六章 島にあるものは・四
私達三人は今、アロイスが怪しいと言っていたあの商人の屋敷、しかもその商人だと思う人の前にいた。
商人だろうおじさんは雛壇にある椅子に座って、観察するように上からこちらを見下している。
その右側の足元に、あの怖い人がペタリと座っている。さらにその両隣には私達を拐った男の人達がいた。
そして怖い人は私をじっと見ている……気がする。
目は虚ろな感じがするのに、視線は私に向いているからだ。
ただジッと見つめられるのは物凄く怖いし、あとの三人からは見下されていて不愉快だ。
なんてったって、今とらされている姿勢が時代劇とかでよくあるアレの状態。お奉行様の元に引き立てられた罪人。勿論私達は罪人の方。
善良な市民の自分が、まさかこんな目に合うことになるなんて想像もしなかった。
……そう考えると、こういう有り得ないことが積み重なっていく度に、本当にここは異世界なんだと認識させられる。
「怪しい者達がいるとの知らせを受けて来てみたが。お前逹、この島に何しに来た?」
椅子に座った偉そうなおじさんが話しかけてきた。
誰が答えるか視線で会話し、私が答えることにした。だってここに来たのは私の用事のためだしね。
「えっ、と。この島にドラゴンがいるとの噂を聞いて、ドラゴンに会いに来ました」
眼前の三人は驚いたようで、何だこいつらといった表情をされた。まあ、当然だよね。
「いったいどこからそんな話を聞いたんだ」
おじさんが呆れたような顔で訊いてきたけど、その目は探るような感じがして危険な気がする。ということは、当たり、なのかも……?
「え? あ、それは……」
私が言い淀んだとき「商人仲間からです」と、すかさずアロイスがフォローしてくれた。
「私は南方の国から来た商人です」
「ほう、商人、か。そうは見えないがな」
「ええ、仲間にもよく言われますが、歴とした商人でございます」
そんなことは初耳だ。勿論カイも初耳な様で、二人してアロイスの方を向くと、アロイスは合わせてねと視線で伝えてきた。
「この度この島に赴いたのは、あるものがあると聞いたためです」
「ほう、どんなものだ?」
「ドラゴンの爪、です」
「ふ、はっ、はっはっはっはっ! これはまた大層な物だな! 確かにこの島は色々な国の商人が集い、売買を行っている。故に意外な名品や珍品等がある場合も多々あるが、流石にドラゴンの爪があるとは聞いていないな。お前逹、知っているか?」
おじさんが両隣の男逹に訊く。
「いいえ」
「聞いていません」
男達は素っ気なく答える。
「そもそも、だ。何故普通にこの島に来なかった? お前逹が魔法でこの島に来たことはわかっている」
嘘をついても無駄だという顔で問い詰めて来た。
「はい、仰る通り、私達は魔法でこの島に入りました。本来であればよくないことですが、お嬢様が一刻も早く入手したいと仰いまして……」
アロイスは私ににこりと笑顔を見せ、視線は何か言えと語っているような気がする、けど……、何を言えと!? おじさんも私の方を見てるし! あぁもう! どうなっても知らないから!
私は覚悟を決めて、おじさんの方に顔を向けた。
「私、欲しいものはすぐに手に入れたいの。グズグズしていると失くなってしまうでしょ。だからすぐ来たかったの」
「まあ確かにな」
おじさんは共感したのか、うん、と頷く。
「そういうわけですので、今回だけはご容赦いただけませんか、ジャリル様」
おじさん――ジャリルは少し考え、はぁ、と息を吐くと「仕方がない。今回だけ見逃してやろう」と言った。
「寛大なお心遣い、感謝します」
「ああ。だが二度はないぞ」
「はい、それはもう」
アロイスはオーバーなぐらいに頭を下げ、感謝の意を表している。
「時に娘。本当にドラゴンの爪がここにあると思っているのか?」
「……わかりません。ですが、ドラゴンを見たという人もいる。なら、ここにドラゴンの爪があると信じてもおかしくないでしょ?」
「ではあったとしてだ、手に入れてどうする」
「私の意地のために必要なんです」
「それだけか?」
「はい」
「手元に置いて愛でたり、顕示欲を満足させたり、加工して薬の材料にしたりと、そういうことはしないのか?」
「しません。目的が達成されれば、ドラゴンの爪も私にとっては路傍の石と同じです」
「ふ、ふふっ、はっはっはっ! 希少品のドラゴンの爪を道端に転がる石と同じと言うか!」
両隣の男逹も驚いていた。私の言葉にというよりは主人の高笑いに、みたいだけど。
「変わった娘だな」
私は内心ムッとしながらもとりあえずは穏便にすませたいので、曖昧な笑みを浮かべた。
「変わっていると言えば、服も随分と変わっているな」
「え、ああ……」
この島に来る前に、私の服装が目立つからあんまり目立たないようにとアロイスからローブを渡され纏っていたんだけど、ここに連れ込まれたときに、身体検査をされた際に取られたままだった。
「お嬢様は遠い異国から、知識、見聞を深めるため諸国を外遊されています。そのとき、縁あって私達と行動を共にすることになったのです」
私とカイは呆気にとられながらアロイスの話を聞いていた。よくあんなことをスラスラと言えるものだなぁと。
しばらくはアロイスとジャリルが会話をし、話題がカイに移った。
「ではお前が魔法使いか」
上から目線の訊き方が気に入らないのか、カイがムッとしながらも一応返事をしようとしたとき、「はい、そうです。彼はカイ。お嬢様のお世話係兼、護衛です」とアロイスが笑顔を崩さず答えていた。
カイは勝手に答えるなという抗議の睨みを向けた後「ああ、そうだ」と仏頂面で答えた。
そんな態度をとってジャリルに悪印象を持たれないかハラハラしたけど、ジャリルは気にしたふうもないみたいで。よかった……。
「そうか。あの結界を壊すとは、それなりの力はあるようだな」
ジャリルは値踏みするような視線でカイを見ていたが、カイから視線を外し、また私達を順に見ると立ち上がった。
「もうよい、島の掟は守れよ」
そう言って立ち去ろうとしたのを「お待ちください!」とアロイスが引き止めた。
「何だ?」
右にいる男が答えた。
「この島に来たのはお嬢様のためもございますが、私自身も見たいものがあって来たのです。ジャリル様の『夜の宝石』を是非拝見させて頂きたいのです」
「ほう。どこで聞いた?」
立ち去ろうとしたジャリルの足が止まり、射るような視線がアロイスを捉えた。
「ヘルブラオのカレル様から伺いました」
アロイスは笑顔を崩さず答える。
「ほう、カレル殿か。だが彼がお前のような子供を相手にするとは思えないが」
「はい。正確には私の兄からです。本来ならお嬢様をこちらに案内するのは兄だったのですが、どうしても兄でなければならない仕事があり、私が代役を務めることになりました。ですので『夜の宝石』を見たかったのも本当は兄なのです。私は尊敬する兄のためにも、どうしても『夜の宝石』を拝見したいのです。どうか、どうか私に拝見させていただけないでしょうか」
アロイスは縋るようにジャリルに懇願している。
「ふむ……」
ジャリルは顎に手をあて、アロイスに視線を向けたまま考えている様だ。
だけどそれよりも、私はアロイスの演技力に驚いていた。どうやったらあんなにスラスラとセリフが出るのやら……。
「そんなに『夜の宝石』がみたいのか」
「はい! それはもう! ジャリル様、どうか私に兄孝行をさせていただけないでしょうか」
アロイスはジャリルの目を真っ直ぐ見据え、必死に訴える。
「しかしなぁ」
なおも渋るジャリルに、アロイスはあっと何か思い出したようだ。
「実は兄からジャリル様に渡すようにと預かった品がございます。先に渡すべきでしたが、失念していました。申し訳ございません。品は先程預けました袋に入っているのですが……」
「ほう。お前から品を受け取る謂れはないが、どうしてもというなら見てやらなくもない」
ジャリルの態度が変わった! 現金だなぁと思いつつも成り行きを見守る。
「兄から必ず渡すようにと言われております。どうか、どうか、見るだけでもお願いします」
「仕方がない。兄思いの心に免じて見てやろう」
「ありがとうございます!」
アロイスは全身で感謝の意を表していた。そのとき襟元が乱れたようで、またきちんと襟を正してジャリルに向き直った。
話は終わったみたいで、ジャリルとアロイスが立ち去ろうとしたとき「まって、父様」と呼び止める人がいた。
「何だ、アスワド」
声の主はあの怖い人だった。その人は私をじっと見たまま、とんでもないことを言った。
「僕、あの子と遊びたい」
「あの娘とか?」
「うん」
「そう言えば、お前はあの娘が随分と気に入ったらしいな。どこがいいんだ?」
「あの子、変だから」
「変? どんな風に?」
「ん……? ん……と……」
怖い人はどう説明すればいいのかわからないようで、首をちょっと傾げたりして、一生懸命言葉を探しているみたいだ。というか変ってなに!?
「ああ、もういい。とにかく物凄く変なんだな」
「うん」
「そうか」
ジャリルは私をまた値踏みするように見始め、今度は怖い人の方を見る。
「ふ……ん。娘、お前はドラゴンの爪が欲しいと言ったな」
「はい」
「ではお前が我が息子、アスワドの遊び相手を務めればドラゴンの爪でも牙でもくれてやろう」
「ええっ!?」
この言葉にはその場にいる全員が驚いた。
だってあのレア物の中のレア物、ドラゴンの爪とか牙を気軽にお菓子あげるよ、ぐらいのノリで言ってきたんだから。
「え、えーっ……と……?」
(ちょっと待って! 何!? 今何て言った!? ドラゴンの爪、牙!?)
どうやって探そうと考えていたのに、ここにあるという。でも……。私は正面にいる怖い人の顔をチラリと見る。怖い人はじっと私を見ていたのですぐに視線がかち合う。怖い人はニイッと笑った。
(怖っ!)
私はすぐに視線を反らす。
「で、どうする、娘」
ジャリルに呼ばれて、私はハッとした。
「あ、えっ……と」
どうすればいいのか。本当に本物のドラゴンの爪とかなら、頑張って遊び相手をするけど、もし嘘なら……。
「ジャリル様。非礼を承知でお伺いしますが、そのドラゴンの爪等は本物でしょうか」
考えて答えあぐねている私の代わりにアロイスが答えていた。
「疑って当然だな。だが、私の手元にあるドラゴンの物は全て本物だ」
「では、それが本物だと、どうやって判別したのでしょうか」
「信頼のおける魔法使いに鑑定してもらっている。それに、それらはドラゴンハンターが直接持ち込んだものだ」
「ドラゴンハンター!?」
カイが驚きの声を上げ、アロイスも大声は出さなかったが、その表情はかなり驚いている。
けどドラゴンハンターって……。言葉通りに取るなら、ドラゴンを狩る人、だよね……?
「そんなやつまでこの島に……」
カイは相当ショックをうけているみたい。
「流石はジャリル様。そんな方とも取引をされているとは」
かたや、アロイスはもう冷静に話をしていた。
「いや、ハンターとはそれ一度きりだ。以後、この島に訪れたことはない」
「そうなのですか」
「ああ。まあとにかく、そういう経緯で入手した物だから、物は本物だ」
「でもそんな希少品を、ご子息の遊び相手をしただけで渡してくださるとは到底信じがたいのですが」
「小僧、口が過ぎるぞ」
ジャリルの護衛が口を慎めと咎める。
「よい。当然の反応だ。初対面であればなおのこと」
「は……」
護衛は一歩下がり口を閉じた。
「私は商売、取引に関しては嘘はつかない。この仕事は信用あってのものだ。希少なものであれば尚更だな。あとはお前達が私を信じるかどうかだ」
ジャリルは傲岸不遜な態度で決断を迫ってきた。
「お嬢様、どうされますか」
アロイスは判断は私に任せると、そう表情が語っている。
「俺は反対だ」
「カイ」
「そんな言葉、信用出来ない。商人であればそんな希少品をそう簡単に手放すわけがない。まして、見返りが子供の遊び相手になること、なんて」
まあ、確かに。
子供(と、いっても見た目成人男性なんだけど)の遊び相手の礼が超レア物。対価としては釣り合わなさすぎる。怪しいことこの上ない。それは私も思う。でも、今は探す時間も限られているし、話を蹴って自分達で探した結果、やっぱりこの商人に辿り着いたら……? その時にはもう相手もしてもらえなかったら……? 私は脳をフル回転させて考える。
「遊び相手をすれば、本当にドラゴンの爪をもらえるんですね?」
「ああ。爪でも牙でも鱗でも、どれか一つ渡そう」
「わかりました。ただし、私達には時間がありません。相手が出来るのは今から明日の朝ぐらいまで。それでも、対価としてドラゴンの一部をもらえるのでしょうか」
「構わん。遊び相手をその間しっかりと務めれば、物はやろう」
「わかりました。では、遊び相手、引き受けます」
「セリ! お前はまた……!」
カイが軽率だと怒る。
「お嬢様が決めたことなら、私達はそれに従うまでです。そして、全身全霊でお手伝いをすることです。違いますか、カイ様?」
アロイスは黙ってろと、和かな笑顔で牽制している。
「物事の程度による! アロイス、お前は何でもセリの言いなり過ぎる!」
「それを言うならカイ様は過保護過ぎます」
「ふ、ははっ! ははははっ! 随分と大事にされているようだな、娘」
それを見ていたジャリルが大声で笑い始めた。
「え、あ、まあ……、はい……」
は、恥ずかしい。ギャラリーのいる所で言い争いなどやめて欲しい。恥ずかし過ぎる!
二人はギャラリーの存在を思い出したらしく、口論を止めた。
「で、息子の遊び相手をするということでいいのだな」
「はい」
「セリ!」
「カイ、ありがとう。でも前に言った通り、私は目的を達成するためなら、できることはやるの。危険があろうと怪しかろうとね」
私はジャリルの方を向いた。
「ほう、随分と肝のすわった娘だ。どうやら子供達の方が度胸がいいようだ。なあ、魔法使い殿?」
ククッと皮肉げな表情で、ジャリルがカイに言った。
「子供は何も考えないからな」
カイはそう言い捨てると、ふん、とそっぽを向いた。
私とアロイスはその言葉に当然カチンときたけど、今ここでそれに突っ込めば話が進まなくなる。ここはグッと我慢よと、自分に言い聞かせた。
「さて、今度こそ話は終わりだ。商人の方は私と別室で話を、娘は息子の遊び相手を、魔法使い殿は好きにするといい」
「どういうことだ」
「言葉の通りだ。娘について行っても構わないし、こちらの方でも構わない。もしくは屋敷で休んでいてもいいぞ」
「ではセリと一緒に」
「ああ。構わないな、アスワド」
「うん」
「おい、ヘサーム。二人をアスワドの部屋に連れていけ」
「承知しました」
右側の男は私達の所に来ると「立て」と一言。
立つと目の前にはあの怖い人――アスワドがいる。
「早く遊ぼう」
アスワドは私の手を掴むと引っ張って行こうとしたが、私はその手を振り払った。
「どうしたの?」
アスワドは不思議そうな顔をして私の顔を覗きこむ。
「どうした、セリ」
心配顔のカイが掴まれた腕を見る。
「何ともないようだが……、どうしたんだ?」
「うん……」
私は掴まれた所を擦りながら答えた。
「あの人の手、すごく冷たかったの」
「単に体温が低いんじゃないか?」
「ん、そう、だね。きっと……」
カイに心配させないよう軽く笑って流した。
けど……。あれは、そういうレベルじゃない。だってまだ掴まれた所が冷たいし、氷を素手で掴んだ以上に冷たかったんだから――。




