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六章 島にあるものは・二

一時間程歩いたと思う。

森を抜けるとぽつぽつと民家が点在していて人の気配が出始めた。

それからまた約三十分程歩くと大きな町に出た。

この島で一番大きくて唯一の町で、あとは小さな集落がいくつかある程度らしい。

あとこの島は交易が盛んで色々な国の商人が出入りしているとカイが言ってた。


「さて、町についたがどうするか……」

私達は町の中をぶらぶらと歩きながらこれからどこを目指すか思案していたけど、私は町の様子に気を取られっぱなしだった。

確かに交易が盛んなだけあって、色々な国の人達がいた。そのせいもあるのかも知れないけど、賑やかな喧騒や色々な珍しい商品、おまけに美味しそうな匂いも漂っていて、ちょっとしたお祭りのようだった。そんな中を歩けば当然、落ちついていられるわけなんかなくて。

そのたびに気をとられてしまう私はアロイスに手を引っ張られてハッとしたり、カイに注意されたりと、嬉しくてハイテンションになった犬そのものだ。

しかもその勢いで、うっかり裏路地なんかに入っちゃったりしそうにもなって危なかった。

裏路地なだけに、怪しくていかがわしいお店なんかもあるみたいで、ガラの悪そうな人なんかがいた。

やっぱりどこの国、世界でも共通なのか、とっても身の危険を感じる雰囲気が漂っていた。

そんな所、絶対に関わり合いたくない。

(本当、悔しいけど、アロイスと手を繋いでてよかった……)

私は今アロイスと手を繋いでいる。もちろんめっちゃ恥ずかしくて仕方ないけど、結果的には良かったのかも……。

ま、そんなこんなで、とりあえず目ぼしい所は見終わり、また町の入口付近に戻って来た。

結構歩き回って喉も渇いたので、お茶が飲める店に入り、休憩をとりつつこれからの行動について話し合う事にした。

「怪しいのはこの島一の商人ってところかな」

アロイスがお茶を飲みながら話す。

「そうか。俺の方は魔力らしいものは感じない、が……」

「何か気になることでも?」

私は二人の会話をお茶を飲みながら聞く。

「ああ。魔力じゃないが、何か嫌な気配を感じる。あの大きな建物の方角からな」

カイが視線でそちらを指す。

「ああ……。噂の商人の家だね」

ということはその商人が何らかの手がかりを持ってそうな線が濃厚ってことね。

「よし。じゃ、もうちょい情報収集してくるからカイ、セリのことよろしくね」

「ああ」

「え、アロイス一人で行くの?」

「うん。こういうのは一人の方がやりやすいからね」

アロイスはニッと笑うとギュッと私を抱きしめた。

「だーいじょうぶ。すぐに帰ってくるから。そんな心配そうな顔しないでよ」

「えっ!? 心配なんか……」

「してくれないの?」

アロイスがしょぼんとした表情で見つめてくる。

「してる……けど」

言ったとたん、アロイスの顔がぱっと破顔した。

「やっぱりセリって優しい~!」

アロイスはまた抱きついてきた。

「もういいから離れて!」

私はアロイスを無理矢理引き剥がす。

年頃の乙女に、そう気安く触らないで欲しい。

まあ、アロイスの場合は子犬みたいな感じで可愛いんだけど……。

「ちぇー」

残念そうな表情をしながらも、あっさりと離れた。

「さっさと行ってこい、アロイス」

カイがせっつく。

「はいはい、行きますよー」

アロイスは立ち上がった。

「じゃ、行ってくるね」

「いってらっしゃい」

アロイスはヒラヒラと手を振り、するりと雑沓の中に消えた。


二人きりになると途端にテーブルが静かになる。

カイは自分から話すようなタイプではなさそうだし、何を話せばいいかわからない。

だって出会って一日半程の付き合いなんだから、どう接すればいいのやら……。

そりゃ訊きたいことは沢山あるんだけど、うっかり変なこと訊いてカイの機嫌を悪くするのもアレだし……。なんてことを考えながら、とりあえず栄養補給ということで目の前にある菓子を取って食べる。

「うっ……! 甘っ……!」

ナッツ系のクッキーなのでそんなに甘くなさそうに見えたのに、激甘だった。食感も蜂蜜だと思うけど、生地にしっかりしみてて、それが口の中に残り甘さが消えない。

私はお茶を急いで飲み、口の中から甘さを消した。もちろん、甘いお菓子は大好きだけど、限度っていうものがある。ここのお菓子は私には殺人的な甘さだ。

「セリは何で皇子の花嫁になろうと思わないんだ」

「え?」

口から甘さを消し、ホッとした所で突然カイから話しかけられてちょっと驚いた。

しかも嬉しくない質問。

「そんなの当然だよ。だってまだ一七歳だよ。やりたいことなんて沢山あるもん。それに皇族と結婚なんて苦労ばかりで割にあわないよ。……それに皇子が最低だし」

「一七なんてもう大人だ。普通なら結婚して、もう子供だっていてもおかしくない。それに皇族や貴族との結婚に憧れたことはないのか?」

カイは珍しいものを見るような目をしている。

「カイ、そんな考えは古い。ありえない。それに私の住んでる国で一七で結婚するなんて人、ほとんどいないよ」

「そうなのか? この世界、少なくとも近隣諸国では十七で結婚なんて当たり前だし、もう立派な大人だ」

「へー」

住んでる世界が違うんだから、考え方や習慣が違うのは当たり前だし、こっちもほんの何十年前はそんなかんじだったらしいし。授業やおじいちゃんから聞いた話ではだけど。

「じゃあカイは結婚してるの?」

ふと思った疑問を投げてみる。一二〇歳なんだから、一回ぐらい結婚しててもおかしくはないよね。

「俺はしてない」

「立派な大人なのに?」

「う……」

「こっちじゃとっくに結婚して子供もいるぐらいじゃないの?」

「それは……そうだが……」

カイはしどろもどろだ。

何だろう、墓穴を掘るのが好きなんだろうか。

「ねぇ、何で結婚しないの、カーイー」

私は意地悪な笑みを浮かべながらカイをいじってみる。

「う……、それは、だな……」

「カイ、カッコいいんだからモテないとは思えないんだけど」

「なっ……! 何てこと言い出すんだ、セリ!」

カイの顔が一瞬でゆでダコのように真っ赤になった。

あと声も大きかったので店にいるお客全員の視線を浴びた。

その視線に気づいたカイがはっとなって、少し身体を屈めた。

「いきなり変なことを言うな、セリ」

カイが少し声を小さくして言う。

「え、変なことじゃないよ。だってカイ、カッコいいよ」

物凄いイケメンて感じではないけど、全体的に整った顔立ちをしてる。

髪は黒で、少し硬めのストレート。

目は切れ長で、瞳の色はダークブルー、身長も一八〇㎝はあると思う。

体型は、気持ち痩せすぎかなとは思うけど、太りすぎずよりずっといい。

「大人をからかうのもいい加減にしろ。まるでアロイスと一緒だぞ」

カイは苦々しく言ってきた。

(ああ、やっぱりなー)

アロイスはカイをからかいまくってたんだなぁ。

今までのカイとアロイスのやり取りを見ててそうなんだろうなーとは思っていたけど、予想通り。

「えー、アロイスと一緒にはされたくないな」

私がカイをいじったのは今が初めてだし。

「そう言われたくなければ、もう俺で遊ぶな」

カイは仏頂面で返してきた。

「はーい」

棒読みの返事なのでカイは疑わしそうな目で見てきたが、ニッコリと可愛らしい笑顔を見せると、せっかく引いてきた顔の赤みをまた戻して「あ、ああ」と言い、視線をそらした。

この程度で顔を赤くして背けるなんて、相当女の人に慣れていないのか……。

今までの人生、魔法の勉強しかしてこなかったのかなぁ。なら、これからいろんなことを教えてあげなきゃねぇ。

何か私もカイとはすごく仲良くなれそうな気がする、と心の中でさらにニーッコリと笑顔が溢れた。

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