カイも干からびたくないでしょ?」
「お前、一体……」
いや、詮索は止めよう。これ以上余計なことに巻き込まれたくない。
「そう。それが賢明」
メーアはニッと笑った。
「出て行くときは協力するから、困ったことがあればこの子に言うといいよ」
メーアは膝の上にいるシューを撫でる。
「こいつにか?」
「そう。この子は人の言葉がわかるから」
「わかった」
「よし、話はこれでお終い。もうどこに行ってもいいよ」
同時に俺の身体の拘束がとけた。
「シューを案内につけるから行きたいところを言って」
白猫はメーアの膝から降りると先導するように扉の前で待っている。
「じゃあ、セリの元へ」
「ニャー」
「わかったって。じゃあね、カイ」
メーアはひらひらと手を振っていた。
俺は一刻も早くセリの元へ戻るために、白猫を追い立てるように後を追った。




