六章 セリとアスワド・一
「…………」
私はどうしようかと悩んでいた。
(一体この大人とどう遊べばいいのか……)
アスワドの部屋に案内されて、そのまま部屋の中央にアスワドと一緒に座らされた。
アスワドと向かい合わせに床に座っているけど(床はゴージャスでふかふかな敷物が敷いてあるので冷たくない)、さっきまでの怖い感じはどこへ行ってしまったのか、今はニコニコと邪気のない笑顔で私を見てる。隣にいるカイのことは眼中にないようだ。
カイは私の左隣に座ってムスッとしている。まあ今までの流れを思い出せば当然だろうけど。
私もどうすればいいのかわからないけど、このままじゃダメなことだけはわかる。
「えっ、と……。何、して、遊びましょう、か……?」
とりあえず向かいのアスワドに訊いてみるけど、アスワドはただ嬉しそうな笑顔を見せるだけ。何も言ってこない。
「ちょっと、カイ。どうすればいいの? 大人の人ってどんな遊びするの!?」
笑顔しか返さない大人の対応に困った私は、同じ大人のカイに助けを求める。
「あ……? は!? そんなこと俺に訊くな。大人の遊び、何て……」
カイの声のトーンがだんだんと低くなり、心なしか顔もうっすら赤いような赤くないような。何を考えたんだろう……。あ、でも、アスワドは大人なんだし(そうはみえないけど)、もしかしたらそう、なの、かも……? そうだったらどうしようと思って、カイにどうすればいいか訊こうと顔を見れば、なんかさらに顔に赤みが増しているような……。うん、とりあえず、カイが役に立たないことは分かった。自力で何とかしよう。
「あの……、何かしたいこととかありますか……?」
答えが返ってくるかわからないけど、もう一度訊いてみた。
アスワドは「ん?」という顔をしたあと、眉間に皺を作って「んー……」と、考えこんでしまった。
「失礼します」
声の方を振り向くと、入口に召使いらしき男の人がいた。
「なぁに?」
アスワドが顔を上げて返事をした。
「魔法使い様を旦那様がお連れするようにと」
「いいよ」
「勝手に進めるな。後では駄目なのか?」
カイがアスワドを睨み、召使いに訊く。
「はい。魔法使い様に是非紹介したい方がいるとのことで」
男の人は淡々と答える。
「だが……」
カイは私に心配そうな視線を向ける。
「私なら大丈夫だよ」
多分という言葉は飲み込み、行ってきなよとカイを促す。ドラゴンの一部のためにもなるべくジャリルの機嫌は損ねたくないし。
「わかった。すぐに戻る」
カイは仕方ないという表情で了承すると、私の頭を軽く撫でてからすっと立ち上り、部屋を出て行った。
「…………」
カイが出て行った後はさらに居心地の悪さが増した。
アスワドはやっぱりニコニコと笑っているだけで、何も言わない。
何かこのままでもよさそうな気もして来たけど、ただ何もせず座っているだけで、あんな希少品をもらうのはとても気が引ける。何とかならないかとしばらく考えて思いついた。
(そうだ。多分、他の人とも遊んでるよね。だったらそれを訊いてみれば……)
「ねぇ、アスワド」
「んー?」
「アスワドは他の人とも遊んだりするの?」
「うん」
アスワドはこっくりと頷いた。
「じゃあ、その人達とはどんな風に遊んでいるの? 教えてくれる?」
「いいよ」
さてどんな遊びを教えてくれるのかと待っていたら、アスワドが膝がつくぐらいの距離まで近づいて来た。
「えっ!?」
アスワドは柔らかな微笑を浮かべつつ、私の頬を優しく撫でると左手でトンと肩を押された。
「え、わっ!」
不意を突かれたので私はバランスを崩して後に倒れた。敷物がふかふかなので痛くはなかったけど。
「ちょっ! な……」
そして抗議する間も無く、アスワドに覆い被さられた。
私は心臓の鼓動の高鳴りを感じた。
もちろんトキメキなんかじゃなく、恐怖による緊張でだ。
正面にはアスワドの顔。
その表情はさっきとは一変。また最初に見たときみたいに怖くなった。ただ、怖いは怖いでも、最初みたいに虚な感じで見られて怖いんじゃなく、今度は色気がありすぎて怖い。
多分、こういうのを妖艶とかエロスとか言うんだろうなというのがわかるくらい、そういう類のフェロモンが全開なのだ。
そんな色気とは無縁の生活を送っている私が、その半端ない色気にあてられて硬直していると、アスワドの顔がゆっくりと近づいて来る。
アスワドの艶のある長い黒髪が一房、私の頰に流れて来た。その感触にはっと我に返って逃げようとしたけど、足は敷物が絡まってしまい、すぐには動かない。
すぐに手を上げてアスワドをどかそうしたが、アスワドはひょいと容易く私の両手首を一つに纏めると頭の上に留め置いた。
「あ……」
アスワドはゆっくりと顔を近づけ、耳元で囁いた。
「大丈夫。すぐによくなるよ……」
「っ……!」
その言葉に私の心臓がまたドキリと大きく跳ねた。
怖い……! ゾッとして早く何とか逃げなきゃ逃げなきゃと思うのに、その色っぽい表情と仕草に身体が麻痺してもがく手足の動きが鈍くなる。
(どうしよう、どうしよう! 誰か……、アロイス、カイ!!)
今ここにはいない二人の名を心の中で叫びながら、私はまた身体を硬直させた——。




