六章 島にあるものは・三
それをきっかけに雑談が弾んだけど、いきなり会話に入って来た人がいた。
「ねぇ、お兄さん達、見ない顔だね」
軽薄そうな笑顔と人柄、いい色に焼けた二十代前半ぽい男の人だ。ヤンキーなお兄ちゃんて感じ。
私達はとたん黙りこむ。
「いきなりごめんね~。でもお兄さん達に用があってね。ちょっと一緒に来てくれない?」
カイが警戒し、私を庇うため男の前に立つ。
もちろん私も警戒態勢だ。
「俺達はお前に用はない」
「ん~、だからさっき言ったじゃん。俺は用があるの。とにかく一緒に来てよ。特に後のお嬢、ちゃん」
と、言い終わるか終わらないかで、男はカイの顔面にパンチを打ち出した。カイはそれをギリギリで避けたけど、そのときバランスを崩して後にあったテーブルに手をついたら、テーブルがカイの体重で傾いた。
「わっ!」
テーブルと一緒にカイも後に倒れそうになった所を男がチャンスとばかりに再度パンチをカイ目がけて放つ。
「カイっ!」
私はカイを助けるため、男がカイを狙ってがら空きのボディに蹴りを入れた。
「ぐっ!?」
それはキレイに決まって、男は左脇腹を押さえて踞った。
「カイっ! 大丈夫!?」
私はテーブルと一緒に尻もちをついているカイの側に駆け寄った。
「ああ……、大丈夫だ」
カイは打ちつけたらしい腰とお尻を撫で擦りながら立ち上がると、向かいで踞った男も立ち上がった。
「てめぇ……」
男は低くドスのきいた声と、怒りと屈辱の視線で私を睨み付けている。
油断していたとはいえ、こんな小娘に不様に一撃くらったんだから、そりゃ恥ずかしいよね。
「ガキのくせに舐めたまねしやがって。イイ気になってんじゃねえぞ!」
男がキレた。
「悪いのはそっちでしょ!」
負けずに言い返し、男と睨み合っていると、危険を感じたカイが私を庇うため前に出ようとしたけど、私は左腕で制した。
「カイ、下がってて」
「何言ってるんだ、セリ! お前こそ下がれ!」
「下がってて」
視線は男から逸らさず、もう一度キツく言った。
私の雰囲気を察したのか、カイは渋々「……わかった」と返事をした。
カイには悪いけど、多分今は役に立たないと思うから。
私は辺りの様子を確認しつつ、これからどうするか考える。
(やっぱり逃げるのが一番だよね)
とは言え、今の騒ぎで回りにいたお客達は私達をぐるりと囲って見物してる。
「姉ちゃんもっとやっちまえ!」
「兄ちゃん、ちっこい嬢ちゃんに庇ってもらうなんて情けねぇぞ!」
とか賑やかにヤジを飛ばしてくる。
もう、いい気なもんなんだから!
て、そんなのはいいとして、出口っていうか、ここはオープンカフェみたいな店だから、男の後が通りに面してるからどうしても正面突破しかない。私一人なら合間をぬって突破できるけど、カイと一緒だと難しい。
なんて考えてる間にも男は倒れたテーブルやイスを避けながらこっちに向かって来る。
私はジリジリと下がりながらも、他に突破口はないかと探すけど見つからない。
もうあと四、五歩も下がれば壁というところで声がした。
「セリ、カイは俺が連れてくからセリは一人で通りに出て」
「アロイス!?」
いつの間に帰ってきて背後にいたのやら。
「しっ! 振り向かないで」
男から目を離さない程度で振り向こうとしたけど制止されたので、私はまた男にしっかり視線を戻す。
「そ。いい子いい子♪」
私の方が年上なのにこの扱いは……! と思った時に、とうとう壁に追い詰められた。
「もう後はねぇぜ、ガキ」
男が勝ち誇った顔で、私からほんの二、三歩の距離のところで止まった。
男が手を伸ばせば確実に私を捕まえられる。
「…………」
私は黙ったまま、じっと男を睨んでいる。
アロイスの指示を聞くために。
「俺が隙を作るから合図したら通りに出て。俺達もすぐに出るから」
「わかった」
「全く、余計な手間とらせやがって!」
男が私に手を伸ばした瞬間。
「いっ!」
「セリ!」
男が右腕を押さえて呻いたと同時にアロイスの声。
私は男の横をダッシュですり抜け、次いで野次馬達の合間もすり抜ける。
「くそっ! 待ちやがれ!」
男が右腕を押さえながら、私の行く手を阻もうとしたけど遅い。
そうして大通りに出て後を向くとカイとアロイスがいた。
「お待たせ、セリ」
アロイスが笑顔で私を見て、カイはアロイスの後で息を整えていた。……やっぱり体力ないのかも。
「じゃ、逃げるよ! って言いたいけど」
アロイスが何かに気付き、私を守るようにして立つ。
カイも気づいたのか、ピリピリとした雰囲気になった。
もちろん私もその嫌な感じに気づいたので、その方を向くとそこには三人の男の人がいた。
「こいつらか?」
向かって右側に立つ厳ついおじさんが、真ん中に立つ男の人に訊ねた。
「うん。そう……」
その声と姿を見て私はゾッとした。
そう感じたのは私だけではない様で、カイもアロイスさっきよりも気が格段にピリピリしている。
そんな中、右側にいた男が左側にいる男に向かって軽く顎をしゃくると、左の男は頷き、これはますますマズイと察した私達が行動を起こすよりも早く、私達の回りは今までヤジをとばしていたり見物していた人達にあっという間にとり囲まれた。
どうやら一般市民ではなかったようで。
「あー、やっぱりね」
「やっぱりって、お前気づいてたのか!?」
「そりゃまぁ。そういう職業してるしねー」
アロイスはしれっと、この場にそぐわない可愛い笑顔で答えた。
「なら先に言えっ!」
そんなアロイスに、カイが心底怒ってる。
「いや、言ったらカイ、回りを気にしすぎて不自然になるでしょ。それじゃ困るからさ」
「ああ、なるほど」
私は同意して、アロイスの意図も理解した。
あからさまに挙動不審な動きをされれば回りの人も警戒するから、あちこち視察するならやりにくいわけで。
「でも今回は相手を刺激した方が良かったんじゃない?」
『誰か』『何か』を見つけるには挙動不審な方ががいいんじゃないのかな。
「んー、そういうのはちょっと匂わせる程度がいいんだ。カイみたいにかなり、じゃなくてね」
アロイスはカイの方に視線を流して、意地悪くニヤニヤと笑んでいる。
「ふーん、そういうものなんだ」
「そ」
「お前逹、何暢気に話してるんだ! 今はそんな場合じゃないだろ!」
「ははは……」
私は乾いた笑いを洩らす。
確かにカイのいう通りなわけで。
「カイ~、余裕のない男はモテないよ?」
「そんなこと言ってる場合か!」
「ははっ」
アロイスはカイをからかって笑うけど、実際確かにそんな余裕はない。
ジリジリと輪を狭められ、もう確実に逃げる隙がない。
「拘束しろ」
左側の男が囲んでいる男逹に命令する。
「アロイス」
カイがどうするんだと視線で問いかける。
私もカイと同じ思いでアロイスに視線を向ける。
「このままで」
アロイスは捕まれと言った。
「それにあの真ん中の男、アイツはヤバい気がする」
私達は大人しく両手を拘束されながら、もう一度その男の人を見た。
その人は多分二十代……、五、六? ぐらいな感じで、身長はかなり高い。もしかしたら二メートルぐらいあるのかもしれない。腰まである長い黒髪を無造作に垂らしている。肌は青白くて瞳は闇そのものっていうぐらい真っ黒だった。そして、その中に浮かぶ紅い唇がとても目立って怖かった。
そんな私達の視線に気づいたのか、ぼんやりと空をみていた怖い人の視線が私達の方に向いた。
「っ!」
その怖い人と視線があった。
私はあまりの不気味さ……、怖さですぐに顔をそらした。
何て言うんだろう。見た目も確かに何か怖いんだけど、そこじゃなくって、そう、直感的に怖い。本能的に避けて通りたい人なんだ。
私達は命令していた三人の前を、手下に連行されながら通ったけど、三人、特に怖い真ん中のあの人の視線を感じた。全身にねっとりと絡みつくような不快感と、真冬に冷水を浴びせられたように、身体の底から震えて冷えていくのを感じた。




