表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/97

六章 カイと魔法使い・一

召使いに連れ出された俺は、とりあえず後をついて行った。

召使いが言うには、商人が俺に会って欲しい者がいるのでその部屋まで案内をするとのことだ。歩くこと数分。ある通路の所で召使いが止まった。

「魔法使い様、ここより先はこれが案内します」

「?」

そこは陽の射さない薄暗い通路で、その前には誰もいない。

誰が、と、問おうとしたとき「にゃあ」と足元から鳴き声がした。

見ると足元に真っ白い猫がいて、大きな目でじっと俺を見ていた。

猫はまた「にゃあ」と鳴くと、通路の先へと歩き始めた。

「では、失礼します」

召使いが去ろうとしたので「ちょっと待て!」と慌てて呼び止めた。

「何でしょうか」

「案内人ってまさかこの猫じゃないだろうな!?」

「はい、その猫です。その猫の後についていけば問題ありませんよ。では」

「おいっ!」

召使いは今度は振り返ることなく去って行った。

「はぁ……。一体何なんだ」

どうしたもんだかと思ったとき、また足元から鳴き声がした。

今度は少し不機嫌な鳴き声だ。

鳴き声の主を見ると、表情も怒っているように見える。

「はぁ……。仕方ないか」

あきらめて猫の後をついていこうと通路に踏み出した瞬間、一瞬悪寒に襲われたが通路に入ると悪寒は消えた。

「結界か」

ということは、俺を呼んだやつは魔法使いか、もしくはそれに類するやつということか。しかも、俺が気付けないほどの結界を張るようなやつ。

「面倒くさいことになりそうだな……。痛っ!?」

左足元から痛みを感じ、急いで見てみれば猫が長くてスラリとした尻尾をぱたぱたさせながら、じっと俺を見上げていた。

「お前……。わかった、すぐ歩く」

痛みの正体は怒った猫がパンチをしたのだろう。俺が痛む場所を撫でていると、猫はとっととついて来いと言わんばかりの視線を投げ、また先を軽やかに歩き出した。

(とにかく、今は行くしかないか)

わき上がる色々な考えを振り切り、俺は見えなくなりそうになった猫を急いで追った。


しばらくすると、頑丈そうな厚い木の扉が表れた。

猫もこの扉の前で止まり、一声鳴くと重苦しい音とともに扉が開いた。

猫は迷いなく部屋に入って行く。

俺も警戒は怠らずに中に入ると扉が勝手に閉まり焦ったが、ここまで来て今さらそんなのはどうでもいいことと思い直し、真っ直ぐに前に進む。薄暗い部屋の中を進んでいくと、突然パッと明るくなった。

「ようこそ、魔法使い殿」

声の方を向くと、そこには快活そうな感じの女が、クッションを敷き詰めた大きめな長椅子に座っていた。

膝にはあの白猫がいた。

「…………」

「ふふっ。そう警戒しないでよ、魔法使い殿」

「……するなと言う方が無理だろう」

「まあそうだね。まずは自己紹介からかな。私はメーア。この子はシュー」

猫がよろしくとでも言うように一声鳴いた。

「そして、この島の結界を張った魔法使いだ」

魔法使い――メーアが言った。

(ん、待てよ。メーアって、まさか……?)

「で、お前は?」

「お前、まさかあの魔法使いの女王、メーアか!?」

「あー……、そう呼ばれてもいるね。けど私はそんな大層な者になったつもりは全くないんだよね。回りが勝手にそう呼ぶだけで」

本当に迷惑だよねと膝の上にいる猫をうんざりとした顔で撫でている。

猫は気持ち良さそうにしていたが、ふっと頭を上げて、メーアに向かって鳴いた。

「ん? なぁに?」

猫は何かを話しているかの様に、ニャオニャオ鳴いている。

会話が成立しているのか、メーアは猫の話し声? をうんうんと聞いている。

「そうなの?」

「ニャア」

「ふーん。なるほど」

メーアが俺を見て、含みのある笑みを浮かべる。

「それで、俺を呼んだ理由は」

嫌な感じがしたので、その雰囲気を絶つようにメーアに問う。

「せっかちだなぁ。まずは名前を教えてくれないと」

「え、ああ。カイだ」

「よろしく、カイ。さて、と。お茶を飲みながら話す時間ぐらいはあるでしょ?」

メーアは立ち上り、俺を近くのテーブルに行く様促したが、俺はそれを無視した。

「いてっ!?」

俺は右足首に鋭い痛みを感じ、足元をみると白猫が噛み付いていた。白猫はすぐに俺から離れ、メーアの元に帰って行った。

噛まれた足首を確認したが、血は出ていない。薄ら歯形はついているが。

「おい」

俺は抗議の視線をメーアに向けた。

「ああ、悪かったね。お詫びに美味しいお茶を出すからさ。さ、どうぞ」

メーアのまったく心のこもらない謝罪を受け、テーブルにつくよう再度促される。俺はあきらめて椅子に座った。

「茶はいらん。さっさと用件を話せ」

メーアは満足気に笑むと、茶の用意をしながら話し出す。

「せっかちな男はモテないよ。だからあの娘にも愛想尽かされたんじゃないの?」

「はぁ? 何を言ってるんだ? さっさと用件を言え!」

俺は苛ついていた。さっさと話を終わらせてセリの所へ戻らなければいけないのだから、こんな所で時間を無駄にするわけにはいかない。せっかちだ何だと言われようがどうでもいい相手に言われてもどうとも思わない。

「はーいはい。ねえ、あの娘は今どうしてる?」

「あの娘? セリのことか」

「違う違う」

「?」

何なんだ、一体! いい加減にしろと怒鳴りたくなるが流石に格上の相手にそこまでの態度はできない。と言っても時間の問題かも知れないが……。

「どうぞ」

メーアは茶の入った器を俺の前に置いた。

「……何だ?」

メーアは去らず、横からじっと俺の顔を凝視している。

「本当にわからないの?」

「だから何がだ!」

やや怒鳴り気味のきつい口調で返す。

「花嫁葬列」

「!!」

『花嫁葬列』

その言葉を聞いた瞬間、俺の全身からザアッと血の気が引いた。

酸欠にもなったのか頭がガンガンする。

「あれはとっても綺麗だったなぁ」

その言葉の聞こえた方へゆっくりと首を向けると、うっとりとした表情のメーアがいた。

「……お前、見ていたのか?」

「うん。遠目からだったけどね。あの葬列は魔に属する者なら大体見ていたんじゃないかな?」

「っ……!」

心も身体も急速に冷えていく一方なのに、怒りだけは腹の底からグツグツと熱く沸き出てくる。あの時のことなど思い出したくもない! だが、忘れることも出来ない。いや、忘れる何てこと出来るはずがない!

「本当に荘厳華麗だったなぁ。あの美しさは忘れられない!」

メーアはほう、と溜息をつき、踊るようにクルリと回った後、俺に顔を寄せた。

「ねぇ、そう思わない、カイ?」

その顔には婉然とした笑みがあった。あの快活そうな顔は消え、そこには狡猾な女の顔があった。

「黙れ」

「ん~? いーやー。だって私はカイと話がしたいんだもん」

「なら、罰だ」

何で俺の言うことを聞かないんだ。全部お前のことを考えて言っているのに。聞かないからあんなことに……!

あいつを赦せない。でもどうすることもできなかった自分も赦せない。

行き場のない感情に冷たい怒りの炎が灯り、一気に俺の全身を呑み込んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ